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ep26.上手にお喋りできるくん.exe

目標更新:見知らぬエルフの指示に従え→エルフと虎と話せ

「無事に聞こえるようで何よりですねぇ、どうもはじめまして! 僕はベルン王国魔法技術部顧問のユールラクス・オリバンスです。スーヤさんは獣人相手にも差別しないようですから当然僕のようなエルフも平気ですよね! よろしくお願いしますね!」

「あっ……はい、ど、どうも……?」


 今となっては呼び名を修正させる気にもなれなかった。

 どうして急に言葉が通じるようになったのかというのを筆頭に、聞きたいことが山ほどあったが俺がそれを尋ねる前に、どこぞのテレビショッピングを思わせる勢いで銀髪のエルフはまくし立てる。


「さぁて、当然ワケがわからないでしょうからスーヤさんに今回お届けしたこちらの翻訳石こと『も~っと上手にお喋りできるくんアラタメ』のご説明をしましょうか! こちらは魔法技術部が手掛ける最新作、中でも僕が特に力を入れた機能付きのこの世に二つとない特別試作品なんです! 何がすごいかわかりますかオルドくん!」

「知るか」


 なんなんだその名前はと思った一方で、虎の会話の拒否の仕方はすごく既視感があった。

 それも日本語で聞こえるとなおさら。


「ふふ、脳筋のオルドくんにはわからないでしょうねぇ。スーヤさん、ちょっとお話してみてください、挨拶でもなんでも大丈夫ですから」

「えっ。あ~……えーと、コンニチハ、はじめまして、これ聞こえてますか、よろしくお願いします……」


 脳筋ってこっちの世界でも言うんだ。

 情報の洪水に戸惑っていた俺は急に話を振られたので、とりあえず言われるがままに当たり障りのない言葉を日本語で紡ぐ。

 ベッドに座ったままの俺の声を聞いて、向かい合ったままうんうん頷いていた尖り耳の男は顔を上げると銀髪をなびかせて虎に問いかける。


「どうですか?」

「何がだ」


 ごめん、俺もさっぱりわからない。

 わけがわからず困惑している俺はともかく、虎が全く響いた様子がないのを見て、それでもユールラクスと名乗っていたエルフはなおも得意げに解説し始める。


「本来ですねぇ、我が大陸で一般的に流通している翻訳石は相手の発している言語がなんであれ、話者の意図を音声に乗せて相手に届ける……いわゆる念話を改良した術式を採用しているのはオルドくんもご存じですね?」

「知らん」

「ですがその場合、耳に入ってくる音声と頭で処理して理解する情報がちぐはぐになってしまい気持ち悪い……こちらはそんなお客様のために開発された試作品なんですねぇ!」


 男が俺の耳と首元を指して自信満々にそう言う。

 翻訳石、というのがこの国……というか、大陸では一般的に出回っているらしい。なんとなく、急に言葉が通じるようになったのはこれが原因なのだろうと察してはいたがこんなものを量産できる未知の技術力はどのようなものなのか。


 そして、どうしてそんなものを俺に、と思って虎を一瞥すると目が合った。

 しかし虎は俺の目配せを別の意味に取ったようで、プレゼンテーションよろしく語り続ける男に対して肩をすくめるのみで、黙って話し終わるのを待つしかない、とでも言いたげな表情だった。


「仕組みはこちらの発話装置にあります。これを介して発された音声は、そこに含まれる魔力を処理することで言語と関係なく正しく意図を聞き手に理解させる……までは一般的なものと共通です、すごいのはここから! なんとこの機能を通じて相手に届いた音声は……相手の母国語で話されていると錯覚させる技術部特製の認識阻害魔法がかかっているんです!」

「えッ……ま、魔力? まほう……?」

「これによって、見知らぬ異国の地で自分だけ田舎丸出しの方言で喋ってて恥ずかしい……わたしが話してるのを聞いた人がみんな首をかしげるのが不安……というお客様の悩みに完全対応! あなたが発する異国の言葉、異国の固有名詞、慣用句まで相手の母国語と近しいニュアンスでお届けしちゃう優れモノなんですねぇこれが! どうですか?!」


 どうですか、と言われても素直にめちゃくちゃ便利じゃないか、としか言いようがなかった。

 言語の壁を突破するだけのマジックアイテムといえばそれまでだが、こうして目の当たりにすると自分の扱う言語が日本語のままに相手に十分伝わるというのは便利な道具という域を超えて、むしろ気味が悪く感じるほどだった。


