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ep42.旅支度と冒険者たち

目標:旅支度を整えろ

 水を飲み終わってほどなくして、早々に眠りに落ちた俺は尿意もあってずいぶん早くに目が覚めてしまった。

 それで、酔っぱらっていた昨晩は気づかなかったが部屋に見慣れた顔拭き用のタオルが置いてあるのを見つけた俺は、トイレに起きた帰り道に井戸で顔と髪の毛をばしゃばしゃと洗ってから部屋に戻った。


 朝の空気は少し冷えるようだったが、まだ少し重たい頭にはちょうどいいくらいだった。おかげさまで二日酔いもなく、大きな体調不良もない。

 朝日を受けながら朝露に濡れた芝生を踏みしめ土と緑のにおい豊かな空気を肺いっぱいに取り込むのは気持ちよくて、そんな経験もないくせに出発日和だな、なんて思った。


 途中、既に起きていたらしいアメリヤを見かけた。昨晩、俺と同じくらいまで一緒になって起きていたはずなのにすでに身支度も終わっていて、小走りに宿の庭を動き回っていた。

 やっぱり宿屋の娘ともなると朝も強いんだな、と思いつつ目が合ったので軽く挨拶すると、「ちょうどよかったです」と裏に引っ込んでいってしまう。


 なんだ? と思って待っていると、戻ってきたアメリヤから見覚えのある衣服を手渡された。


「おばさまが昨晩繕ってたのが出来上がりまして……私もちょっとだけ手伝ったんですよ」


 軽く広げてみると、昨日雑貨屋で購入した衣服だとわかった。

 元気に金髪を揺らしながらアメリヤがそう言うので気になって聞いてみたところ、どうもあの雑貨屋の女将は親類らしい。


 なるほど、おばさまって叔母さまって意味かと理解すると同時に、見慣れない生地が一枚混ざっていることに気づく。

 丁寧に鞣されてすべやかな手触りの皮革は深く焼いた小麦パンを思わせる淡い茶色をしていて、少し小さい毛布くらいのサイズで袖がない。

 それでいて、表面にボタンホールや胡桃の殻を用いたボタンがあしらわれているのが見えた。

 これは一体、と尋ねると、アメリヤは少し恥ずかしそうに冒険者向けの外套だと答えた。


 そう思って見てみると、確かに頭を出して羽織ればすっぽりと腕や胴体が隠れる長さのマントであることがわかる。衣服を持ったまま軽く羽織ってみると、首元のちょうどいい位置で外套を保持するためのボタンを留められそうだった。

 しかしなんでこんなものを、といぶかしむ俺にアメリヤが答える。


「ナタリアが言ってたんですけど……スーヤさんも戦って助けてくれたって聞いて。それなのに、村の人たちはオルドさんの話ばっかりでスーヤさんには何もないから……せめて私から何か、と思いまして……」


 それで繕ってくれたのか、と驚く俺に、アメリヤは売るには古いし自分たちで使うには質が良すぎて余ってた革だからと謙遜するが、それでも俺にとってはありがたいことに変わりはなかった。


 この時代や文化じゃ布や革なんて貴重だろうに、それを貸すばかりか人に譲渡するようなアメリヤの心遣いには痛み入るばかりだった。

 何もしてない……わけではないが、そこまで感謝されるような働きをしていないのに、と申し訳なく感じてしまう俺にアメリヤはさらにこう重ねた。


「い、いいんです! それに、あの……事情は聞きませんが、スーヤさんもこれから大変な旅に出るでしょうから、せめてその力になれればと思いまして……」


 当然ながら、俺が一人でこの大陸を旅しなければならない異国の貴族であるという設定を知るのは当分の旅の連れとなる虎とその協力者のエルフだけだ。

 だから俺のことは精々が世間知らずな異国の旅人くらいにしか思われないだろうと思っていたのだが、翻訳石を見せてしまったためか詮索こそしてこないもののアメリヤはそれ以上の何かに確かに勘づいているようだった。


