ep160.冒険者の日常
まさか異世界に来て初めて出会う賊が人食い殺人鬼の集団なんて、とことんファンタジーらしくない世界だと気落ちする心を誤魔化すように、俺は大きく息を吸った。
あの後、近場の村に捕らえられていた村人を連れていき、全員の無事を確認してから俺たちは王都へと戻ることにした。
ベルン王国の北側は険しい山脈や深い森が広がっており、未開拓地としての余地を残している。そこに入植する民がいないのは、ああいう輩が流れ込んできやすいからだと言っていた。
魔族や異教徒との戦いが続く大陸北部、そして未だに領地をめぐっての小競り合いが続いている大陸東部の共同体から、大陸中央部の争いが少なく豊かなベルン王国に逃れてくる移民は少なくない。
それだけならまだしも、住む場所を追いやられた難民や勢力争いに負けた部族達が流れ込んでは暴徒化し、ベルン国内の民や領土を襲う傾向は近年増加しつつあった。
ベルン王国軍や各地方を収める領主貴族の私兵が有事の際の対応に当たってはいるものの、危機の全てを網羅し未然に防ぐことができるわけではない。
ましてや全ての領主が賊退治に派兵できるわけもない。結果、領地の隅や未開の森などはそう言った蛮族達の温床となっているのが現状だった。
そこで白羽の矢が立ったのが、名を上げて楽に稼ぎを得たい冒険者達だ。
ギルドが抱えているいくつかの情報筋や、あるいは各地から集まってくる依頼をこなす人材が大勢集まった冒険者ギルドが自警団のような役目を請け負うことはこの世界ではよくあることらしく、そこはファンタジー世界らしいなと思ったものだった。
その多くは近隣の村人や、その手の情報に詳しい情報屋などから依頼書として立候補者を待つことになる。
冒険者ギルドの仕事に貴賤はない。人道支援として人材を派遣する組織らしく、依頼人からの報酬額が少なければ貢献度を高く設けるなどして冒険者を募るのだが。
物盗りや金銭が目的でないその一団を生死不問で捕らえるようにと張り出された依頼を、請け負ってくれる冒険者が現れることはなかった。
昨今の若い冒険者の間では名を上げることなど二の次で、むしろ楽に金を得たい彼らにとって人食い集団の討伐などというのは得体が知れず、忌避すべきものだったからだ。
このようにギルドの定めた期間中に候補者が現れなかった仕事については、ギルドに債務を抱えている冒険者らに斡旋されるのが通例だ。
報酬額も割安で並みの冒険者なら命惜しさに素通りするようなそれをスーヤが手に取ったのは、ここ数日キノコの採取やら大型魔獣の遺体の処理などを手伝い続けていてろくに剣を振る機会がなかったからで、山賊退治なんていかにもファンタジーっぽいなと思ってのことだった。
しかし要項を眺めたスーヤは、ほかの多くの冒険者らと同じようにそれを壁に戻そうとした。人食い集団を懲らしめるなんて明らかに穏便に済むはずがない。
山賊退治なんていかにも王道、RPGだと避けては通れないイベントだがここはゲームじゃない現実の世界だ。退治というのは殺すか殺されるかの戦いに赴くということに他ならない。
そう考えると、そんな血生臭いことを自ら請け負わなくてもいいじゃないかと宥めてくる己の声に頷いて依頼書を壁に戻そうとしたところを、ギルドの受付に見つかってしまったのだ。
いいところに来てくれた、ちょうどその仕事を請け負ってくれる人を探していた、依頼人の場所はここで報酬はこれで今は森の中にうろついていると思われるから戦いの準備は忘れずにしていくように。
まくしたてる受付嬢に圧倒されたスーヤは、もともと割高の冒険者貢献度を割り増しにするからと言われたのがとどめになって、そんな仕事を虎の相棒の下に持ち帰るハメになったのだった。
「ったく……もうあんなンは懲り懲りだからな。俺らは都合のいい傭兵じゃねェンだぞ」
「悪かったって……でもほら、その分報酬も結構よかったわけだし」
フン、とオルドは鼻を鳴らす。数泊の野宿を経てベルン王都に戻ってきた俺たちは、報告を済ませて人の行き交う大通りで帰路についていたところだった。
依頼人からの印をギルドに渡し完了を報告したところ、渡された報酬は事前に聞いていた額面よりも多く勘定されていた。
理由を聞くと、山賊達が貯め込んでいた遺品などを取り返したためき嘗て親しい人を襲われた人々から依頼人越しに謝礼が入ったからとのことで、ちょっとしたボーナスのように報酬が加算されていたのだ。
貢献度も同じくらい割り増しされていて、キノコ採取の三倍ほどの貢献度が計上されることとなった。中位冒険者を目指している俺としてはそれだけで成果としては十分だったので、上乗せされた報酬金は付き合わせたオルドに渡しておいた。
それで留飲を下げたのか、オルドの不満はある程度減少していて、しかし変わらず気難しい虎の顔で俺の隣を歩いていた。
連中のアジトに忍び込むための人質兼巻き込まれた村人達の安全確保役を買って出たのは俺だが、他にも非戦闘員が紛れた乱戦ではなかなか気を遣ったのかもしれない。
そのことを申し訳ないなと思いつつ、役割分担した以上安心して俺に任せてくれればいいのにという反抗心もあった。
そのせいで素直に謝るのも癪な俺は、王都の城下町で伸びをしながらどことなく気まずい空気の中切り出す。
「さーってと……俺はちょっと買い物して帰ろうかな。オルドも行く?」
「行かねェ。先戻ってるぞ」
市場の方向に足を向ける俺を無視して、オルドはのすのすと歩いて王城へ向かっていった。
来賓用の居屋を使わせてもらってるとはいえ、王族以外が王城にそう簡単に出入りしていいのかという気まずさは、少なくともオルドの中にはないようだった。
きっちり仕事は果たすくせに文句は言うんだよなぁ、と俺は肩をすくめて市場に向かう。
ほんの数日ぶりの王都だが、ここ最近は依頼をこなしてばかりでろくに出歩いていなかった。
いくらか蓄えもできたし、少し羽を伸ばすつもりで買い物していってもいいだろう。結局鞄とか買えてないし、装備を見直すにはいい機会かもしれない。
本日はここまでとなります、次回更新は7/2です。




