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ep41.宴もたけなわですが

目標:旅支度を整えろ

 それから暫く、虎はエールを、俺は赤スグリの果実酒を片手にあれこれ語り合った。

 この大陸の都市や、目的地の鉱山、魔術師の住む王都などこの地の情報を仕入れるつもりだった俺は、コップの中の赤い飲料が減るにつれどんどん取り留めもない話に脱線していくばかりか、店内の村人連中も巻き込んだ馬鹿騒ぎに発展するのを止められずにいた。


 村人の一人に、そういえば、と顔の傷のことを聞かれたので前日に木の上から助けてあげたにもかかわらずついさっき同じ猫に引っかかれたと話すと、てっきりオルドが猫さながらに引っ搔いたのだと思っていた村人連中が安堵する様子に、虎が青筋を浮かべていたのが愉快だった。


 虎が極上の宝があると同業者に聞いて、教えてもらった火山の麓のダンジョンに一人で挑戦した結果そこは近くの村の女に人気の天然の温泉地で、いい目の保養になったと語る虎には店内の男性陣はともかく女性陣の大顰蹙を買った。

 ちなみに俺は神妙な語り口と話のオチのギャップに思わず噴き出したが、普通に犯罪行為だなと思って軽蔑した。

 いや、この時代は男湯女湯とかないから別にいいのか? さておき。


 水場の話で思い出したらしい宿屋の一人娘のアメリヤが、宿に泊まった王国騎士がほろ酔いのまま厠に向かおうとしてうちの井戸に落っこちたらしいと話して、男連中を爆笑させていた。

 しかし結局その王国騎士がその後どうなったのかというのは最後まではぐらかして話すことはなかったので、俺は何となく恐ろしい思いが拭えなかった。

 どちらかというと怪談話のように聞こえたが、誰一人としてそれを疑問に思うことがないのがまた奇妙だった。


 現実世界で生きて大人になってどこかの大学に進学したり、企業に就職したりすることができていたらこんな飲み会を経験していたのだろうか。

 しみじみと思いながら、俺はテーブルの上の乾いた木の実をポリポリと齧りながらコップを呷る。

 気づけば全員が輪になるように集まって、我こそはととっておきのネタを話す村人たちの話に驚き、時に笑い、時に感心する楽しい時間が過ぎていった。


 俺と話しているときから既に軽く酔っていたように見える虎は変わらないペースで木のジョッキを傾けていて、大丈夫なのかと心配しながら村人らの話に興じていた俺は、いつの間にか自分の意識が飛んでいたようだった。

 すっぽり記憶が抜け落ちて何をしていたのかを思い出せない俺は、自分が虎に背負われて階段を上っていることに気がつく。


「あー……ひとりで歩けるってぇ、大丈夫だいじょうぶ」


 自分の手足が浮いているような、四肢がふわふわと軽いのが心地よい。

 実際背負われているので浮いているのは事実なのだが、それとは別にまるで重力を感じないような浮遊感があった。

 人の心配をしておいて自分の足を掬われるとは、という自己嫌悪もどこか現実感がない。


 虎の肩に手を添えると服の上からもさもさとした毛が手指に感じられて、その下のしなやかな肉質の感触と合わさると低反発のクッションのような手触りである。

 悔しいことに体温の高いこのネコ科の背中はシーツを引いたマットレスのような安定性があったが、ちょっと汗臭いのがマイナスだなと厳しく評価しておいた。


 ちらりと目を向けた階下では、まだ数人の男たちが盛り上がっているようで、その宴の空気から抜け出すのがわけもなく惜しく感じた。

 虎は愉快そうに笑って階段を上りきると、そのまま部屋まで続く廊下を進む。


「足を踏み外して井戸に落ちられても困るンでな」

「あー、あの話なぁ……あれ、けっきょく騎士さんどうなったんだろうな」

「そうか、お前は知らねェのか。アレ、ここのおやじさんなんだぜ」

「えっ」


 虎が言うには、この宿屋に生まれた女将がまだ若いころ、この時期に納税路の確認のために泊まりに来た王国騎士と恋に落ちた時のエピソードだという。

 あの恰幅の良い女将さんと、厳格そうなおやじさんの馴れ初めだったと知って、怪談話だと思っていた俺はわけもなく安心する。

 同時に、どうりでアメリヤも伝聞調だったわけだと合点がいった。


「あー……なんだ、じゃあ生きてんのか……よかったー」

「はッ、大げさだな」

「大げさじゃねえよー、俺あそこの井戸の水つかったんだぜ? 人が死んだ井戸の水つかったのかと思ってどうしようかと思ったぜ……アメリヤさんも、そういう話ならそう言ってくれればよかったのになぁ」

「口止めされてたんだろ。なんせそれで助けられて恋に落ちた、ってだけじゃなくて実はその時の怪我がもとで除隊されたっつう話が真相らしいからな」


 なるほど、素敵な恋の馴れ初めであると同時に、情けない失敗談でもあるということか。

 そう思った俺は、ついさっき似たようなニュアンスの話を思い出して意味もなく笑いが込み上げた。


「なに笑ってンだ」

「いや。どこかの飛剣の英雄伝説とおんなじようなもんかと思って」

「お前な……」


 背負われたままけらけらと笑う俺を、虎は部屋に着くなり八つ当たりするようにベッドに投げ飛ばした。

 まるで枕でも投げるような気軽さで、俺はぼすんと背中から藁を詰めたマットに着地する。肺から空気が一気に抜けて、うっ、と変な声が出た。


「明日出発だからな、お前が二日酔いでもなんでも引きずって連れてくから覚悟しろよ」


 虎はそう言って、テーブルの上やベッドに広げていた荷物をまとめ始める。

 ばさばさと荷物を検める音を聞きながら、勝手に酔っ払ったのは俺なのに置いてったりはしないんだなぁと思った。

 最初に酒を飲むかと持ちかけてきたのは向こうなので、その負い目もあるのかもしれないが、さておき。


「水、取ってくれ~」

「自分で注ぎやがれ」


 同行してる身で、翌朝満足に出発できないなんてなったら確かに迷惑この上ないだろう。

 アルコールには水分を取れという実体験の伴っていない知識を頼りに俺は仰向けになったまま足をばたつかせて水を所望するが、虎がそれに取り合う様子はなかった。

 仕方ない、自分で飲みに行くかと思ったがどうにも体が重い。下手すればこのまま寝てしまいそうなほど、筋肉も思考も遅滞しているのがわかる。


 このままじゃだめだ、と力を振り絞って起き上がって、少し驚いた。いつの間にか俺のベッド脇まで来ていたオルドが木のコップを差し出していた。

 目を白黒させる俺に「なンだ、いらねえのか」と言うので、何も考えずに礼を言って受け取ると、虎はそのままさっさと踵を返して荷物をまとめた頭陀袋の口を縛った。

 木のコップに注がれた無色透明の水は、酩酊して熱を持った体をほどよく冷やしてくれる。


「オルドってさぁ、もしかして意外といい人?」


 そう聞いた理由も、思考が遅滞した頭ではよくわからない。ただ、今しがたの親切に対しての感想、というだけではないような気もした。

 コップに口をつけたままの俺にそう言われた虎がぴたりと手を止めるが、何か言葉が返ってくることはなかった。



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