ep21.異世界語教室、ビギナー編
目標:虎の帰りを待て
元々栗毛の女の子と顔見知りだったということもあって、猫の一件で子供たちとは簡単に打ち解けることができた。
向こうからしても外からやってきた人間が珍しいらしく、言葉も違う見慣れない服装の人間に興味津々なのかあれこれと早口にまくしたててくる子供たちの好意的な反応はむしろありがたかった。
村自体が排他的なようには見えなかったが、子供たちに怯えの色が見えたらそのまま立ち去ろうと思っていた俺は忙しそうな大人の代わりに子供たちに暇つぶしに付き合ってもらうこととした。
「えーと……どうも、愁也、です」
「ドーモ?」
「あっ、そっちじゃなくて……ノーノー、愁也、しゅーや」
「スーヤ!」
「あー、結局そうなるのね……そうです、イエースイエース」
俺活舌悪いのかな……と不安になるものの、子供たちは聞きなれないその響きがこの黒髪の男の名前だとわかったようで、口々に自分たちの名前を同じように繰り返し名乗り始めた。
猫を抱いたままの栗毛の女の子がナタリア。そのナタリアをちらちら気にしている勝ち気そうな金髪のツリ目の男の子がエルマ。そして天然パーマ気味の濃い茶髪の男の子がラウルと言うらしい。
ピンときた俺は、猫を助けた見返りというわけではないが木陰に集まるみんなにいくつか言葉を教えてもらうことにした。
子供たちは、俺が木や猫を指差して子供たちの言葉を聞きかじりで反復するのを見て言葉を知ろうとしていると察してくれたらしく、あれこれと自分たちの言葉を次々に口にして教えてくれた。
と言っても、文法や話法については学ぶべくもない。目に見える範囲の物に対して指を差して、それが何というのかと単語を教えてもらった。
尋ねるのが難しい概念については教えてもらう術がなかったが、それでも『ありがとう』と『ごめんなさい』という単語を学べたのは大きかった。
目に見える範囲のあれこれを教えてもらう俺は脳みそがパンクしそうだなと思いつつ片っ端から脳にそれを叩き込んだ。
意外にも子供たちの物を教える態度が様になっていて、特に栗毛のナタリアなどは一度教わったものについても俺が忘れたころに指を差して覚えてるかどうかを確認してくるのでなかなか気が抜けない勉強タイムとなった。
せっかくだから文字も、と欲張ったが空き地の地面は青々とした芝が茂っていて、文字を書けそうな土が露出しているところといえばそれこそ畑や村の中の歩道くらいのものだったので諦めた。
見える範囲のものは大体教わり、辛うじて覚えたかなというところでずっと座っているのに飽きたらしい子供たちに引っ張られ立ち上がる。
「スーヤ! ~~、~~~!」
エルマが不敵に笑いながら金髪を揺らして村の中を指差す。宝物を自慢するようなその顔は、村の中を案内してくれるということで間違いないようだった。
さっき一人で見て回った時とは違うものが見れるかもしれないし、何より子供たちと行動していれば村人にも俺の人畜無害さが伝わるかもしれない。
「わかったわかった、今行くって」
なんとなく、そういえばまだ体が動く頃は小児科の子供たちと一緒になってこんな風に過ごしたなぁと思い出した。
あの頃と違って、目の前の子供たちも俺も健康体であることは間違いないのだが、それでも思い出された当時の記憶にわけもなく懐かしく感じたのだった。
子供たちに村の中を連れ回され、怪訝そうな顔で見守る門番の視線を受けつつ街道沿いの放牧場や畑を見て回り、水車小屋が立っている水路で水遊びをして過ごした俺たちは日が傾きオレンジ色の陽で照らされる頃に解散となった。
村の入り口付近で遊んでいた俺たちを見つけて、子供たちを迎えに来たそれぞれの親に連れられ順々に家に帰っていった。
最初はエルマ、次にラウル、最後にナタリアが母親、あるいは父親と一緒にこちらに軽く頭を下げながら手を振って去っていく後ろ姿を見ながらどうしようもない郷愁に心がずきんと痛む。
家族っていいなぁ。
父さん母さん、もう泣いてないといいけど。
とっくに死んだ身の俺が現実世界の日本に生きる両親を想ったところで会いに行ける術はないとわかっているものの、そう簡単に割り切れるものではない。
黄昏が俺をセンチメンタルにしているのだと思い込んで、ぶんぶんと頭を振って俺も宿屋に向かう。
こっちの世界で暮らしていくうちに、いつかこの寂しさも薄れていくのだろうかと漠然と不安に思いながら。