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ep25.コミュニケーションサクセス

目標更新:虎の帰りを待て→見知らぬエルフの指示に従え

 ベッドに座って銀髪のイケメンと向かい合った俺は、じろじろと顔を見られて少し気まずい思いをしていた。

 なんだ、日本人というのがそんなに珍しいのか。いや珍しいだろうなぁ、それも異世界人だもんなぁ。

 この対面しているエルフもそうだが、村の中の人は全員白人顔というか、ヨーロッパ系の顔立ちをしていた。

 白い肌に色素の薄い髪色は俺からしてみれば外国人のそれだが、相手にとっては逆で、こんな黄色い肌に黒々とした髪のアジア人が珍しくないわけがないだろう。


 俺が今まで培ってきた創作物の知識を総動員して、このあとの展開に備えるが俺の貧困な想像力では暗い結末しか描けない。

 もしかしてこの虎は異世界人を鑑定できる審問官を連れてきて、俺がそうであるかを判断させてるんじゃないだろうか。

 実はこの世界では異世界人は重罪人同様で、見つかり次第極刑、火あぶりにかけられるとか……と、俺が突飛でネガティブな妄想に頭を巡らせているとエルフは小さく頷いてからローブの下のポーチから長方形の箱を取り出す。


 箱は丁寧に塗料を塗られた木製のもののようで、なんとなく眼鏡ケースを思わせるそれを男は俺に持たせると、目の前で開いてみせた。


 そこに入っていたのは、光を跳ね返さない暗い石をあしらった首飾りとピアスだった。

 どちらも派手さはなく、どちらかというと小ぶりでシンプルなデザインだった。


 アクセサリー? 俺に? この世界ってアクセサリーつける文化はあるのか、でもなんで俺に? と謎が深まって困惑していると、手の中のそれを見つめたままの俺の耳にエルフの長く細い指が触れた。

 思わず肩を跳ねさせた俺に、銀髪を揺らしてエルフがくすりと笑う。


「~~、~~~~」


 俺の耳の真ん中らへん、軟骨の部分を指の腹ですりすりと触りながら神妙な顔つきのエルフが優しい声で何事かを宣う。

 どこかで覚えのあるような感覚、それに顔が近くて変にどきどきしてしまう。

 妙に落ち着かないのは覚えのない既視感のせいかもしれないが、こうして見るとまるきり女性に見えるからなのかもしれなかった。


「~~、~~~~!」


 すると、後ろのほうで虎が唸るように何事かを言うのが聞こえた。

 エルフは先程までの妖艶さすら感じるかしこまった表情をやめてけらけらと笑ってそれに答えると、何やらポーチから器具を取り出した。

 なんだったんだ一体、と思う間もなく、エルフが針を手にするのを見てぎょっとした。


「まッ、待って。まさか俺、ピアス開けるのか? これ、やっぱり俺につけろってこと?」

「~~~~」


 まさかとは思ったが、手元のピアスとネックレスは俺のものになるようだった。

 どうしてそんなことを、と問いかけたところで答えがあるわけではないがエルフの穏やかな口ぶりからはなんとなく、大丈夫と言われているような気がした。


 にこにこと毒気のない顔で、エルフは俺の耳に両手を添える。

 有無を言わさぬ迫力に俺は暴れるような気も起きなくて、本当に開けるのかと怯えた目をエルフに向けるが……ぶつり、と耳に鋭い痛みが走って思わず声を上げた。


「痛ッ……でぇッ……!」


 鋭い痛みがじんじんと耳から発せられて、俺の心臓が脈を打つたびにずきずきと痛む。

 どろりと血が耳を滑るのがわかって、どうにも気持ち悪い。なんでピアスなんか、と疑問を抱くのも束の間。俺の反対側の耳にもエルフの手が添えられる。


「ちょっ、待てッ、両方ともやんのかよッ! おい! お、オルドさんッ!?」


 わずかに振り返って頼みの綱の虎を見るが、にやにやしながら水差しから注いだ水を傾けているだけで、助けにはなってくれなさそうだった。

 そのニヤつき顔をやめろ。クソ、ネコ科はこれだから。


「~~~~、~~」


 胸中で毒づく俺の顔の向きを目の前の優男が意外にも力強い手つきで直すと、にっこりと笑いながら何かを言う。


 それから既視感の正体がわかった。

 これ、注射だ。

 注射を嫌がる患者に、男の子でしょう、とか言ってくるタイプの看護士さんだ。


 もちろん俺だって注射も点滴も慣れてはいるし、得意ではないものの特別嫌いでもない。

 ただしそれは腕への注射の話で、何より自分に意味があるとわかっているから我慢ができただけだ。

 こうしてわけもわからず、それも耳に針を通されるのは混乱もあってなかなか耐え難いものがあった。


 ぶつり、と耳に二回目の痛み。

 クソッタレ、という小さい悲鳴が部屋の中で響いた。


「な、なんなんだよッ……痛ってぇ……」

「~~、~~~~」


 両耳内側の窪んだ軟骨部分、耳孔の延長線上ほどの位置を無理やり貫通させられた俺は流れる血もそのままにずきずきとした痛みに耐えていると、ガーゼのような布を持ったエルフが血を拭った。

