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Exep6.黒い太陽-End

 黒山羊が言うには、王というよりもその実態は君主や領主という地位の方が適切とのことだった。

 大陸の北東に位置するこの屋敷は、元は黒山羊の主人が有していたものだという。

 魔物といえど住むべき土地や生活は必要だ。それを管理するための主が住まう建物であるこの屋敷は長年主がないままだった。


 統治者を決めようにも血の気の多い魔物達の間で誰がトップになるかを決めるとなればどんな揉め事が起こるかは自ずと知れていた。

 そんな中で、黒山羊は見たのだという。

 異界から十二の星が降り注ぎ、太陽の如き輝きを持つ一柱が我らの王となる、と。


「……それが、なんで俺になるんスか」

「ご自分が一番わかっていることでしょう?」


 太陽の如き、というのが自分の扱う炎を言っているのだとすぐに理解して、口を噤んだ。桐生が察したと見えて、黒山羊は種明かしでもするようにぺらぺらと明かしていく。

 黒山羊を始めとする先代の一派は自分達のトップとして、その異界の王を抱え上げることに同意したという。

 亡くなった黒山羊の主人は力のない魔物達を保護し、自らの領民として安全を約束することに注力していた善き統治者だったらしく、魔物の割に随分人道的だなと驚いた。

 全く故も縁もない異世界人にその座を就かせるという企みに、領民らは先代の腹心である黒山羊の決定ならばと従う意思を見せていた。


「もちろん先程の……ローウェのように反感を持っているものは未だにいるでしょうが、王の力があればそれもすぐに納得することでしょう。力を示すことは唯一にして絶対の正当性があります、それは人も魔族も同じこと」


 一通り、自分を探し屋敷まで連れてきた理由を語り終えたと見えて、今度は桐生が尋ねる。


「……異世界からひとが来るってのは、昔からこの世界でよくあることなんスか?」

「さて、どうでしょう……眉唾の伝承物から太古の史実や記録などには残っているでしょうが、それもどこまで事実かは怪しいものです。それに、こうして現実に目の当たりにするのは何分わたくしも初めてのことですので何とも、というところでしょうか」

