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ep37.ゼロから始められそうもない魔法指南

目標:旅支度を整えろ

 下の食堂に向かい合って席を取った俺達は、宿の女将にいくつか注文して酒と一緒に食事を運んでもらうことにした。

 メニューがあるわけでもない小さな村の食堂で、何を注文するかと虎に聞かれた俺は肉を多めにして欲しいと答えたところ、同じ嗜好だったらしくにやりと笑われた。


 それから虎はこの大陸について尋ねる俺に、知っている範囲でならと前置きしつつ教えてくれた。

 今回の仕事を始め、近隣の国、地理や言語、領地の話などを尋ねる俺に虎は講釈よろしくあれこれ教えてくれたが、中でも魔法については本人も習得しているだけあってそれなりの見識があるらしく、俺が気になっていたこともあってこの席の主な議題として長く語らうことになった。


 その内容をまとめると、どうやらこの世界の魔法の属性は五つに分かれており、そのうち自然に存在する水、火、風、土の四つの属性を四大元素と呼び、そのいずれにも属さないものをエーテル元素と呼んでいるらしかった。

 虎が言うには、目に見える物体や現象、大自然を構成しているのが四大元素としたら、生物や人体を構成する目に見えず知覚できない質量のある力をエーテル元素と定義しているらしく、人の魂や思考に作用する念話や翻訳はこの魔法に属するという。


 そして魔法は想像力と体に流れる魔力をで元素に働きかけて行使するものだという。

 これは自分の魔力が正しく認識できていれば比較的容易に習得することができるが、それこそが最初にして最大の難関らしく、虎に言わせるとセンス次第ということらしい。

 つまりはこの魔力に目覚めさえすれば誰でも、ひいては俺にも魔法を使える余地があるとのことだった。


 魔法は練度により銅、銀、金と区別されており、その威力や汎用性もこの区分に比例して上がる。

 しかし魔術師の大半は銀の区分で、最上位の金魔法の使い手は数える程しか到達することができず、その境地に至った魔術師は国から声がかかるほどだという。

 それどころかこの使い手は国にとっての最重要監視対象になっているほどで、これは何も保護的な意味合いだけでなく、大陸全土にわたってどこの国でも正式に許諾を得ていない無免許の金魔法行使は即刻処罰されるという危険物扱いとしての意味が強いらしい。


「それ、もしかして強すぎるからって意味か?」

「そうだ。金の境地にまで辿り着いた魔術師は、一人で軽く兵士千人に相当する力を持つからな。そんなやつにポンポン魔法を使われちゃ国としては安心できねェんだろうよ」


 代わりに国に登録し、正式な手続きと人格審査に通りさえすれば、その国のために魔法を使うという交換条件のもとで一生遊んでられるほどの富を得ることもできる、と虎は埃の浮いたエールを注がれた木のジョッキを呷りながら言う。

 国のため、と言えば聞こえはいいが強すぎる力を国家がどう使うかというのは現実の世界でも珍しくない話だった。国土防衛の抑止力のために誇示するのか、それとも交渉の道具に使われるのか……どちらにしろ楽しいことではないだろうというのは明らかだった。


 それから虎は魔法の区分について軽く教えてくれた。

 ちなみに魔法は魔力を扱う理論を体系的に表した言葉で、魔術はその実践的な技術のことを言うそうで、厳密な違いはないという。


 魔法には銅、銀、金の三つの位があるらしい。

 銅は元素の操作、銀は要素の増幅と変質、そして金は要素の構築を基準としているようで、どうやら俺の想像する魔法とは違うらしいとここで気づいた。


「えっ、手をかざしたら勝手に火が出たりとか、空中にでっけー水を浮かせたり、とかじゃねえのか?」

「なンだそりゃ。さてはお前……勇者物語の魔法しか読んだことねえな?」


 目を丸くして、嘲笑うような意地悪い笑みを浮かべて虎が言う。

 そんな物語があるのか、どこの世界でも似たような創作物はあるのだな、と思いつつ俺は恥ずかしそうに頷いた。


「あのな、あんなのはガキ向けに誇張して描かれてるだけだぜ。英雄様でも魔王でもねェのにそんな芸当を無免許でやってみろ、即座に国家転覆罪の第一級危険魔術師として大陸全土のお尋ね者だ」


 派手なことを自分の魔力だけで色々実現できるのが魔法だと思ってたのに、この世界ではどうも違うらしい。

 じゃあどういうのが魔法なんだと思った俺に、虎が教科書を思い出すように語ってくれた。


 銅魔法とは元素の操作。

 即ち既に存在する物体を操作する魔法で、手に持っている火、触れている土に働きかけて自分の思い通りに動かす魔法だという。


「こんなふうにな」


 虎がそう言って、手のひらを上に向けて差し出してくる。

 お手でもしろっていうのか、と思った俺は虎の肉球の上で手指の毛をはためかせてぐるぐると渦を作るように吹く風を認めて、思わずおぉっと声を出した。


「これ……風か?」

「そうだ。俺が得意なのはコイツでな。火や水なんかは元素の確保がちと面倒だが、これなら扱う元素はそこら中にあるだろ?」

「そっか、空気があるから……か」


 虎は空気の流れを人為的に起こすことで風を手のひらの中に作っているのだと理解する。

 それから虎は手のひらに逆巻いている空気の流れをぴたりと止めると、フォークをそこに載せて浮かせて見せた。

 それから、門番が言っていたことを思い出す。打撃を無効化する風の鎧、昼間俺の蹴りを受け止めた奇妙な感触。


「じゃあ昼間のあれは、魔法で空気を固めてたってことか?」

「ま、そんなところだな」


 得意げに言う虎は、大判な手のひらに見えない板を重ねて、その上に置かれたように浮いている木のフォークを見て、なるほど昼間に虎を守ったのはこれを使った空気の塊だったのか、と納得した。

