ep35.旅支度とネコと和解せよリターンズ
目標:村人に話を聞け
宿に戻る俺を、幼い声が引き留めた。
「スーヤお兄ちゃ~ん!」
幼いトーンの日本語に振り返れば、どこかで遊んできたのだろう少し汚れた様子の三人の子供らが目についた。
振り返りながらその場にしゃがみこんで、俺は言葉を返す。
「やあ、ナタリア、エルマ、それに……えーと、ラウル。こんにちは」
俺の声に、眠そうな目をした猫を抱えた栗色の髪をした女の子が目を見開いた。
「えッ! スーヤお兄ちゃんもうガオリア語がしゃべれるの!?」
「おれたちが教えたからだろ!」
「そ、そこまでしゃべれるようになるほど教えてないと思うけど」
子供達は俺の声に三者三様の反応を見せる。当然だというような態度を取る勝気な物言いは金髪のエルマ、どちらかというと常識的な意見を控えめに口にしたほうがラウルの声だ。
子供相手なら別に翻訳石について教えてもいいのでは、と思いつつ適当にはぐらかすことにした。
「そうだよー、猛勉強したからね。ちゃんと聞こえるでしょ?」
突然自分たちの母国語を流暢に話し始めた外国人にわぁっと色めき立つ子供たちと目線を合わせて俺もにっこりと微笑む。
「ねえねえ、それってあの髪の長いおねーさんのおかげなの?」
「お姉さん……?」
「ほら! アンタとオルドさんが戦ってるときにいただろ!」
「あ、あれは男の人だったって、みんな」
「あんなに髪の長い男の人がいるわけないじゃん、ラウルはバカだな! バカウル!」
「あうぅ」
まあまあ、と金髪の子供を宥めながら、その情報をまとめる。
子供たちが言ってるのはおそらく立ち会っていたユールラクスのことだろう。
実際男性のはずだから天然パーマの男の子が馬鹿にされるのは完全に筋違いなのだが、実際今となっては俺も男性だったのか女性だったのか怪しくていまいち断言が難しい。
胸中で謂れのない罵声を受ける子供に謝罪しつつ、俺はこっくりと頷いた。
「そうだよ、あの人に教えてもらったんだ」
「やっぱり! あのね、あたし達ほんとはあのおねーさんのこと、スーヤお兄ちゃんといっしょで村の人じゃないから怖い人だと思ってたの!」
「でもな! あのおねえさん言ってたんだ! 『ネコちゃんが好きな人に悪い人はいません』って! だからスーヤさんもあのおねえさんもいい人なんだって思って、いっしょにレイヤのこと触らせてあげたんだ!」
そう言って、ナタリアが抱えている猫を撫でると、エルマがそれに続いて、まるでいいことをしたと誇るように胸を張った。
レイヤというのは、撫でられて当然とでもいうようにごろごろと喉を鳴らして女の子の小さい手を受け入れているこの猫のことだろう。忘れもしない、樹上で立ち往生しているところを助けにいった俺を突き落そうとした恩知らずの猫だった。
俺はその小動物を見る目つきが厳しくならないよう、努めて笑顔を作った。
「そ、そしたらレイヤもごろごろ言って喜んだんだ。あの耳のとがってる人、すごい猫に慣れてる感じだったよ」
「そっかそっか、よかったねえみんな」
それから三人が一斉に「でね! スーヤお兄ちゃんとオルドさんが何してたのか全然わかんなかったんだけど」「バカだなナタリア、あれはとっくんだって!」「い、いや、けんかだよあれは」と話し始める。
あぁ、子供のこの一斉に話し出す感じ懐かしいなぁ。小児科じゃ一番年上だからって色々話し相手になったりしたなぁ。
俺はうんうん頷きながら三人の話に耳を傾ける。
「スーヤお兄ちゃんも、オルドさんとおんなじたびびと? なんでしょ?」
「うーん、まあ一応そうなのかな。一緒についていこうと思ってね」
「だからね! レイヤのこと撫でさせてあげる! 撫で納めって言うんでしょ、あのおねーさんが言ってたの!」
うーん、実に言いそうである。ついさっきまで科学者然とした変わり者というイメージだったのに、今ではすっかり度を越した愛猫家という印象で、その発言も容易に想像がついた。
ナタリアはずいっとふてぶてしく構えている猫を俺に突き付けてくる。
猫。おぉネコ科。なんとも忌々しきそのふてぶてしさ。俺は思わず顔が強張るのを、深呼吸して落ち着かせた。
いや、恐れるな。俺だって小さいころ家で猫を飼ってたはずだ。
それにこれはただの小動物、俺が苦手なのは猫の顔をした筋肉達磨だ。
「そうなんだ、ありがとうみんな。じゃあちょっと触らせてもらおうかな」
「うん!」「レイヤ、いいよな!」「ね、猫はしゃべらないよ」
女の子の腕に抱えられてる猫に向かってそっと手を差し出す。わけもなく緊張してしまうのは何故なのか。
そうだ、猫は悪くない。槍を持って人を殺しにかかってくるのは猫ではないまた別の存在だ。
今ここにいるふわふわの毛皮の塊は、まったく無害なかわいらしい愛玩動物なのだ。
ふさふさとした毛に手が触れる。暖かく、さらさらとした毛並みが指先に心地よい。
ふわふわの毛並み、とんがった耳、くりくりした目。見れば見るほどかわいい動物じゃないか。
こんなものを苦手に思っていたなんてまったくばからしい話だ。
ユールラクスさん、猫っていいもんですね。
そう思って、俺の手が猫の喉元を撫でようとした。
その瞬間。
フギャシャムベロクジョフォホ! みたいな叫び声を上げて猫が俺の顔を思いきり引っ搔いた。
きゃぁっとナタリアが慌てて猫を腕の中に抱きしめるが時すでに遅し。
一体何が癇に障ったというのか、頬から鼻下にかけて顔にくっきりと赤く引かれた三本線の傷を作った俺は思った。
やっぱりネコ科ってクソだ。
今週はここまでとなります。
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いよいよ旅立ちが近づいてきましたが、引き続きがんばって更新していこうと思います!




