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ep28.今なんでもするって

目標:エルフと虎と話せ

「それで、俺の……し、師匠はその大陸で見聞を深め生き残って来いとだけ言うと急に眩い光に包まれて……次に目を覚ましたら右も左もわからぬ森の中にいたんです」

「わぁ。すっごいスパルタですねぇ~……」

「やっぱりか……だが、想像以上だな」


 俺の話に虎はすっかり納得した様子で、しかし苦々しい表情で頷く。

 銀髪の男は腕を組んだまま同情的な相槌を打っていて、その反応になんとかうまく誤魔化せたようだと胸をなでおろした。


 俺が喋ったのは虎の推理を流用した全くの作り話で、その筋書きはこうだ。


 まず身分を明かす上で、こことは違う大陸の生まれの貴族であることは認めた。

 そうでないと既に目をつけられている衣服や校章のことは説明がつかないと思ったからだ。

 次いで、この大陸に来たのは事故ではなく第三者による恣意的なものと説明した。

 自分には剣の師匠がいて、その師匠から成人の儀として未開の地で一人で生き残り、治世の見聞を広めたり何か偉業を成し遂げるまで帰ってくるなと言われ着の身着のまま転移させられた、という筋書きにした。


 この話のうまいところは荒唐無稽な虎の推理を引用しつつも、全部が全部出まかせの嘘ではないというところにある。

 元々俺は嘘があんまり得意なほうではないし、全く身に覚えのないことを話してもすぐにボロが出てしまうだろう。

 ならば事実を少しだけ脚色して話したほうが、内容について言及されたとしてもまだ言い逃れしやすいだろうと考えたためだった。


 もっとも、この話の苦しいことにはあの白獅子を師匠扱いしなくてはならないことだが、背に腹は代えられないとして断腸の思いでそのように説明をした。


 俺の話に重々しく頷いていた虎は、ふと気づいたように口を開く。


「待てよ……ってことは、今のお前に帰る意思はねえのか?」

「えぇと……そうですね。おそらく何もしないまま他人の厚意でのうのうと本国に戻ったとしてもそんな俺をあのクソ……げふん、師匠は許しはしないでしょう」


 少し悩んだが、帰る手伝いをするから場所を教えてくれ、なんて言われても困ると思ったのでここは嘘を吐くことにした。そのまま殺されるかも、と続けよう思ったがさすがにそれは度が過ぎてると思って、やめた。


 ところが、どうしたことかそれを聞いた虎男がマジかよ、と頭を抱え出したのでそこまでショックな話だったか? と俺も首を傾げる。

 虎はまるでギャンブルに外れでもしたのかと思ってしまう様子で放心していて、自分の推理が間違っていただけにしてはすごい落ち込みようだった。

 どうしたのかと隣のユールラクスに尋ねる。


「あの、オルドさんは何であそこまで……?」

「うーん、僕から説明していいものか……まあいいですね、自業自得ですし。オルドくんはですね、ひどいことにスーヤさんに恩を売って自分の活動を援助する金づるになってもらおうとしてたんですよ。あれほど身なりの良い貴族を無事に送り届ければ見返りも大きいはずだーって言って、そのためにお前の翻訳石を貸せって言われて……今に至る、という感じなんですねぇ。僕は絶対そううまくはいかないと思ってたんですけどねえ……」

「テメェは……そういうことを、べらべら喋るんじゃねェっつうの!」


 そのまま灰になって飛んでいきそうなほど脱力していた虎が、逆鱗に触れられたようにむくりと起き上がって怒鳴るが銀髪のエルフはどこ吹く風で「そんなことより着け心地はどうですか? 聞こえる音は? 聞いていて問題なく理解できていますか?」と矢継ぎ早に質問を投げかけてくる。

 マイペースなエルフに少したじろぎながら、問題ないと返事をしつつも俺は幻滅にも似た思いを隠せずにいた。


 虎が親切にしてくれていたのは、やはり裏があってのことだったのだ。

 もちろんそれを無償の優しさだと信じ切っていたわけでもないし、親切を受けた身分で裏切られたような気持ちになるのも筋違いというのは百も承知なのだが……やり切れない思いがあるのは確かだった。

 結局打算でしかなかったのだと勝手に気落ちする厚かましさに、そしてそんな当然のことに思い至らなかった愚かさに自己嫌悪する俺の都合など露知らず、ユールラクスは続ける。


「そうですかぁ、では今後のお話なんですが……定期的に僕への連絡をいただきたいんですねぇ。何かあったらすぐ直しますけど、一応ある程度の衝撃にも耐えるはずなのでご安心くださいねぇ! とはいえ耐用年数なんかも調べたいのでなるべく丁寧に扱っていただければ幸いですねぇ!」


