ep39.夢想家
目標:旅支度を整えろ
この虎には、俺を友好的な関係を築く価値がある人間だと思ってもらわないといけない。
騙すようでいい気はしないが、実際真実を語ったとしてそう簡単に信じてもらえるとは思えないし、これから同行する以上なるべく波風は立てたくなかった。
それに、今後しばらくは連れ合うこととなるがその先はどうなるかわからない。
故郷に戻ったら褒美を手配すると約束をして別れた後で、一人で国を回るフリをしてどこかでひっそりと暮らして謝礼とやらを誤魔化す未来もあるかもしれない。
それを考えると、とてもじゃないが今この場で全てを語る気にはなれなかった。
とはいえ、この虎と敵対するつもりはないのだからいつか打ち明けるとしても穏便に済ませたいとは思う。我ながらひどいエゴだと、俺は自分に対して辛辣に考えた。
さて、それでは何と答えるべきか。
俺は悩む素振りをして、それから口を開く。
「まあ……ウチはそこそこじゃないかな。と言ってもこっちの暮らしがわからないからどう言えばいいかわからないけど……服とか、これだって俺みたいな年の子供なら誰でも着てるようなものだし」
「誰でも……? そんな礼服をか?」
お、食いついた。
虎は最初に俺を見たとき、学ランのことを上等な礼服のように扱っていた。
ならまずその線から攻めてみるかという俺の目論見は、どうやら成功したみたいだった。
なるべくわざとらしくならないように、言葉を続ける。
「うん。庶民でも貴族……でも、同じ年の子供たちはみんなして学校に通うんだけど……あ、学校ってこっちにもあるよな?」
「学院か? あるにはあるが……お前の国じゃ、庶民も貴族も関係なく通うのか?」
「そうだな。国の取り決めで子供達はある程度の勉強を受けることが義務になってて……そっか、こっちじゃ違うんだよな。ともかく、学校に通う子供達は制服としてみんなこれと同じようなものを着てるんだ」
そもそも義務教育という制度自体日本でもまだ生まれてから百年ちょっとの制度だったはずだ。
それをこんな中世ヨーロッパ感溢れる異世界で語るのはやりすぎかと思ったが、意外にも虎はそれをすんなり飲み込んだようだった。
「そいつァご立派な政策だな、そんなことして生活が成り立つのか?」
「確かに最近はちょっと不景気だったけど、一般的な家庭も問題なく暮らしてるよ」
「なるほどな。つまりはお前の家というより、国単位で裕福なワケか」
嘘は言っていないよなと後ろめたさを抱えながら、そういうことになるかな、と答えた。
虎は仰け反るように椅子に座りなおしながら、横柄そうに腕を組む。
「そいつはなんとも見てみたいもんだな。しかし……どうしてそんな裕福な国がなんで今まで見つかってねェのかね?」
虎の口振りにドキッとしたが、皮肉ではなく単純な疑問だというのはすぐにわかった俺は、負けじと非難するような目を虎に向ける。
「オルド、言っとくけど俺はこの国と……えーと、フェニリア大陸と、俺の地元がどういう位置関係なのかもわかってないんだぞ」
「わーってるよ。ただ行ってみたいと思っただけだ、この国の誰もが発見してない大陸ってやつにな。きっと見たこともねえ宝があンだろうなって思ってよ」
おや、と俺が思ったのは虎の語り口に違和感を覚えたからだ。それは金に目のない狡猾な冒険者というよりは、夢を語る少年のそれと近く感じた。
虎が口にしたそれを、俺は少し考える素振りで訝しみつつ、日本に伝わる話を思い出す。
「宝かぁ。それこそ言い伝えでしか聞いたことないけど昔は黄金の都とか、未だに見つかってない埋蔵金がどこかにあるとか言われたりはしてたな」
「黄金の都……黄金郷の話か? 隠し金といい、どこのバカも考えることも同じだな……」
呆れたような口振りの虎は、しかし同時にどこか上機嫌そうに聞こえた。
椅子に座っている巨体の背後で、大蛇のような尻尾がふよふよと左右に振られているのが見え隠れしている。
黄金郷というのがどういう話なのかは気になったが、どの世界にも秘匿された黄金の話は存在するということだろう。
やはり煌めく金はいつの世も人を惹きつけるらしいことは、虎の様子からなんとなく理解できた。
そこで、ふと思った。
もしかして虎があれこれ聞いてきたのは、俺の実家の財力ではなく単純に見知らぬ土地に興味があっただけで、ひいてはその言葉の通りなのかもしれない。
どうしてそう思ったかは定かではないし、はっきりと断言はできそうになかったが、かといってこの直感をそんなわけないと切り捨てることも難しく感じた。
「なァ、他にどんな宝があるんだ? そんだけ栄えてる国ならさぞ立派なモンがあんだろ」
「え、えーと……色々あるだろうけど、宝って言われるとちょっと……昔の人の武器とか、絵画とかは結構見つかってたりするんじゃないかな。古いものじゃなければ、月から落ちてきたっていう石とか、星の欠片とかもあるかな」
「へえ、いいじゃねえか! 異国の地に生きた人類が遺した黄金の武具、百年にわたる戦を描いた絵画、それに空を流れて落ちた星の塊、ってか?」
「そ、そこまでは知らねえけど……大体そんな感じだと思う」
「なるほどな、いいな。そういう宝こそ自分の手で見つけ出してみてえよな……」
あまりにもうっとりと語るので呆気にとられてしまう。
そんな俺の様子に気づいたらしい虎が、ごほんとわざとらしい咳払いをするが手遅れだと思った。
「……ええと、好きなのか? そういう、宝とか遺物とか」
「あぁ?! 別に!? 金になりそうだなーって思っただけだっつぅの!」
そういえばユールラクスさんにロマンチストって言われていたなと思い出す。
たまに小学生っぽいワードが頻出したり、ともすれば幼稚ともとれる夢見がちな発言が飛び出すのはそういうことなのだろうが、果たしてその一言で片づけていいのかという思いもあった。
冒険者だから金目のものに目がないとは言っていたが、どうもそれだけじゃ説明がつかない何かがある気がする。
まあその辺りの踏み込んだ話はいずれ本人に聞いてみようと思いつつ、がなりながら否定する虎の呼気が若干の酒気を帯びていることに気づいて、そういえばさっきからずっと飲んでるなと気づいた。
果たして獣人という種族がどれくらいアルコールの分解酵素を持っているのかというのは気になるところだったが、酔いつぶれて俺が担いで運ぶようなことにならないことを祈るばかりである。
もっとも、俺自身赤スグリの果実酒を気に入って既に三杯ほど飲み干しているのだが、それはまた関係ない話だろう。多分。




