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ep29.冒険への覚悟

目標:エルフと虎と話せ

「量はどンくらい必要だ?」

「あればあるほどいいですが、最低でも一つは欲しいですね。もちろん持てる範囲で大丈夫です。頼めますね?」

「任せろ、一週間ありゃ十分だ」


 持ち出されたおつかいとやらに意気込む虎に、エルフが肯首で返した。

 なんだか随分念を押すような言い方をさっきからしているなと思いながら、俺は他人事のようにそれを聞いていた。

 話がまとまると、銀髪を揺らしたユールラクスがそれでは、とこっちに向き直る。


「スーヤさんはどうされますか? 先ほどのお話ですとこちらの大陸で見聞を深めないといけないんですよねぇ」

「えッ。まあ……そうなんですけど……色々見て回りたいなーって思ってるくらいですね。冒険者、ってのがあるならそれを目指したいなーと思うんですが……何もアテがないのでどうしようかなと」


 さっき虎を問い詰めていた時の圧がちょっと忘れられなくて、反射的に背筋を正しながら答えた。


 神の遣いとしての使命なんてそっちのけでせっかく訪れた異世界を堪能したい俺に何のアテもないことは事実で、今後の身の振り方は何も決まっていない上に一文無しの身だ。

 幸いにも虎の自己紹介から冒険者という職業があるらしいことはわかったので、とりあえずそれに関してこの二人から役立つ情報を聞ければという気持ちだった。

 それからこの村で仕事の手伝いでもして路銀を調達して、どこかの街にでも向かってみるかと思っていると、エルフが突飛なことを口にした。


「そうでしたかぁ。ではちょうどいいですねぇ、オルドくん。是非スーヤさんも連れて行ってあげてください」

「えッ」

「あァ?」


 にこやかなユールラクスに、虎も俺も驚く。


「これは全員に利点があるんですよ。スーヤさんの翻訳石を定期的に診たい僕にとって、身元のハッキリしてるオルドくんが傍にいればお互い連絡が取りやすくて非常に楽です。本来なら翻訳石をお買い上げいただいたら以降は有事の際以外干渉しないのですが、今回は試験運用も兼ねてますのでねぇ」


 それは、まあその通りだ。

 彼の言うことは理にかなっていて、身元も所属もない俺を探すよりこっちで生計を立てている虎を頼る方が接触は容易いはずだ。


「それと、スーヤさんにとっても冒険者を目指すにしろ、もしくは大陸を回って見聞を深めるにしろ事情を知っててなおかつ腕の立つ冒険者の先輩が一緒に居れば安心できますよね」


 それも、残念ながらその通りだった。

 言語の壁は乗り越えたものの、俺は路銀の調達方法や文化、それどころか地理についても全くの無知で、こんな俺が一人で暮らしていくのがどれほど大変なのかは火を見るよりも明らかだからだ。

 そう考えると、剣一つで生計を立てている虎の存在は俺が目指すものに近しいように感じられる。いずれ独り立ちするにしても、間近でいろいろと知っておくべきなのは間違いないだろう。

