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ep40.飛剣の英雄伝説

目標:旅支度を整えろ



「他にねえのかよ、お前の生まれたとこの話は! 飯食わせてやってンだから面白れェ話くらいしてみろや!」

「えぇ?! んなムチャクチャな……!」


 嫌そうなリアクションを返したものの、虎の言っていることは一理あった。

 見知らぬ大陸で彷徨っていたところを助けてもらったことについては将来的に十分な謝礼を支払う……と、俺が明言したわけではないがそのような取り決めになっている上に、現在進行形でタダ飯どころかタダで宿泊までさせてもらってる身分の俺にとって痛いところを突かれて少しうろたえてしまった。


 そのことを笠に着て、後で返すんだからいいだろ! と言ってこの上あれこれ金を無心するような図太さは俺にはなくて、今この場の食事代分くらい奉仕しろと言われてしまうと従うしかないのが奢られている年下の辛いところだった。


 しかし、仮にも貴族だと思ってる相手に対してその物言いはどうなんだとも思ったが、虎はどうやら酔って気が大きくなってるらしく態度を改めることはなさそうである。

 対する俺も、これ以上はボロが出そうなのでこれ以上の詮索は避けたいというのが正直なところだった。


「そ、それよりオルドの話のが気になるな!」

「俺のォ?」

「ほら、なんかこの村で英雄とか呼ばれてたんだろ? 聞いたよ、飛ぶような剣で魔物をなぎ倒して村を助けたって!」


 俺の言葉に虎は辟易とした様子で「あぁ」と頷いて苦い表情をする。どうやら辛うじて切り返すことに成功したようだった。

 虎は少しだけ周囲を気にした後で、声を多少顰めて言葉を紡ぐ。


「……ここだけの話だがな、言うほど立派な話じゃねえンだよな」

「えっ」

「お前、その話についてなんて聞いてる?」


 どういうことだろうか。俺は言われるがままに聞いた話を暗唱する。


 曰く、数年前の豊作の年に作物を狙った魔物の群れの襲撃を受けた。

 翼を持つ魔物の一団は空から舞い降りて作物や子供を狙い、また飛び上がってを繰り返して村人を苦しめる。

 そして、もうダメかと思われたところに村が襲われている様子を見た虎が駆け付け、剣を振るって飛ぶ魔物を堕とし撃退した。

 救われた村人はこの虎を讃え、英雄と呼ぶようになった……と。


 俺が語り終えると、もう何十回と聞いたとばかりに虎がわかりやすくうんざりした様子で口を開く。


「違ェな、そもそも俺がこの村を見つけたのは……俺もその魔物を追ってたからだ」

「どういうこと?」

「……あんまり他言すんじゃねェぞ」


 虎が語ってくれた真相はこうだった。


 冒険者として生計を立てていた虎は、ここより更に西に行ったところにある街から王国領を目指していたという。

 しかしその途中で地図と方位磁針をなくしてしまい、道に迷ってしまった虎は数日に渡って無人の平野を彷徨った。

 野生の果実や小動物で飢えを満たし、雨水を飲んで野宿を繰り返し、ようやく人里に通じそうな街道に出たところだった。


 目的地が近づいたことを喜びながら、保存しておいた最後の糧食を開けた若き日のオルドは、それにかじりつこうとした瞬間に空から魔物に襲われ、その糧食を取り落としてしまったという。

 鳥のような見た目の魔物はその食べ物を拾い、瞬く間に飛び去って行った。

 命こそ助かったものの、道に迷い続けていつまで続くかわからない野宿生活のために食料を節約していたオルドの最後の命綱を無情にも奪い去った魔物に……虎は怒り狂った。


 焼いて食ってやるという剣幕でありったけの魔力を使い風を操る魔術を駆使して翼を持つ飛ぶ魔物に追いつくと、空を覆うほどの群れが村を襲っているところに出くわした。

 村を救うべきかという思考をするよりも前に、似た種類の魔物の大群を目の当たりにしてどの個体が自分から食べ物を奪ったのかわからなくなった虎は、空腹と怒りによる短慮で全部打ち落とせばいいと思いついたそうだ。


 それからは話の通りだ。

 空に舞う魔物を次々と剣で打ち落とした虎は、村を救うために力を振り絞ったせいでその場に倒れ伏してしまう。

 もっともそれは、魔力消費による疲労のためばかりではなく、極度の空腹のためでもあった、ということらしかった。


「……それだけ? 別にいいじゃん、それくらい」


 話を全て聞いた俺が最初に思ったのは、そんな感想だった。


 俺はてっきりこの虎のせいで村が襲われたとか、そういう人に言えない悪事を期待していたので、全くそんなことがない平和な真相に逆に肩透かしを食らってしまう。


「それだけとはなンだテメェ。村の救世主が現れたのは実は食いモンを奪った魔物を追い回してただけで、挙げ句腹いせにぶった切って空腹でぶっ倒れた、なんて知られたくねえだろ……!」

「いや……それはそうだろうけど、村を助けたのに変わりはないし……」


 不満そうにする俺に唸るような声で返した虎は、そのままテーブルの上の硬いパンを噛みちぎる。


「英雄って呼ばれたがらなかったの、それが理由なのか?」

「おうよ、そんな立派な話じゃねェからな。結局俺はたまたまこの村を助けただけだっつぅ話だ」

「じゃあ今の話、教えてやればいいんじゃないのか?」

「馬鹿言え、俺の知らないところで俺を英雄扱いする分にはいいンだよ。そっちの方がかっこいいだろが」


 わかってないな、という態度でそう口にする虎にちょっとだけイラッとした。

 しかし、この虎にもそういう感情があるのか、と少し拍子抜けする俺は、まるで自分を良く見せようとする子供じみた態度の巨漢に呆れ半分で口を開く。


「オルドって……意外と見栄っ張りなんだな」

「うるせぇ、男のロマンと言え」


 ロマンとは少し違うような……と思いつつ、気がかりだった点を尋ねる。


「それよりさ。飛んでる魔物を堕としたって言ってたけど……剣でやったんだろ? どうやったんだ、まさか自分も飛んで斬りに行ったってわけじゃないよな?」

「はン、当然だろ」

「まさかそれも魔法で?」


 問うた俺に虎はニヤッと笑って……それから「内緒だ」とだけ告げたのだった。


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