 見返りを求めているのかと思って、こんな良いものいただけませんよ、と言おうとして、不安そうに揺れる茶色い瞳に言葉を詰まらせる。

 それっきり、それ以上何と言っていいかわからず、せめて力強く頷いた。両手に持った衣服の上に折り畳んだ外套を重ねる。


「ありがとうございます、アメリヤさん。俺、実はちょっとだけこういうファンタジー……いや、旅人っぽいマントに憧れてたんです」


 それを聞いてわかりやすく安心した女中の表情に、俺もつられて笑みがこぼれた。それからアメリヤは、また出発するときにお見送りしますね、なんて言って仕事に戻っていった。

 いただいてしまったものは仕方ない。ありがたく頂戴するとしよう。

 それにしても、やっぱり旅人って言ったら外套だよなと思いつつその厚意をありがたく受け取ることにして、俺も部屋に戻って旅支度を進めようと踵を返す。



 部屋に戻るとオルドもちょうど起きたところのようだった。

 寝ぐせで全身の毛並みがあちこち凹んだり偏ったりしているのが不細工なぬいぐるみのようで、つい笑いそうになったのを堪えたがにやつく口元がバレたのかじろりと不機嫌そうな目を向けられた。


 起き出した虎は大きな欠伸をしつつ俺と同じようにタオルを持って部屋を出るので、身支度に行ったのだな理解した。

 今のうちに昨晩できなかった旅支度を済ませてしまおうと思って、まずは服を変えた。


 ワイシャツと肌着、そして学生ズボンを脱いで購入した服に着替える。

 下着はそのままを覚悟していたのだが、腰紐で留める短いズボンがついてきていたので、おまけしてくれたのだろうと思いつつ下着代わりにそれを装備することにした。


 靴下も替えて運動靴を履き、穿いたズボンと下着の腰紐を帯のように締める。

 そのままもらった外套を肩に羽織ると、まるきりファンタジー世界の旅人、という出で立ちになってちょっとだけ胸が躍った。


 マントは古い革を再利用したと言っていた通り、ちょっとカビ臭い気もしたが十分我慢できる程度で、このまま剣を背中に渡せばまるきり冒険者だ。

 こういうのを待ってたんだ俺は、と思いながら脱いだ衣服を畳む。


「お前、それも買ったのか?」


 戻ってきたオルドにそう聞かれて、すぐに外套のことだと理解した。

 アメリヤにもらったのだと答えると虎はつまらなさそうに、しかし俺の顔をじろじろ見て「ふーん」とだけ返す。

 何か言いたいことでもあるのかと聞き返そうと思ったが、そのまま着替え始めたのでやめておいた。


 それからオルドはやけに膨れた革袋と、自分が持っているのと同じような大き目の麻袋を俺のベッドに投げて寄越してきた。


 重々しくベッドを揺らした革袋は中で液体が揺れていたので、すぐに水筒だとわかった。

 まだほんのりと熱を持っているあたり、煮沸したものを淹れてきてくれたのだろうと想像がつく。

 先端を窄めるように長い紐で縛られていて、獣の角か爪らしい硬い飲み口が取りつけてある。

 紐つきのコルクで栓をされているので、飲む時はそれを軽く引き抜くことで中身を口にできそうだった。


 麻袋の方も袋の口を窄められるように紐が通されていて、荷物を詰めて運ぶのに適していた。

 畳んだ学ランは枕代わりになるだろうが、中で水をこぼさないように気を付けないとな、と注意しつつ中に荷物を詰めていく。


 手を動かしつつ、オルドに行先や道中、それから旅程のことを尋ねながら旅支度を進めた。

 食事のことについて尋ねた時に、現地調達だと返されたのが地味に衝撃だった。

 野宿生活だろうからそれは当然のことなのだろうが、どことなくキャンプのような心構えでいた俺はこれから始まるのはサバイバルなのだと気を引き締めなおす。

 そんな俺の強張りを見とがめた虎がクツクツと笑うので、からかわれたのだと理解した。


「まるきり嘘ってワケでもねェがな。ある程度用意はあるが、そいつは非常食程度に考えたほうがいいぜ。生きるために採って食う、それが旅の基本だ。嫌ならやめてもいいンだぜ?」

「誰が今さら……! 平気だって、それくらい!」


 売り言葉に買い言葉で返したが、芋虫とかバッタとか食べさせられたらどうしよう……と少しだけ気落ちしてしまうのは否めなかった。

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