 それに、この便利なピアスとネックレスに何かあった時に事情の知ってる人と一緒にいられるなら心強いことこの上ない。


 しかし……だからと言って、森で一緒になっただけのこの虎にそこまで背負わせるのも申し訳ないような気がする。

 俺が曖昧に頷くのを見て、エルフは満足そうに微笑むと今度は虎を一瞥した。


「最後に……万年一人旅のオルドくんにとっては念願の旅の仲間ができる。どうでしょう、三者三得!」

「ブッ飛ばすぞテメェ」


 最後の理由を聞いて、ぐるる、と歯を剥いた虎が忌々しそうに唸った。


「俺は仲間がいねェんじゃなくて取らねぇだけだっつうの。……というか、俺がそこまでする筋合いはねえだろ。スーヤ、お前歳はいくつだ」

「えッ……じゅ、十八です」

「だろ? それならもう立派な大人だ、ガキじゃねえんだから一人でどうとでもできんだろ?」


 あのご都合空間での数年を勘定に入れるか迷ったが、俺は咄嗟に実年齢で答えた。


 それを聞いてなお、不満そうな声を上げる虎の意見はごもっともだろう。たまたま出会っただけの虎に今後も面倒を見てもらいたいと願うほど俺も世間知らずではない。

 まして、今までも宿代を工面してもらってるような身だ。この先の旅を連れ合うとしたら虎にとってそれがどれだけの金銭的な負担になるかというのは想像に難くない。


「おや、あれだけガキガキ言っておいて都合のいい時だけ大人扱いするんですねぇ」

「うるせェな、言葉の綾だ。見た目がガキだからガキっつっただけだ」

「それに、恩を着せようと思って目を掛けておいて価値がなくなったらポイですか。冷たいんですねぇオルドくんは」


 エルフの口振りに、「ぐぬッ」と虎が言葉を詰まらせる。

 それは俺が裏切られたような気持ちになった理由そのものだったが、思惑が何であれ親切にされたのは事実である。

 実際悪いようにはされなかったし、見ず知らずの人間にそこまで関わりたくないとする虎の行動の合理性にも理解しているつもりだ。

 恩義こそ感ずれど不信感など抱くような立場ではない俺は、エルフの冷たい物言いにそこまで言わなくても、という思いでハラハラしながら話の行く末を見守る。


「文無しのガキを連れ添うほど余裕のある冒険者に見えるか? 俺が」

「あれ、ちょうどこの村でひと仕事終えたばかりじゃないんですか? 街に戻って豪遊しようと思ったら村の子供が迷子になる騒ぎに巻き込まれて、慌てて助けに行ったら思わぬ金の卵を拾ったーって嬉しそうに言ってましたよねぇ?」


 なんとなく、赤の他人の俺にも浮かれている虎の様子は目に浮かぶようだった。

 完全に人を金づるにしようとしていたんだなと理解すると、途端に虎の肩を持とうとしていた自分が馬鹿馬鹿しく思えた。白けた目を向ける俺から目を逸らして、虎男はその弁舌さに敵わないと見て諦めたように腕を組む。

 それから窓枠にもたれかかるようにふんぞり返ると、ため息交じりにこう言った。


「ぐっ……。……わーったよ。ただな、コイツだってそんな使い走りみたいなのはごめんじゃねェのか? おつかいっつうけどな、ここから鉱山までは一日二日で行って帰ってこれるようなモンじゃねえんだぞ。貴族上がりの坊ちゃんが楽しめるとは思えねェがな」


 虎の口ぶりは、断る口実を探しているようでもあり、正論を述べているようでもあった。


「おや、心配してあげてるんですか?」

「茶化すな魔術師。そこまで言われちまったんだ、俺だって何も本気で捨て置こうとは思っちゃいねえよ。こいつが本気でついてくるって言うなら何も言わねえ、その責任くらいは取るさ。それに、今すぐは無理でも……将来的に異国の貴族とコネができるのも悪かねェと思っただけだ」


 実際には、俺と関わったところで将来も今も虎が何かを得られるわけはないのだが、そこにモチベーションを感じているような物言いに何も言い返せなくなってしまった。

 噓をついているのが心苦しいが、虎は幸いにも「つってもそんな何年何十年先になるかわからねえ見返りなんてどうだっていい」とすぐに手のひらを返してくれた。

 ベッドに座ったままの俺を、虎がまっすぐ見据える。


「ただなスーヤ、俺はお前にそんな覚悟があるかを聞いてンだ。見ず知らずの獣人に、自分を金づるにしようとしていた相手に命を預けてついてこれるかどうかをな。これまでお前がどんな生活をしてきたか知らねェが、ベッドもなければ飯もない、誰かが面倒を見てくれるわけでもない野宿続きだ。自分で自分の身を守る生活がお前にできるか?」