 それだけでなく、細い指が痛みを発する患部に触れたと思った途端に痛みが引いていったのは気のせいではないのだろう。

 何をしたんだ? と確かめる暇もなく不自然に痛みの引いた俺の耳に手早く暗い石を備えたピアスを通して、貫いた針が落ちて抜けないためにストッパーのようなものを装着すると、エルフは懐から小さな手鏡を俺の前に出した。


「お。おぉ……ほんとに開いちまった……」


 父さん母さん、俺は異世界でピアスを開けるような不良になってしまいました。

 いやほとんど不可抗力なんだけど、さておき。


 外に張り出した耳のシルエットを変に乱すこともなく、窪んだところに光を暗く跳ね返す石が両耳についていた。

 もともとの石が軽いのか、金属部分を加味しても変に耳に重さを感じるようなことはなく、痛みも引いた今となっては触れなければ存在を忘れてしまうほど早くも馴染んでいるように思えた。


 俺が自分の耳についた硬い感触を触って確かめているのを見て、銀髪の男は向かい合ったまま穏やかに微笑むとケースからもう一つのアクセサリーも取り出した。

 細い革紐で輪を描くそれを、留め具を外して俺の首に掛ける。一体何だというのだろう。これではまるでめかしこまされている貴族のようではないか、と思った。


 いっそ指輪とかであれば何か相手に贈ることの意味がありそうだが、このピアスとネックレスの組み合わせには何もピンとこない。

 もしかして、これらを贈ることに何か意味のある文化圏なのだろうかと訝しみつつ俺は成すがままになっていた。


 俺の首にネックレスがかけられる。

 エルフの手によって革紐の長さを調整されて俺の首の後ろで留められると、これもまた変にきつかったりペンダントトップの石部分がぶらついたりすることもなくすんなりフィットするようだった。

 胸元に当たる石の感触がなければ、首を回る紐が細いために身に着けていることすら忘れてしまいそうだった。


 で、これが一体何だというのか。

 訝しむ俺に、エルフが俺の頭を両手で挟む。頭のツボを押さえれているような気持ちで、目を瞑って押し黙るエルフを見守った。


「……~~……~~~~……」


 エルフは血の気のない薄い唇を断続的に動かしていて、集中した様子で俺の頭を挟んでいる。何かされているなというのはわかっていたが、今のところ俺の体に何も変化がないのでわからない。

 まさか洗脳でもする気か、と思ったところで相変わらず目の前の美形からは殺気も何も感じられない。害意があるとわかれば抵抗のしようもあるのだが、このエルフはまるで病人の世話でもするような佇まいだったので俺は困惑するばかりだった。

 そして、唐突にそれが訪れた。


 ぴりっ、と静電気のようなものが走った。

 首から耳、うなじにかけて感じられたそれは一瞬のことで、なんの痛みだと思った頃にはもう消えていた。

 気のせいか、あるいは頭を押さえられているからどこか筋が軋んだかと思った俺は、黙っていたエルフが口を開いて発された声を聞いて……驚愕した。


「……さぁて、これでどうかな? ウチの子はちゃーんと機能してますかね~。おーい。聞こえますか~?」

「本当に大丈夫なンだろうな……ここでしくじったら何のためにお前を呼んだと思ってんだっつうの」

「わかってますって、オルドくんはせっかちですねぇ」


 喋っているのは目の前の男だ。その光景に変わりはない。

 だのに、耳に入る声が。聞き慣れた声のトーンで語られる言葉は。背中から聞こえる荒っぽいセリフは。


「に……日本語に、聞こえる……?!」


 声を上げた俺の勢いに、銀髪の男が「おぉ」とたじろぐ。

 それから、エルフ然とした男が「ニホンゴ?」と首をかしげるので……俺は当座の問題、言語の壁が崩れた予感に思わず胸を躍らせる。

 振り返った俺と目が合った虎が一仕事を終えたようににやりと笑って、「ようやく話せるな」と言うのがはっきりと聞こえた。


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