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ep31.帰りゆく銀髪尖り耳イケメンネコキチ

目標更新:虎を認めさせろ→エルフと話せ

 依頼主となるエルフにいくつか依頼内容を確認して、オルドと俺は旅支度に取り掛かった。


 報酬は俺の耳と首元で光る翻訳石の補填額と相殺で、実際にモノを受け取った俺はともかく虎にとっては早い話がタダ働きだ。

 それでもオルドはくさすようなことはなく、ひとまず出発を明日と定めてエルフ相手に納期や届け先などを丁寧に確認している辺り、根は真面目なのだろうと思った。


 もっともエルフもその辺りは理解しているのか、期日を厳密に設けることもなければ納品物についてもアバウトな取り決めをするだけで、確かにこれは明確な依頼というよりはおつかいだなと感じた。

 しかし妙にもったいつけたような口調で「何があってもしっかり持ってきてくださいねぇ」と念を押すので、それほど重たかったりするのかなと首を傾げた。

 しかし、逆に言えばそれくらいのことでこの便利すぎるマジックアイテムの代金を肩代わりできるのかと不安になるほどで、虎と打ち合った俺の翻訳石の確認をするために向かい合っているエルフに軽く頭を下げた。


「何から何まですいません、ユールラクスさん」

「いえいえそんな、いいんですよぉ。そもそもオルドくんが先走って勘違いして僕に借金したのが悪いんですから。スーヤさんは巻き込まれただけと思って、ね」


 まあそう割り切れれば楽なのだろうが、経緯の渦中にありながら知らん顔できるほど俺は図太くできていなかった。

 長いこと入院していたからか、誰かに世話を焼かれると必要以上に強い恩義を感じてしまう節が自分にはあるようで、オルドが同行を了承した今、せめてこの恩には報いたいと任された務めを果たすための旅に出ることについてもすっかり前向きに考えていた。

 だからこそ、気にするなと言うエルフには軽く愛想笑いを返してから、そういえばと思って尋ねてみた。


「ユールラクスさんは、どうしてこんな道具の開発を? 仕事で作るように言われたりしたんですか?」

「ん~、半分正解です。未開の地を目指す調査団が現地の人と交流したり、遠い異国との交易にはまず言語の壁が立ちはだかりますからねえ」


 公用語とはいうがどうもそれはこの大陸のみでの話で、本来なら地表にあるすべての国が共通の言語を扱うとは限らない。

 そもそも俺の世界だって、国が違えば言葉だって違うのが普通だ。そんな中で、こんな翻訳石があればどれだけ多くの問題をスムーズに解決できるだろうというのは想像に難くない。

 しかしユールラクスは、そんなことどうでもよさそうな口ぶりで俺の首飾りを少しきつめに留めると続きを吐いた。


「でも、今のはやらなきゃいけない理由。もう一つのやりたい理由としては……僕自身の、ロマンのためですかねぇ」

「ロマン……?」

「そう。オルドくんほどじゃないですけど、僕もなかなかロマンチストなんです。言葉も通じない相手と話せるなら、言語という概念がない相手とも話せると思いませんか?」

「それは……確かに、話せそうですけど……」


 あの虎がロマンチスト? 聞き間違えたか? と飛び出した英語の響きに俺がいぶかしむような目を向けるのも無視してエルフは続ける。


「そうでしょう? 交信とか念話はそれに近いんですけどね、これはこれで双方に念話の技術がないと難しいですし。でも、その心得がなくても相手の思ってることが伝わって、意思の疎通が可能になる。ということはですね……」

「ということは……?」

「ネコちゃんとお話ができるんですよ!!」


 ずっこけそうになったのは、それくらい肩の力が抜けたからだ。


「ね、ネコちゃんって……動物の、猫……?」

「そうです!!」


 肩透かしに合う俺のことなど露知らず、銀髪を揺らして興奮した様子でエルフが続ける。


「ワンちゃんもそうですけど、身に着けるだけでニャンコとあれこれお喋りできるようになるんです! 何と言っているのか、何がしたいのか、今は触っていいのか駄目なのかが引っかかれずともわかるんですねぇ! あぁっ、素敵ですよねぇ……! お猫様のために言葉を交わすばかりか更なる奉仕をすることができるなんて!」


 聞かなきゃよかった。これだけ便利で人知を超えた代物を作る人なのだから、何か崇高な目的があるのだと考えていた俺は飛び出した台詞に毒気を抜かれてしまう。

 いや、動物と話したいという平和な答えは別に悪くもなんともないのだが、予想外にメルヘンな回答で拍子抜けした俺は、ふと思いついた。


「あっ、もしかしてオルドさんと知り合いなのって……」

「ふふっ。恥ずかしながらお察しの通りですねぇ! 以前、僕が困っているときに仕事を頼めそうな冒険者の中で一番腕が立つ上にネコ科だったのが彼で……うっかり興奮して猫語を喋ってほしいと依頼して殴られそうになったのが始まりでして」


