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ep164.鑑定結果

 誓約書や伝票をまとめた紙束や過去の出納帳らしい分厚い書物に埋もれた部屋は、商人というより財務省という印象だ。

 そんな執務室に通された俺達を眺めて、ミハエリスはウェーブがかった髪を揺らして腕を組む。


「うーん……これは……」

「何かわかりましたか?」


 得体の知れない鎧甲冑を前にしているというのに、伊達男は微塵も動揺した様子もなく仁王立ちしている甲冑の襟首やヘルム、脇腹などを検めながら俺の言葉に頷く。


「板金自体はごく一般的なもので、関節部への鎖の扱いなども変わったところはないが……鎧の型自体は北国式のようだな」

「北……?」

「あぁ、この肩や脇腹に走る三本線や複雑に入り組んだ意匠を見てくれ。これは百年ほど前に北帝国に統一された、とある亡国で正式採用されていた騎士の鎧であることを表す紋様でな。三本の線は例年のようにその地に積もる雪の量を示している……なんて言われているな」


 顔を寄せてみてみると、確かに板金を凹ませる三本のラインが肩から脇腹にかけて走っているのがわかる。それ以外にもプレートの上をみみずが這いまわったような痕が残っていて、花のような、翼のような複雑なパターンを描いていた。


「骨董品としていくつか見たことあるから間違いないな。しかし、ここまで状態のいいものは初めて見たな……錆びてもいないし、手入れの行き届いた艶っぽさだ。どうだ? 俺なら高く買い取るが」

「あ、いや……売りに来たわけじゃないんです。すいません」


 ミハエリスは「わかってるとも、冗談さ」とおどけてみせる。

 エインゼリアル自身の記憶で辿ることが難しそうだったので、鎧自体から情報が得られないかと思った俺は鎧の本体を連れて商人ギルドを訪れていた。

 無手の甲冑騎士を連れ歩く黒髪の冒険者、という組み合わせは大層注目を集めたが、じろじろ見られることにも今更どうこう思うことはなかった。

 事情を説明されたミハエリスは、しかしスライムの詰まった中身に臆すこともなく鑑定を進め、そのような見解を述べる。


 反面、俺は北国と聞いてユールラクスとオルドの言っていた冒険記の話を思い出していた。

 創作話でしかない私小説『ユピテルの冒険記』では、主人公である冒険者ユピテルが北の地の果てを目指す旅に助力した唯一の魔族がフラウレスとして語られている。

 それはつまりフラウレス自身が納める地も北にあるからで、その時は名前の響きと魔族であるという設定がたまたま似通っただけだろうと思ったのだが、新たに北の方角まで共通点として挙げられるとなるといよいよ無関係とは思えない。

 やっぱり何か関連があるんじゃないかと顔を曇らせる俺にミハエリスはあっけらかんと続ける。


「まあ一口に北といっても広いからあまり参考にはならないかもだけどね、力になれなくて悪いな」

「いえ、大まかな方角が知れただけでも助かります」

「いずれにせよ、フローレスという名前は俺も知らないな。闇市場での出品という以上、商品の流れから特定するのも難しそうだ」


 ミハエリス曰く、商品価値以外にも相手の身元や収入なども見て総合的に値付けを判断する商人と違って、現物だけを見て取引する闇市場の商人達は不干渉を美徳としているのだという。

 ゆえに、まともに聞いても精々手に入るのは売りに来た者の容姿くらいで、それ以上のことは望めないだろうというのだ。


 言い分はわかるが、困ってるんだからちょっとくらい協力してくれたりしないのだろうかとも思ったが、俺は別の観点からミハエリスの言葉に同意した。


 後から知ったことだがどこか様子のおかしかったあの商人は、エインゼリアルに備わっていた認識阻害の魔法をモロに食らっていたというのだ。

 このスライム甲冑には監視装置としての職務を全うするため、トラブルを回避するための機能がいくつか備わっている。


 その内の一つとして甲冑を開けた内部、つまりスライム体を視認した者の眼球エーテルに作用する認識阻害魔法の機能が常時アクティブになっているというのだ。

 今はオフにさせたが、対象の可視光線を汚染し、眼球から受容器官、そして脳のエーテルへ作用する魔法は対象を一時的な自失状態に陥らせる。そしてスライム体に関するあらゆる認識、記憶、感知、そして思考能力を停止させ、スライムについての脳内処理をループさせるのだとか。

