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ep165.招かれざる王子

 街をぐるりと取り囲む市壁は高く、それこそ梯子でもないと登れない高さをしているが、それと同じくらい、あるいはそれ以上の壁を城砦周りにも築いたこの国の人々には感心してしまう。

 この時代によくもまあこれだけの高さの壁を、そしてこれだけの大きさの石を積み上げたものだ。盛り土がされたように小高い丘に建つ城へ続く道を歩きながら、技術段階に見合わぬ成果物を見上げてどうやって作ったのだろうといつもは考えるのだが、この時ばかりは別のものに目が行った。

 街の領地内にも関わらず未開拓の森林の奥へ続く曲がりくねった石畳の道を進んで行くと、坂の上に城壁門が見えてくる。

 その大きな門へ続く道は出てくるときも通った道だが、さっきまではなかった豪奢な馬車達がずらりと並んでいて、何事かと訝しんだ。

 門の入り口には人が溜まり、見覚えのない鎧やマントを身に着けた騎士や兵士が共同で警備に当たっているようである。

 何となくイヤな予感がして、人の波を縫って城砦の中に侵入を試みるが、怪しい甲冑騎士を連れた俺は案の定引き留められた。


「止まれ。貴様、ベルン城内に何の用だ?」


 十字に切れ込みの走った銀色のバケツを被った兵士に止められて、俺は咄嗟に周囲を見回した。

 いつも顔パスで通してくれる門番が見当たらず、俺は戸惑いつつも説明する。


「ええと……魔術顧問ユールラクス様のところで手伝いをしている魔術師です。城内に入りたいのですが……」


 気軽に城砦内へ出入りできる身分として、ここのところは聞かれたらこのように答えるのが癖になっていた。

 本当のところはただの居候同然の冒険者だが、翻訳石を身に着けている以上嘘は言っていない……はずだ。

 顔の見えない騎士は、じろじろと俺の全身を眺めてから、後ろに佇む甲冑スライムをちらちらと気にしながら胸を張って言う。


「現在ベルン王城は如何なる者であろうと立ち入りを禁じている。緊急の要件でなければ、また後日にするがいい」


 その言葉に、俺は眉を顰める。出てくるときはいつも通りだったのに、この馬車の数といい俺が数時間留守にしている間に何かが起きたに違いない。

 馬車から察するに、誰か重要な人物でも来ているのだろうか。ともかく、出てくるときは問題なかっただけに戻ろうにも拒まれるのは理不尽に思えてならない。それも、ここ最近はほとんど顔見知りになったベルン王国の正規兵以外の者に言われるのならなおさらだ。

 通行止めされる謂れもないはずだと思って周りを見回すと、人だかりのほとんどは同じように追い返された使用人や搬入に来た商人らで、皆口々に不満を訴えているようだった。

 仕事があるんだ、ふざけるな、急に誰なんだと騒然としている城門前で呆然としている俺は、通れないかどうかもう一度掛け合ってみようと思ったところで、場内から現れた人影に気づいた。

 ばさり、と両翼を軽く広げて、厳めしい顔で嘴を開く。


「何の騒ぎだ! 門番はどこだ、何をやっている?!」


 びりびりと響くような怒号でテオドアが一喝すると、その場にいた誰もが背筋を正す。

 肩章の光る騎士が鷹に向き直って、左胸を叩くような敬礼をしてみせた。


「はッ、これは兵士長どの。民間人の城内立ち入りを禁じていたところであります」

「誰の権限でそのようなことをしている、彼らは皆我々と同じように王城を支える者達だ。勝手な真似は許されんぞ!」

「それはもちろん我が主であります。よもや、我が主の命を狙う間者がこの中にいないとも言い切れませんのでなあ」

「……ここはもう良い、我々正規軍が引き継ぐ。貴様らはその馬車群を城前から動かせ」

「はッ、了解しました」


 大儀そうにゆっくりと踵を返し、バケツの騎士は城門を後にする。なんだったんだと思う間もなく、テオドアの脇に控えていた兵士が立ち往生していた使用人達に声を掛け、一人一人中に通していく。

 何が起きているんだ、と思っていると、鷹と目が合った。


「テオさん。これは一体……?」

「おぉ、戻られたか。その……スーヤ殿が出かけた後のことだが来客があってな」


 やはりあの馬車の列はその来客とやらの馬車なのだろうか。だとしても、それでそんなにバタつくほどだろうかという疑問が顔に出ていたのか、俺の顔を見てテオドアが疲れた様子で言う。


「前々から城を訪ねに来るという話はあったのだが……それでも予定より十日も早い到着だ。おかげで城内はもてなしの用意で蜂の巣をつついたような騒ぎになっていてな……人手が足りず門衛ですら駆り出される始末だ」

「じゃあ今の人らは……」

「あぁ、その私兵だ。ここの決まりもろくに知らん上に、あのような傲慢が許されると思っている連中だ。城内でもあまり関わらん方がいいだろう……」


 引き連れている兵や騎士があのような態度ならば、その上に立つ者の器も知れるというものだ。

 とんでもない高慢なやつが来たんだなと俺は思いつつ、しかし陰口はそっと飲み込んで尋ねる。


「一体誰が来たんです? こんな大騒ぎになるような相手なんすか?」


 城壁の内側に入った今、城の中や庭先ではばたばたと使用人が駆け回り何らかの準備に奔走している様子がはっきりとわかる。それだけでなく兵士達が緊張した様子で見張りに立ち、いつもより数倍気合の入った様子で警備に目を光らせていた。

 俺に尋ねられた鷹は、言うべきかどうか悩んだような素振りで嘴を僅かに開閉して、それからそっぽを向いて語りだす。


「……スーヤ殿、いつか話した噂話を……私達が最初に出会った時の話を覚えているか?」


 逆に尋ねられて、少し戸惑う。テオドアから聞いた噂話というといくつかあるが、最初に出会った時の話というと。


「ええと……国王様が病気で、とかそういう……?」

「そうだ。……その結果、王位を継承する王子の間で不穏な空気が流れているという話を、覚えているな」

「第一王子と、第三王子が険悪で出入り禁止にして……とかそういう話でしたよね」


 身内の話だと言うのに、テオドアがそんな話をあっさりと俺に聞かせるなんてらしくもない。しかし、その顔は俺が思ったよりもストレスを感じている様子で、頷いてから愚痴交じりに続ける。


「今来ているのが、そのお方だ」

「……えっ、と。それはつまり……」

「ああ。この国の第三王子、アルフレド様がいらしているのだ」


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