 すごい、空気や風を操るなんてまさに魔法じゃないかと感動する俺に虎は講釈を続ける。


 銀魔法は元素の増幅と変質。

 一の元素を二にも十にも百にも増やすほか、全く異なる性質に作り替えることを基準としており、例えば小さな火花を業火に、雨の粒を氷の大槍に、一陣の風を大木を薙ぎ倒す暴風に、土の一粒を巨大な鉄人形にするのが銀魔法の代表的なものだという。


 その幅広さと事実上この区分が魔法の限界であることもあって、銀魔法の練度がそのまま魔術師の練度と言えるという。

 媒介となる一の元素をどのように見つけ出すか、そしてそれをどのように増やし何を形作るかという魔術理論の取得を含め、体に眠る魔力の引き出し方などの問題から長い訓練は必要だが、長く旅をするならこれが欲しいところだと虎は言う。


「火打石一つあれば簡単に火が点くし、水が一滴あれば何倍にも増やせるんだぜ? もっとも、飲めるような水を作り出すにはそれなりの熟練が必要らしいがな」

「それは……確かに便利そうだな」


 そして最後に、無許可の保有が許されていない金魔法。

 定義としては、元素を操る銅魔法と元素を増幅させる銀魔法に加えて、元素を生み出すというアプローチが増えるという。


 ゼロから一を生み出す、その場に存在しないものを、己の想像力と魔力だけで作り出す魔法の極地。

 無から炎の津波を巻き起こし、大瀑布で城を押し潰し、砦をなぎ倒す嵐を起こし、空に黄金の都を生み出すと言われるが、どのような魔術であるかはその域に辿り着いた術者によって異なるため一概には定義できないという。

 既存の元素に囚われず術者のイメージを実現させるための元素を生み出すので、良くも悪くも術者固有の特性が出やすいらしく、虎も数える程しかその使い手を見たことはないという。


「一回だけ本気の金魔法を見たことがあるが……ありゃまさに人間兵器だったな。国が協定で金魔術師の存在を共有するのもわかるってもんだ」

「そんなすげえんだ……」


 まさに一騎当千のチートってわけだ。

 そう思った俺は、もしかして神の遣いとして魔法を使えるようにしてもらってたら、この魔法の条例に違反していた可能性があるのかと考えてぞっとした。

 あの獅子を許すつもりは毛頭ないが、剣しか使えなくてよかったと思った。


 虎は続いてエーテル魔法について語ってくれた。

 エーテルとは人の中に在る力の本質、生命力とされているが、ここ最近提唱されたばかりのまだ謎の多い魔術らしく、虎は胡散臭いと言わんばかりに「得体の知れない元素を信じる魔法だ」と吐き捨てた。


 魂に作用して思考を相手に送る交信念話、そして俺もお世話になっている言語に依らず音声に乗せた思考を魂に届ける翻訳などがその代表的な魔術であるという。

 その他には体内のエーテルを正しい流れに整えて病気を治したり、悪くなった臓器をエーテルの記憶から正しい形に修復する、千切れた腕を繋ぐエーテルを修復し動くようにする、など医学と密接な関係にあるらしく国を挙げてこの魔法体系の研究を進めており、ユールラクスはその第一人者だと言う。


「つっても疑わしいモンだぜ。勝手に人の魂とやらに触れてどこが悪いだのここが良くないだの言われてもこっちには本当かどうか確かめる術もねェしな」


 なんとなく、現代医学に対して似たような感想を聞くな、と俺は思って月並みな返事をする。


「まあ……それで体が良くなるんならいいんじゃないのか?」

「はン、どうだか。エーテル魔法が研究されてンのも、誰かが金魔法に至ってくれればっつぅ目論見だって言われてるんだぜ。わかるか? それがどういうことか」


 急に言われて当惑したが、虎から聞いたことを整理すればその意図はすぐにわかった。

 元素を一から作る金魔法、そして人の生命力を元素とするエーテル魔法。

 そのエーテル魔法で金の使い手に目覚めるということはつまり。


「……魂を、一から作れるかもしれない?」

「それこそおとぎ話だがな。教会じゃあ天の定めた一生を天命のままに生きるべし、なんて教えてるくせに笑える話だぜ。まだ土の金魔法で黄金を生み出すって言われるほうがロマンがあらァな」


 富も、地位も名誉も得た権力者が次に求める者はいつだって永遠の命らしい。

 それはそれでファンタジーらしいなと思ったが、もし本当に虎が考えたことと似た意図がその裏に隠されているのだとしたら……異世界で平和に、という俺のささやかな望みが遠ざかっていくような気がして溜め息が出そうになった。


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