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ep27.名探偵オルド?

目標:エルフと虎と話せ

 ユールラクスと並ぶように俺の前に立った虎が言うには、ここはモイリ村という名前の農村で、俺が彷徨っていたあの森は進めば進むほどに住処を追いやられて敵意の強い魔物が増える森とのことだった。

 いっぱしの冒険者でも越えるのに苦労するというのに、それをどうしてそんな軽装で森にいたのか、低級の魔物とはいえ小鬼相手のあの身のこなしは一体なんなのか……という旨の問いを日本語で聞かれた俺は、おそらくこれはこの虎が二日前俺を保護したときから思っていた疑問なのだろうなと漠然と理解した。

 虎はベッドに腰かけたままの俺の身なりをじろじろと眺めつつ滔々と言葉を続ける。


「……陶器みてえな傷一つない肌に烏みたいな黒髪、獣や魔物だらけの森の中を歩く旅人にしては手ぶらすぎる。最初は魔物どもの貴族かと思ったが、かと思えば同じ魔物相手にも容赦ねェし、夜中にべそべそ泣くようなただの人間のガキにしか見えねぇンでその線はないと見たワケだ」


 魔物の貴族、という単語には引っかかったが、虎の言い分については返す言葉もなかった。俺だって人里離れた森の中を新品の学ラン一枚でうろついている人を見たら、この世ならざる何かを疑ってしまうかもしれないからだ。

 しかしやはり泣いていたのはバレていたのかと思うと、それが疑いを晴らした決め手とわかっていても羞恥で顔が熱くなるようだった。


「じゃあその身なりはなんなんだっつぅところで、決め手はその礼服と家紋だ、靴も怪しいが……麻でも綿でもない見たことない繊維の、髪色とお揃いの漆黒の衣装。しかもいかにもな銀の襟章付きで、新品さながらの小ぎれいさときた。とてもじゃねェが庶民が着てていいものじゃねえだろ?」


 言われて、思わず壁にかかったままの学ランを見た。

 ハンガーもなく襟ぐりを壁のフックに引っかけている黒い学生服の襟に銀色の点を認めて、そういえば校章をつけっぱなしだったなとようやく気づいた。


 やっぱりあの格好は異質に映ったらしい。しかも学ランの校章のことを家紋だと思ってる。

 確かに新品ではあったがそれはやむを得ない事情で新品だっただけで、実際の俺はとてもじゃないがそんな高貴な身分などではないのに。


 どう言っていいのかわからず俯きがちに黙ったままでいると、虎は我が意を得たりと獰猛な笑みを浮かべる。

 なんとなく、その笑い方からは目を背けた。


「つまりお前さん……ただのガキじゃねえンだろ」


 それで、どきりとした。

 異世界から来たのがバレたか、と思ったからだ。

 この世界で異世界人がどのような扱いを受けるのか知らないのに、俺はまるで隠し事がバレた子供のように縮こまってしまう。


 虎は得意になって続ける。その台詞に、俺は目を丸くした。


「これは俺の推理だが……お前はどっか遠い大陸の、それこそ俺らとは言葉も文化すらも違う貴族の生まれなんだろうな。こんなガキでもしっかり戦い慣れてる辺り、子供に師をつけられるような有力な貴族と見た。だがある日、訓練ばかりの退屈な毎日に疲れたお前はスリルとロマンを求めて禁忌とされている家宝や財宝に触れちまったンだ。しかしその財宝は侵入者を追い払う転移の罠が仕掛けられていて、そのまま不慮の事故で遥か彼方のフェニリア大陸までやって来た。見知らぬ土地でどうすることもできずに飲まず食わずで森の中を彷徨っていたお前は、しかし貴族の信念から魔物に襲われている庶民を捨て置けず言葉も通じぬというのに思わず助けに入った……ってところだ。どうだ、違うか?」


 そこまでを一息に話し終えると、フフンと鼻を鳴らす勢いで虎がふんぞり返る。

 自分のご自慢の推理を披露する虎は、俺が目を見開いて沈黙しているのを見てさらに得意げに欠けた耳をぱたぱたと動かした。


 えっ、どうしよう。

 全然違う、何言ってんだろこの人。


 虎の話はツッコミどころに溢れていて、まず有力貴族とかの高貴な生まれでもないし、財宝とやらの話もてんで的外れだ。

 今俺がいる大陸がフェニリア大陸と言う名前であると知れたのは良いが、そもそも助けに入ったのも無防備な殺意を前に思わず体が動いてしまっただけだった。

 もしかしてこの国ではそういう呪われた秘宝みたいなものが広く認知されていて飛ばされてやってくるなんてよくあることのなのかとも思ったが、それを確かめる術はなくてやきもきした。


「あるいは、内乱に巻き込まれて命からがら転移魔法で逃げてきたっつぅ線もあったが……それならそれで、もっと汚れてるはずだからそうではねェはずだ。そうだろ」


 魔法、転移魔法と言ったがやはり魔法は一般的な世界なのだろうか。

 先ほどから頻出する、異世界転生先のファンタジー世界観溢れるワードに俺はどうしてもそっちに興味を惹かれてしまうが、まずは俺の身の上をどうするかという問題から片付けなければ。


 自信ありげな態度を取る虎には悪いが、その話は荒唐無稽で何一つ掠ってもいない。隣にいるユールラクスはちょっと気の毒そうな顔で隣のでかぶつを一瞥して微笑んでいて、なんとなく俺と同じ思いでいるような気がした。


 否定したいが、かといって違います俺は神の遣いです日本から来ました、なんて馬鹿正直に言えないのも事実だ。

 どうにかして誤魔化さないといけない。それでいて、自分は敵ではないことも証明しなくてはならない。


 ならば、虎の話を丸々否定するのではなく……。


「おっと、俺の態度が悪いのは気にしねェでくれ。昔から身分とか爵位とかが嫌いなもんでね、宿とメシの恩だと思って見逃してくれや」


 虎がチェックメイトとばかりに言い放つ。

 それを受けて、はぁ、と諦めたように溜息をつく……フリをした。


「……わかりました、隠しても無駄なようですね。真実をお話しします」


 そう言って、俺は語り始めた。

 即興で考えた、作り話を。


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