 覚悟、と言われて俺の体の奥がじわりと煮えたぎるのを感じた。虎は続ける。


「それに……聞いての通りだが、俺がお前みたいなガキの面倒を見たのは金になると思ったからだ。それで心を許して着いてくるっつうならやめてくれ、俺はそんな善人じゃねえ。これ以上ガキのお守りをする気はねェぞ」

「またそんな言い方して……だから友達が少ないんですかねぇ。ですけど……そうですね、決めるのはスーヤさんですもんね。じゃあこうしましょう、報酬を前払いしてるようで恐縮なんですが……僕の頼みをオルドくんと一緒に聞いてくれませんかね? 大丈夫、オルドくんはあんなこと言ってますけど……こう見えても、悪い人ではないんですよこのおじさんは」

「俺ァまだお兄さんだ、年増魔術師」


 すごい古典的な言い合いだなと的外れな感想を抱いたが、さておき。


 ゲームとかだと、ここで選択肢が出ている場面だろう。

 いがみ合う二人を他所に戸惑う俺を、ユールラクスが一瞥する。

 虎の言う通り幼い子供ではないのだから、何も同行する必要はないのではという遠慮のために委縮している俺の心を見透かしたような深緑の目が俺を捉えていた。


 こっちの世界に来て早々、宿にも飯にもありつけたどころか言葉まで通じるようになったのはまさしく幸運だったと言っても間違いではないだろう。

 この申し出についても、受けた方がメリットがあるのは頭で理解していた。


 それでも俺が決断を鈍らせているのは、見ず知らずの虎にそこまで付き合わせていいのかという遠慮と、ネコ科と今後連れ添うことについて生理的な嫌悪がわずかに顔を覗かせたためだった。


 だが、今。

 虎は覚悟と言った。

 その言葉がどういった意味で紡がれたかはわからない。


 それでも、俺が万を越すほど死に続けたのはこの世界で第二の人生を謳歌するためだ。

 剣と魔法と魔物の世界で、フィクションで見たような世界を生きるためだ。

 父と母が願ったように、元気で健康に過ごすためだ。


 それに比べれば、俺の躊躇なんて些細なものだ。

 もっと言えば、俺はこの地に来てからまだ何もしていない。思惑はどうあれ、他人の厚意で飯を食い、ベッドで寝て、貴重な道具まで貰い受けただけだった。

 それこそ病人でもない健康体なのにこのまま世話をされてはいお別れというのも味気ないし、居心地が悪いように思えた。


 どちらの方が利のある選択かというのは比べるべくもない。

 俺はもともと、見知らぬ異世界を誰かと共に冒険をするために覚悟を決めたのだ。

 その覚悟のためならば、旅の仲間がネコ科だろうと構いやしない。

 力強く、肯首する。


「……はい、むしろこちらからもお願いします。俺だって戦えます、自分のことは自分で守れるはずです。オルドさんの足手まといには、ならないっす」


 言いながら、相手がネコ科だからこそ却って迷惑をかけても気に病まなくて済むかもしれないなと思ったのは、流石に内緒にしておこうと心に決めた。


 こうして、虎の冒険者オルドがパーティーに加わった。いや、この場合加わったのは俺の方か、ともかく。

 俺が深々と頭を下げるのを見て、エルフが嬉しそうに笑う。

 虎は腕を組んだまま溜め息を吐いて、それから口を開いた。


「乗りかけた舟、か……わーったよ、お前も連れてくさ。そこまで言うなら仕方ねェ……が、その前に」


 虎が窓の外を指す。なんだ、飛び降りてみろとか言うんじゃないだろうな。

 ネコ科の獣人というだけで完全にどこぞの鬼畜ライオンとイメージがかぶってしまっている俺が訝しむのも無視して虎が続ける。


「表に出な、そこまで言うなら……お前がどこまでヤれるのか、ちょっと見せてくれよ」

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