 というか、こんな道具を作るなんてことが人に可能なのかとすら疑ってしまうほどだ。

 魔法、と言っていたがそんなご都合的で、便利な力が本当に人にあるというのか。

 いや、眼前の男はエルフだから確かに俺の思うヒト科ではないのかもしれないが、さておき。


「ですからご安心くださいスーヤさん。あなたがどんなに離れた異国の言葉をいくらしゃべろうとも、僕たちには聞き慣れた公用ガオリア語にしか聞こえないんです! これ、街中とかでも目立たずに済むしとっても便利ですよねぇ~! どうですか?!」

「え、えぇと……す、すごいなって思います……」


 俺は首飾りを……発話装置と言われていたそれを指で弄りながら返事をするが頭では別のことを考えていた。


 ガオリア語、というのはこの言語のことだろうか。公用と言っていたしこの国以外でも使えるのか、ガオリアというのはこの国の名前なのか、いやでもさっきの名乗りではベルン王国って言ってたよな。

 一気に増えた情報がぐるぐると頭の中で回って、聞き慣れない単語の出現にどうしても思考をそっちに割かれてしまうために俺は覇気のない返事しかできない。


 それでも、ハイテンションにもみ手をしつつまくしたてるユールラクスはまるで押し売りをしているかのように感じられて、警戒だけは緩めなかった。

 ほとんど無理やり高額な商品を売りつけて、その値段を明かすとともに支払いを要求……なんてされないだろうかと考える俺は、エルフの言葉に少し引っかかるものがあった。


 俺、異国から来たって言ったっけ?


「もちろんこちらの受話装置も同様に、発話装置の逆を行ってくれる機能がついています! なので僕たちがいくら公用語でまくし立てても、お聞きいただいている通りスーヤさんの母国語で聞こえているでしょう~?」


 今度は耳飾りを指してユールラクスが言う。

 薄々わかっていたことだがどうやら俺には日本語でやり取りをしているように聞こえているだけで、お互いに別の言語として認識しているらしい。

 どうりで耳に聞こえる日本語と、相手の口の動きに違和感があるはずだ。向こうはその実、元々の言葉で話しているだけなのだから。


 つまりこれは、異世界転生者がなんの苦労もなく異世界の人々とコミュニケーションを取るためのスキル……を、人為的に再現したようなアイテムということだ。

 まさに俺のためにあるようなものじゃないかと喜んだのもつかの間、こんなものを都合よくもらい受けるなんておいしい話があるのか? と何か裏があるんじゃないかと疑っておそるおそる口を開く。


「えぇと……なんで俺にこんなものを……?」

「えぇ、そこのオルドくんに頼まれましてねぇ~。貴族を拾ったから言葉が通じるようになる装置を寄越せって」

「えっ」


 今……貴族、って言ってたか? それ、俺のこと? なんで?


「ひどいですよねぇ!? これから量産体制に乗り出すところでまだ製造過程もまとめきれていないものなのに……」

「お前も稼働テストのデータが取れるって乗り気だったろォが」

「そうでしたっけ?」

「お前なァ……」


 ベッドに座ったままの俺は虎が呆れる声を聞きながら呆然としていた。

 聞き間違いでなければ、そして思い違いでなければ俺はこの虎に貴族だと思われているらしい。

 どうしてそんな勘違いをしているんだ、と思った俺の背中に、今度は虎の声が投げかけられた。


「さて……次は俺の番だ。改めて初めましてだな、スーヤさんよ。俺はオルド、中位冒険者だ……こないだは助かったぜ、情けねェことに小鬼相手に手こずっちまってなぁ」

「えっ、あ、どうも……こちらこそ、この度は色々お世話していただきありがとうございます……?」


 本当に言葉が通じる。

 イメージ通りの粗暴な口調の虎が、ごち、ごちっとブーツの足音を鳴らしてベッドに座る俺に近づいてきた。

 そのままエルフの隣に佇む虎に、これまでの世話の礼を告げながら俺はふと思い至った。


「ま、いろいろ聞きたいことはあるだろうが……まずはアンタの話から聞かせてもらいてェんだが、いいよな?」


 言葉が通じるということは……俺の身元についても話さないといけないということに。


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