 しかし悄然とする俺の都合などお構いなしに、銀髪を揺らしたエルフが鼻息荒くまくしたてるのでふと思い至る。

 虎に言われたとはいえ、試運転の相手が俺で本当にいいのか。そして、本当にこんな便利なものを受け取ってもいいのか。


「えっと……これ、ほんとに俺がもらっていいんですか? 俺、払えるような金もないですし……テストするならするで、もっとふさわしい人がほかにいるんじゃ……」

「いいんですよ~! 開発協力ということで、お代は結構です! 実は僕、普段は開発室にこもりっぱなしなので身元のしっかりしている異国語話者ってなっかなか出会わないんですよねぇ~。ですので僕にとってもちょうどよかったんです、それ差し上げますから是非長く使ってあげてくださいねぇ! 代わりに、気になったこととか何か直したほうがいいところとか、ガンガン言っていただければそれで充分です!」


 上機嫌に話すユールラクスのセリフに嘘はないのだろう。

 だがここまで便利なものをおいそれと無料でいただくわけには……となおも渋っていると、にっこりと笑ったエルフが「それに」と続ける。


「お金の話ならちゃんとしますから、ねぇオルドくん?」

「ッ」


 わかりやすく顔をそむけた虎が、びくりと肩を震わせた。

 尻尾がびんと逆立ったまま膨らんでいて、傍目にも様子がおかしいのがわかる。


「それじゃあ当てが外れた分……調整代金と今後の開発費補填に、ウェスタ金貨二百枚でしたっけねぇ? お支払いお願いしますねぇ」


 ユールラクスの整った顔に浮かぶ表情は変わらずにこやかなはずなのに、発せられる声だけがどことなく冷たい。

 ナイフを首筋に当てられたような緊張が俺にも伝わった。


「言いましたよねぇ、試作機を使う分の金は補填するって。まさか……払えない、とは言いませんよねぇオルドくん」

「……、……」


 虎は黙ったままそっぽを向いて答えようともしない。

 どれくらいそうしていたのか、気まずい沈黙を破ったのはユールラクスのため息だった。


「払えないのでしたら公爵殿に……」

「悪かった! それは勘弁してくれ、頼む!!」


 公爵、という単語が出た途端にそれまで頑なだった虎が即座に頭を下げた。

 公爵って、中世とかファンタジーでよくあるあの公爵だよな。階級みたいなやつの。

 どういう事情かはわからないが、この虎の豪傑はその公爵とやらが弱味らしいということだけはわかった。


「金なら払えるだけ払う、その他のことならなんでもするっ。だから……!」


 ふぅ、とエルフが肩をすくめる。

 それから、「僕みたいな技術者相手に何でもするなんて言っちゃぁだめですよ」と穏やかに言い放った。


「オルドくん、図体だけはでかいんだからどんな実験に付き合わされても知りませんよ? よかったですねぇ僕が知人は大事にする正義の魔術師で」


 冗談めかして言うが、知人以外は大事にしないというのは本当なんだろうなと思った。

 それから、まくし立てる様子がテレビショッピングの司会にしか見えなかったので肩書を聞いてもピンと来なかったが、この人もしかして結構すごい人なのか? と思った。


「じゃあ……そうですね、おつかいを頼みましょうかね」

「おつかい……?」

「えぇ。ここから南に行った先に我が国有数の鉱床があるのはご存じですよねぇ? そこの管理組合から僕の研究に役立ちそうな鉱物が見つかったという話を聞きましてね、すぐにでも部隊を派遣したいところなんですが……今はちょうど納税の季節で、人手が足りなくて後回しになっていたんです。手が空き次第送り出す手筈なんですが、どうせなら先にその鉱物を調べておきたいな、と思いましてねぇ」


 語り出したエルフが納税の季節と言うのを聞いて、どうりでこの村を出る馬車が多かったわけだと合点がいった。

 それから、虎が名誉挽回とばかりに自信満々に頷く。


「……なるほどな。そこで俺が行って、その幻の鉱物とやらを運んでくりゃァいいんだな?」

「幻とまでは言ってませんが……まあ、そうですね。何があろうとも、ちゃんと僕のところまで持ってきていただく、というお仕事です」


 緩く訂正しつつユールラクスは頷く。

 財宝とか言ってた時も思ったが、なんだかこの虎は見た目の厳つさのわりにそういう子供っぽい表現をするなと思った。


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