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ep24.招かれざる銀髪尖り耳イケメン

目標:虎の帰りを待て

 村で迎える三日目の朝。

 虎の話によれば今日戻ってくるはずだが、果たして何時ごろ戻ってくるのかというのは依然としてわからないままだった。

 遠出するべくもないが、その頃には宿屋にいたほうがいいのかと考えていた俺はそれが杞憂に終わって人知れず胸を撫でおろす。


 起きた俺が女将さんに言って食事を貰って、素朴な味のスープを飲み部屋で木の実を煮詰めたジャムのようなペーストが塗られた硬いパンを齧っている時だった。

 のっしのっしと床板が重量に軋む音がして、俺の部屋にそれが近づいてきたと思ったところでがちゃりとドアが開く。


「スーヤ、~~~!」

「あッ。おるほふぁん、おはえりなさい」


 ワイシャツのボタンを閉めつつ、もぐもぐとパンを咀嚼しながら戻ってきた虎を見る。初めて見かけたときと同じ外套に剣を佩いて、肩には口を縛った麻の袋をナップザックのように担いでいた。

 虎はどことなく嬉しそうな様子でベッドに荷物を下ろすと、まだ食事中の俺を他所にベッドに放り投げた頭陀袋の口を開けて荷物を漁りだす。

 なんだろう、土産でもあるのかなと呑気に思いながら最後の一口を放り込んだ俺は、虎がポスターのように巻かれた紙を取り出すのをただ見ていた。


「~~~、~~」


 何事かをぶつぶつと口にしながら、虎が床に巻物を広げる。

 世界地図か何かか? と思ったがそれにしては大きい気もする。

 普通の紙にしては分厚く黄ばんだそれはポスターのようなサイズで、広げられた紙面に何が書いてあるかを覗き込んで眉をひそめた。


「これ……こっちの世界の文字? なんですかこれ?」


 聞いても言葉は通じないだろうに、思わず俺は指を差しつつ尋ねていた。

 しかし虎はそんな俺などどこ吹く風で、ベッドの脇のスペース、窓の前辺りに薄く剥いだ皮のようなそれを広げるとそのまま離れた。


「~~、スーヤ、~~~~」


 虎男は部屋の手前側のベッドに座る俺と同じところまで下がると、腕を組んだまま紙を指差して、それから自分に向けて小さく指先で手招きした。

 見ておけ、と言っているような仕草に俺も従いつつ、広げられた紙を見つめる。


 何が起きるのだろうと思いながら、しばらく経った。

 広げられた巻物はうんともすんとも言わなくて、何も起きないではないかと虎を見ると巨漢はわかりやすく小首をかしげていた。


 あっこの人もわかってないなこれは。

 どうにも想定した通りに事が運ばないと見て、虎がもう一度広げた紙の様子を見ようと一歩近づいたところで……ぱぁっと紙が発光した。

 その光り方に見覚えがあったのは、俺がこの異世界に来る前に集められた神の聖堂で似たようなものを見たからだ。

 あの時俺たちを転送した光る床と、発光する色が似ているように感じる。


「えっ……?!」


 それから、俺は目を疑った。紙から発せられる光が粒状になって集まり、みるみるうちに人の形を成していく。

 束になった髪の毛やしなやかな手指までをはっきりと形作っていって、俺が目を疑う暇もなく紙の上に人が一人現れた。


 別のところから今その場に召喚されたとしか思えない登場の仕方に俺は言葉を失う。

 前代未聞なイリュージョンで現れた人物の様相には、さらに驚かされた。


 真っ先に目につくのが腰まである長い銀髪で、差し込む陽の光できらきら輝いて見えるそれは白髪というよりややくすんだ銀食器の色合いに近かった。

 体つきや骨格は間違いなく男のものであるが、髪の長さもあって少し化粧をすればそのまま女性だと言っても疑われないだろう中性的な顔立ちをしていて、早い話がとんでもないイケメンだった。


 その上、俺が気付いたのは耳の形だ。

 外に張り出している耳の部分が、まるで何かに引っ張られたようにツンと尖って外を向いていて、人のそれとは異なって見えた。

 この世界の人間がそんな耳の形ではないことはこの二日間で確認済みだ。

 であれば目の前のこのいかにもそれっぽいローブを着た尖り耳の男性は。


「え……エルフ……?」

「~~~~!」


 答えもないのに俺が問いかけるのと同じタイミングで、虎が俺の隣で不満そうに声を上げた。

 銀髪のエルフらしき尖った耳の男は、眠そうな瞳できょろきょろと部屋を見回して、それから俺たちを見た。


「~~~、~~」

「~~~……」


 登場のインパクトとは裏腹に、のんびりした様子で薄く微笑みすら浮かべながら口を開く男に虎が呆れたようにため息をつく。

 尖った耳の男はじっと俺のことを見て、それから虎を一瞥した。


「~~~、~~~~?」

「~~、~~~~」


 子供相手にいくつか単語を習った俺だが、二人の会話には全くついていけないどころか聞いていても何一つわからない。

 それはそうだ、習った言葉といえば礼と謝罪の単語に、猫や木、草や牛といった目に見える範囲の固有名詞ばかだからだ。こんな劇的な登場の仕方をするエルフ相手に通用する言葉なんて習っているわけもない。


 それでも、虎がわざわざ俺の前でこのエルフを呼び出したのは俺に会わせるのが目的と見て間違いないだろう。

 二日かけてあの呼び出す紙を取りに行ったのだろうかと警戒するように距離を保ったままぐるぐると考えを巡らせていると、ローブを着た男性がごそごそと荷物を取り出すのが見えた。


「シグラ・スーヤ」

「へッ、は、はい!」


 エルフの柔和な声が俺を呼んだ。

 聞きなれない接頭語は、そういえばあの女中も使っていたなと思い出す。ミスター、とかそういう意味の敬称なのかもしれない。


 どういうことだ、いったい何が始まるんだ。

 俺を元の世界に送り返してくれるというのか。

 いやそんなおいしい話があるわけない、そもそもこの人たちは俺が何者なのかも知らないはずだからだ。


 銀髪を揺らして、ちょいちょいと手招きする男を信用していいのかおそるおそる隣を見上げる。

 目が合った虎は牙を見せて笑うと、ネコ科らしいマズルをしゃくって顎で俺に語りかける。

 言う通りにしてみろ、と。


 当然二人から敵意は感じられない。だからこそ俺は戸惑っていた。

 危害を加える気はなさそうなので、逆に何をするのかがてんで理解できなかったからだ。


 重い足取りで窓を背に立つエルフに近寄った俺は、そのまま俺が寝泊まりしていたのと反対のベッドに座るように指示される。

 抵抗して機嫌を損ねるのも恐ろしかったので、言う通りにすることにした。

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