ep163.飴玉スライムが仲間になった
実はこの一点についてのみ、俺はこのスライムに嘘を吐かせていた。
この甲冑スライムが、何故自分が近づいたときに限って目を覚まし呼び掛けてきたのかというのは既に俺も尋ねた疑問だった。
その理由というのは、今説明したことと大差がない。俺から発せられるエーテル、あるいは魔力を察知したからだ。
しかしその最たる理由は、そのエーテルを魔族由来のものと誤認したからだった。
聞くところによると、どうやら聞かれるまで俺を人間だと認識していなかったようで、話し言葉や読み取れるエーテルから魔族と認識していたというのだ。
話し言葉は日本語のまま発声しているのを、このスライムが聞き慣れた言葉に変換する翻訳石のためにそう思われたのだろうが、エーテルとやらを魔族と同一視されたことについては納得がいかなかった。
この世界でいうエーテルとは魔力とは別の、魂とかもっと概念に近いエネルギーのことだった気がする。
それがこの時代に生きる人と異なって感じられる、というのは……つまり、俺がこの世界の人間ではないからだろうか。
確証はないし、そのことが何に繋がって何を意味するのかというのは不明だ。しかし、余計な疑いを向けられたくなくて、俺はこのスライムに『俺のことを魔族だと思った』という点は隠蔽するよう指示していた。
今のところその指示を守っている以上、やはりこのスライムに敵意はないのだろうと安心する一方で、俺は口を開く。
「害はなさそうなんですけど、これほどの魔物を一般の人たちの中に放置するのも危なそうだと思って……」
「そうですね、変に騒ぎになるのは避けた方がいいでしょうねえ……」
頷くユールラクスに、俺は続ける。
「それで、巻き込んでしまって申し訳ないんですけど……できればこいつのこと、ここに置いてもらってもいいですかね……? 俺だと他に行き場が思いつかなくて……」
鷹と見張りの兵士からの目が痛いが、この際無視することにする。ついでに虎も呆れ果てた目をしている気がするが、徹底して背中を向けることにした。
「もちろん構いませんよ、知能のあるスライムなんて研究のしがいがありそうですからねえ! ただ、むやみに外に連れ出すことはできないかもですがそれでもよければ……」
「ああ、それについては……エインゼリアル、分離してくれるか?」
『承認』
ぱかりと面頬を開いたヘルムの中から、ぞるりと重たそうな透明のそれが這い出てくる。まるで透明なパン生地を伸ばすようにうにょーんと伸びて、飴玉サイズのスライムがぼたりと床に落ちた。
ちょっとした粒のようなサイズでうぞうぞと蠢くそれは、見るだけで正気度を失いそうであるが、俺にはむしろこれくらいの大きさのほうが親しみやすい。それを指で摘まんで、手のひらに乗っけたまま俺はユールラクスを見る。
「俺が冒険者としてあちこち出回るのを、こうやって同行したらどうかって話してたんです。これなら荷物にならないし」
「わぁ……これ、この状態で会話はできるんですか?!」
『肯定』『肯定』『対話は問題なく行えます』『また、監視装置として、周囲のエーテル、および魔力の有無を読み取ることが問題なく可能です』『子機との同期は接近時に行われ相互の記憶は自動的に同期されます』『また、親機に帰属した際にも記憶の同期化は行われます』
「いっぺんに喋ンじゃねえ、ワケがわからんぞ」
脳内でダブる声に虎が目頭を押さえて苦言を呈する。俺もちょっとうるさくて苦笑するが、ユールラクスは俺の手のひらの上のスライムを眉根を寄せて見つめながら、感心しきりという様子で声を上げる。
「完全自律した分体化ですか……! この大きさでも知性そのままで本体同等の個体を作成できるんすねえ、これはすごい……!」
「……いや待て、というかあれを連れてくって言ったのか? お前」
「え、ダメ? あちこち行くついでに聞き取りしたり、本人に見せて回れば何かわかるかもって思ったんだけど……」
指先でぷるぷるした飴玉を突くユールラクスを他所に、オルドが嫌そうに聞いてくる。甲冑そのままだと流石に行動に影響が出るだろうが、あのサイズなら容器にでも入れて持ち運べば何の問題もないだろう。
方々に出向く冒険者が故郷探しに協力するのはある意味合理的とも言えるだろう。それくらいのことがオルドにわからないわけもないだろうが、虎は何故か渋々といった様子で「好きにしろ」なんて言うのだった。
「じゃあこっちの本体さんには僕のお手伝いでもしてもらいましょうかね、重いものとか持てます?」
『肯定。ある程度の荷重には耐えられます』
「すいません急に……自分から話持ってきておいてなんですけど、本当に大丈夫ですか? その、魔物とか傍に置いといて変に思われたりとか……」
「大丈夫ですよぉ、こういう時のために普段の行いがあるんですから。今更僕が見知らぬ甲冑や魔物を連れていても何とも思われませんよ、ねえ?」
出入口付近で見張りのように立っている鷹ともう一人の兵士にユールラクスが投げかける。鷹は嘆息気味に、背筋を伸ばしたまま毅然と返した。
「神聖な王城内に魔物など、本来なら許されぬことだが……スーヤ殿直々の頼みでもある。ただ、今は皆神経質になっているのだ、ユールラクス様と言えどくれぐれも問題を起こさぬようお願いしたい」
「わかってますよぉ。僕も今はあの方のために作品を仕上げるので忙しいですし、ちょうど手が足りなかったところなので遠慮なく働き手として活用させてもらいますねえ!」
『承認。当機を保護していただく限り、如何なる作業も手伝います』
どうやら話はまとまりそうだ。この案件はすぐには解決しなさそうだが、旅先で聞き込みを行うくらいは問題ないだろう。
スライムの故郷探しという突飛なクエストだが、気長に付き合っていこう。
「そうと決まれば、早速お仕事に戻りましょうかねぇ、久しぶりにお会いできるので張り切って作らないとですねえ! エインゼリアルくん、今日からよろしくお願いしますよぉ! 早速ですがこちらの硝子と魔石片をですねぇ……」
「あ、じゃあ俺達はこれで……エインゼリアル、後でまた」
『承認。お戻りをお待ちしております』
「……で、あの方好みの形に仕上げたいので、この図を基に……」
やたらと張り切っているユールラクスはここ最近忙しいと聞いていたが、元気溌剌という様子だ。
話しぶりを聞いているとどうやら自分の上司に見せるために研究成果と作品をまとめているところのようで、大変そうだがその顔はこの上なく喜びに満ちて見える。
憧れの人に会える少女のような意気込みを見せるユールラクスに指示された甲冑が動く金属音を聞きながら、俺達は魔術棟を後にした。
宮廷に仕えるユールラクスの上に立つ人というと、それこそ王族かもしれない。そういえば、城砦の一室を使わせてもらってる身でありながら王族と面会したことはないなと思い至る。
まあ今は国王が臥せっていることもあって、世継ぎどうこうでバタついているのに一冒険者と会う余裕などないだろう。
別に憧れがあるわけではないが、高貴な身分のその人を一目見てみたい気持ちはあった。
ファンタジーやゲームの中じゃない、本物の王族はどういう見た目をしているのかと気になる思いはある。
運が良ければお目通りも叶うだろう。とりあえず俺は、隣でしかめ面している虎のご機嫌取りから始めることにした。
本日はここまでとなります、次回更新は7/23です