 そのまま続けて猫じゃらしを振ったら斬られかけたなどとうっとりした様子で話すエルフのことは得体の知れない人だと思っていたが、愛猫家……というかただの動物好きであると知ると途端にそんなものを警戒していたのかと白けてしまう自分がいるようだった。


 ここ最近ネコ科の株が暴落している俺にとってその思想はいまいちピンと来ないものだったが、自分の中でこのエルフについてのイメージが研究のためなら手段を選ばない冷徹な科学者から一転して、好きなもののために手段を選ばず情熱をかける動物愛好家というイメージに書き換えられるのを感じた。


「スーヤさんはネコちゃんお嫌いですか?」

「え゛っ……いや、嫌い、ってわけじゃないんですけど……昔は家でも飼ってたので……」


 おぉっと歓声を上げるエルフに、でも、と続ける。


「最近ちょっとネコ……科に関わって痛い目を見ることが多くて……苦手になっちゃったというか」

「あぁ……そうでしたか。でも、そうですよね、引っかかれたり嚙まれたりするのは普通は嫌ですものね」


 普通は、ってことはこの人は喜ぶんだろうなあ。なんとなく俺はそう確信した。

 もしかしたらこの人なら、あの鬼畜ライオンに何度殺されても苦じゃないのかもしれない。もっとも、それが明らかに常軌を逸しているだろうということは疑いようもないが。


「でも大丈夫です、世の中にはスーヤさんにデレデレなネコちゃんだってきっといるはず! 引っかくくらい凶暴なのも知らんぷりするくらいツンツンなのも、お腹を見せてごろーんとするくらいデレデレなのもネコちゃんの一面です! それらを一つずつ知っていくときっと苦手なイメージも薄れていきますよ!」

「……そうですかねぇ」


 脳裏におぞましい映像が浮かんで、俺は顔を引きつらせるがユールラクスは構わず続ける。

 まるでそれが名案だとでもいうように。


「そうですよ! それに、ネコが苦手ならまだ人に近いオルドくんで慣れてみてもいいんじゃないですかねぇ。おっさんですけど、大っきいしお喋り好きだし噛んだり引っかいたりはしないネコちゃんだと思えば!」

「テメェ何か失礼な話してねェか?」


 ごちゃごちゃと色んな物を両手に抱えた虎が部屋のドアを足で開けながらエルフをぎろりと睨む。

 しかしエルフは臆することなく、にっこりと笑顔で返す。


「いえ、ただスーヤさんに布教していただけですよ。ねっ」

「え、えーと、そうですね……」


 じろりと虎目が俺に向けられて、ちょっと気まずい。

 とはいえ慣れたことなのか、虎もため息をついて今度はエルフに口を開いた。


「呼びつけといてなンだが、用が済んだらそろそろ帰れよ。あんまり出歩いてるとまた総出で捜索隊が出されるぞ」

「おっと、それはそうですね。帰りに路地裏の猫ちゃんに餌もやらないといけないんでした」


 捜索隊出されたことあるんだ……と俺が突っ込みを入れる間もなく、敷きっぱなしになっていた羊皮紙の上にエルフがそそくさと移動する。

 土足のまま羊皮紙を踏んで、「それじゃあ」と口を開いた。


「スーヤさんまた後で。オルドくんも、おつかいを頼みましたよ」

「おう、早く行っちまえ」

「ユールラクスさん、色々ありがとうございました」


 銀髪を揺らして、エルフはにっこり笑って手を振る。

 次に会うのはおつかいとやらを終えたタイミングだろうから、それまでしばらくお別れだった。


 それから……羊皮紙がまた淡く発光しだした頃に、ユールラクスは無言のままにっこり笑んで俺を手招きした。

 なんだと思って近寄って、羊皮紙に乗らないくらいのところで立ち止まると顔を寄せて俺に何かを耳打ちする。


 それで、聞こえた言葉に俺は目を見開いた。

 思わず男のほうを向き直ると……にこりと笑って、それからその像がぼろぼろと光が崩れるようにユールラクスは転送されていった。

 銀の髪一本どころか先程まで溢れていた光の粒すら残さず、忽然と消えたエルフの姿を俺は呆然と見送る。


「……なんだって? あいつ」


 いなくなったエルフを惜しむこともなく、虎が俺に言葉を投げかける。

 耳打ちの内容を問われた俺は、危ういところで嘘を絞り出した。


「……オルドさんに猫じゃらし振ったら駄目ですよ、って」

「あの野郎、マジでいっぺん泣かしといた方がいいな……」


 はは、と引きつった顔で愛想笑いを返しつつ、俺はどくどくと大きく跳ねる心臓をどうにかして宥める。


 どうしてバレたのか、聞き間違いだったりしないだろうか。

 いや、それでもあのエルフは確かに言った。


 今度会ったら本当のことを聞かせてくださいね、と。


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