「そのひとが、元の世界に帰った、とかは」

「生憎ですが、聞いたことはありませんね」


 目の前の男が帰りたがっているのを察しつつ、黒山羊は変わらぬ調子で答える。


「そんなものになりたくない、って言ったらどうしまスか?」

「ふふ、勘違いなさっているようですがこれは別に脅迫でもなんでもありません。断るようでしたら丁重にお帰りいただくだけですので」


 額の位置にある単眼を細める黒山羊に桐生は肩透かしを食らう。

 その声音はどこまでも穏やかで、黒山羊が嘘を言っていないことは何となく理解できた。そして、桐生にとってここを去る理由がないのも事実だ。


 この世界で自分の魔法はどうやら金魔法という禁忌に触れるものらしく、そのために命を狙われていたのだと説明を受けた。

 つまりは魔法を見せびらかすように扱った自分が悪いわけで、自業自得なのだと理解したが……当然納得はできなかった。

 そうだとしても、今となってはあそこまで殺意を向けてくるばかりか対話も不可能な連中を同じ人間と思うのは酷く難しいように思える。

 何を言っているのかもわからない、見た目も格好も時代錯誤で文明的でない野蛮人どもを嫌悪している自分がいるのは認めがたいが事実であった。


 その分この黒山羊はまだマシで、理性的に対話ができる上に何の価値もない自分に友好的に接してくれた唯一の人……というか、存在だ。

 見た目はともかくとして、その話の内容にもしっかりスジが通っている。渡りに船というのはこのことだ。


 懸念があるとすれば……この勢力に属することを決めたとき、俺は魔物達と主に接することになるのだろうということだった。

 俺は紛れもない人間で、ただの日本人だ。人間は人間らしく、人間のコミュニティーに属したほうが良いのではないかと抗議する声もあったが。


 目を伏せて、自分の炎を思い出した。

 自分を取り囲んで殺気立った兵士達を焼き払ったときのことを、追っ手に炎を振りかざして追い払ったことを、先程のハーピィを焼いたときのことを。

 その炎の威力が禁忌であり、人の身には過ぎた力であるということは理解ができる。

 しかし桐生の頭にあったのは……炎を目の当たりにした民衆の、自分を見る目だった。


 愛する人によく似た目が、兵士達が自分に向ける目が、自分を遠巻きに見る異形の魔物達の怯えた目が桐生を苛む。

 人に向けるべきではない目を向けられ、魔物にすら怯えられる力を持った自分が今更人間社会でやっていける気がしない。

 それを思うと、異形の魔物達のコミュニティーの中でなお異質な自分はある意味お似合いで、断る理由はないのかもしれなかった。


「……王になるとかならないとかはまだわかんないんスけど、しばらくここにいてもいいですか?」

「もちろんです。実のところ、快諾いただけるとは思っておりませんでしたので」

「そう、なんスか?」

「えぇ。我らが王になるということは、この地の為政者として列席いただくということ。民を知らずして統治はあり得ません、まずはわたくしをはじめ魔物達のことを知った上で再び考えていただければ、と」


 なるほど、涙が出るほど論理的だ。

 桐生は自分が返事を保留していることに罪悪感を覚えながらも、拠点を確保できるのは素直にありがたく感じた。


「さぁ、ではひとまず食事にいたしましょう。お疲れでしょうからこれからのことはまたゆっくり決めていただければ結構ですので」


 ブエルが芝居じみた所作で手をパンパンと叩くと、全身を甲冑に包んだ人型の騎士がワゴンを押してホールに現れた。

 その上に置かれた鉄板では、焼かれた肉がじゅうじゅうと煙を上げて運ばれてくる。


「慣れぬ異世界での生活は不安でしょうが、魔物と言えど食事や生活は人間とそう違いはありません。ご安心いただくとともに我々のことを知ってもらうめにも、領内で管理している養殖牛のステーキをご用意いたしました。存分にご堪能くださいませ、我らが王よ」


 茶色く、香ばしく焼き上げられた肉は熱された鉄板の上で肉汁を躍らせている。傍らにはじゃが芋とコーンのように見える野菜の付け合わせが添えられていて、そのままファミレスか何かで見かけそうな一皿だった。

 しかし血の滴る肉が焼けるにおいに桐生が思い出したのは、あのグロテスクな焼死体だった。

 思考をよぎる焼け落ちた鎧、焼け爛れた人の肌、眼球の蒸発した窪んだ眼孔。

 凄惨な映像が脳裏をよぎってえづきそうになるが、これまで何も食べずにストレスで固まっていた胃がぎゅるぎゅると動き出すのを感じた。

 桐生は空腹を自覚すると、矢も楯もたまらずフォークを突き立てた肉塊を口に運んだ。

 たっぷりの肉汁と塩コショウの利いた肉の旨味が口いっぱいに満ちて、火傷するほど熱い肉が今は口に心地よい。

 テーブルマナーもなくかじりついた肉塊を嚙み千切って、咀嚼を繰り返すたびに体に活力が漲るようだった。


 黒山羊はそんな桐生の様子を薄く笑いながら見ていて、自身も運ばれてきた肉に手を付けているところだった。

 その所作は理知的で、獣の頭をしているというのに貴族のような礼儀正しさがあった。フォーク一本で持ち上げ肉にかじりついている桐生は、山羊なのに肉食うんだなぁなどと思いながらこれではどちらが魔物かわかったものではないと自嘲する。


 人の話も聞かない、凶器を向けてくる蛮族よりも魔物のほうがよっぽどマシだ。

 依然として現実味はないし、自分がどうしてこんな目にあっているのかも納得などできていないが、どうせ明日をも知れぬ身だ。

 追われ続けて野垂れ死ぬか殺されるかの二択だと言うのなら、自分に友好的に接してくれる魔物と交流を深めるほうが賢明だろう。


 この世界のことや、そもそもどうして黒山羊や魔物達とは言葉が通じるのかなどとわからないことだらけだが、今はひとまず身を休めよう。これからのことはゆっくり考えて、何が何でも生き延びてやる。


 そう、これは俺が王になるまでの物語だ。


本日はここまでとなります、次回更新は6/4です。

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