 自らの正体を隠匿し監視、および見張りに努めるための防衛機構らしいそれは自分から正体を明かしてきた俺のことは対象外としてくれたようだが、人の脳をバグらせるような恐ろしい機能は万が一を考えて即刻無効にさせるとともに、自分たちがその餌食にならなくてよかったと心から思った。

 ちなみに汚染された者は数日、このスライム甲冑と離れて影響下から脱することで徐々に回復するのだという。今となっては、あの猫人の店主の無事を祈るばかりだった。


 その後、ミハエリスは北の地に馴染みのある客や従業員にはそれとなく聞き込みすると約束してくれた。

 頭を下げる俺に、ミハエリスは「有望な冒険者には貸しを作っておきたいからね」と微笑むのが少しばかり恐ろしかったが、力になってくれるのが助かることに変わりはない。

 ただ、多忙な商人の時間をこれ以上奪うのも危ない気がして、俺とスライムはその場を後にすることにした。

 商人ギルドを後にして、大通りを歩きながら俺は隣を見上げて話しかける。相手の声は音声としては返ってこないが、傍から見れば会話をしているように見えるはずだし、そこまで奇妙に映ることもないだろう。


「ミハエリスさんも北の鎧って言ってたけど……エインゼリアルのそれは、自分の主人からもらったんだよな?」

『肯定。当機に監視装置としての任と共に与えられた外殻です』

「……外殻、ってことは脱ぐこともできるのか?」

『肯定。しかし推奨はされません。』


 なんで? と問いかける前に、兜の下から……正確には鎧の中のスライムから直接俺の頭の中へ解答が届く。


『当機の体組織、および形状は外気下での活動に適しておらず、形状維持のため稼働効率が低下します。狭く密閉された空間内に駐留することは、外気下で隆起し形状を保つ際に比べて約四割ほどの効率差が生じます』


 スライムって空気に触れちゃダメなのか、と思ったが軟体動物には軟体動物なりの苦労があるんだろう。へえ、と返す俺はふと思い立って聞いてみる。


「じゃあ分離したあとの体も狭くて蓋のできるものの方がいいのか?」

『肯定。如何なる外殻であっても当機の性能は変わりませんが、効率の観点から、そのような外殻に当機を格納することを推奨します』

「入れられるのに嫌いなものとかある?」

『否定。当機に好悪の区別はありません。ただし、換気性の高いものや、吸水性の高い外殻は推奨されません。撥水性が高く、硬質な容器の運用を推奨します』


 なるほど、確かに袋とかに入れてたら染み出ちゃいそうだもんな。じゃあ市場に寄って、良さそうなものを見繕ってくるとしようか。

 それと、日を置いてからもう一度あの闇市場に行ってみよう。再発されても面倒なので、鎧を販売していた商人が正気に戻ったころに俺一人で話を聞きに行ってみたい。

 こうなったら乗りかかった舟だ、望み薄かもしれないが手を尽くさないわけにもいかないだろう。

 それも空振りとなれば、今後はこのスライムの故郷探しのために北部地域への依頼を中心に受けるのがいいだろうか。

 あの虎が納得するような依頼が北部地域にあればいいのだが、こればかりはその時のめぐり逢いでしかないので気を揉んでも仕方がないだろう。


「えーと、じゃあ……何か食べにいくか?」

『一部否定。当機は肉体維持のため経口摂取による栄養の補給は不要であり、人々の魔力を充填し燃料としています。しかし、タンパク質やその他ミネラルを体内で消化、変換し直接魔力として摂取することが可能です』

「てことは……食べれないものとかはない?」

『肯定。当機は装置ゆえ、貴機からの燃料補給の命令に従います』


 じゃあ帰りにお気に入りの屋台で何か買って帰ろう。もしかしたらこいつが気に入るものがあるかもしれないし、色々食べさせてみるのもいいかもしれないな。


 面倒なことになったものだと思う反面、旅のお供が増えるのは悪い気はしない。

 足音のうるさい目立つ甲冑はともかく、俺は市場のガラス職人から小瓶を買ってくることを検討しつつ、城砦に戻るのだった。


本日はここまでとなります、次回更新は少し先ですが8/6です。

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