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ep15.身振り手振りランデブー

目標:森を抜けろ

 さてどうしようか。


 虎の口から紡がれる言葉はとてもじゃないが日本語には聞こえない響きで、それどころか俺の知ってる地球の言語とはかけ離れているように思えた。

 語尾の上り調子で何かを尋られていることはわかるが、その文法も単語も何一つとして理解できない。


 もっとも向こうからしたら俺の喋っている言葉もそう聞こえたことだろう。俺は日本語だけじゃなく知ってる限りの英語、あるいは文法の欠片も知らない他の言語でも話しかけてみたがどれもお互いにピンと来ることはなかった。


 揃って困り果てた様子で立ち尽くしていると、埒が明かないと見たのか虎男がさっと踵を返す。

 開けた原っぱの真ん中でまだ小さく震えている髪の長い女の子に近寄ると、しゃがみ込んで話しかけた。


 低い声に危険が去ったとわかってようやく緊張の糸が解けたのか、栗色の髪を揺らしてしゃがんでいる虎の胸元でわぁっと泣き出した女の子に困った様子で虎は頭を掻く。

 心を許しているように見えるその穏やかな状況から推理するに、森で襲われているこの女の子を虎が助けたというのは間違いないだろう。


 やっぱり善人だったのかと部外者のはずの俺も安心して、改めて周りを見渡した。


 打撃で倒した俺と違って、剣を振るった虎が屠る魔物の遺体はとてもじゃないが小さな女の子に見せていいような光景ではなく、あちこちにその痕跡が残ったままだった。

 茂っている草と土の地面に不自然な抹茶色の染みが残る惨状を見回して、ゲームみたいに死体は消えたりしないんだなと俺は思った。


 これが動物型の魔物なら毛皮を剥いだり食用に肉を採取したりするのだろうが、人型のゴブリンの死骸なんてとてもじゃないが利用する気にはならない。


 幸いにもその辺りの価値観は虎と共通しているようで、泣き止んだ女の子を当然のように背中におぶった虎男は周囲に転がる緑の残骸には目も向けずにちらりと俺を見た。


「~~、~~~~。~~?」


 言葉が通じないとわかっているはずなのに、懲りずにコミュニケーションを図ってくるのがなんとも申し訳ない。

 虎男は俺がやってきたのとは反対方向を示して、それから自分の厚い胸板、背中でまだぐすぐすと鼻をすすっている女の子、俺のことを順に指差した。

 あの鬼畜ライオンに言語くらい通じるようにしてもらえばよかったなとやり場のない怒りを押し隠して、ついてこいってことだろうかと思いながら虎が指差した方向を俺も指差す。


「あっち、か? 俺も行っていいんですか?」

「~~! ~~~~!」


 こくこくと頷いて、虎男がそちらに足を向けた。女の子を連れ添っている辺り、このまま村か何かの拠点に帰ると見ていいだろう。

 床に広がる死骸を気にした様子もなく踏み出した大きな革のブーツが、血に濡れた土を踏んでぐちゃりと音を立てる。

 なんとも食欲を損ねる粘着質な音を聞いて、せめて俺は踏まないようにしておいた。


 女の子を背負いながら先導する虎男の後ろを黙して歩く。途中でちらりと後ろを気にして振り返ってくるたびに目が合うので、俺もそのたびに会釈して返す。

 ついてきているか気にしているのか、あるいは監視しているのか。

 おそらくその両方だろうな、と思いつつ俺はようやく見つけた現地民の後を歩く。


 戦闘の興奮はとっくに薄らいでいて、どれくらい歩くんだろうと考えが回ると喉の渇きや腹の虫など余計なことも思い出してしまうようだった。

 暇を自覚すると途端にアレコレと気が散ってしまうので、気を紛らわせるために何か一つのことに意識を向けることにする。


 差し当っての暇つぶしに、じっと子供をおぶった男の背中を見つめた。

 俺より上背はあるし体格も勝るが、あのライオンほどではないように思えるのはたてがみの有無の差だろうか。

 しかし肉体の厳めしさはアレに引けを取らず荒々しく、裾から大蛇のような尻尾を覗かせている外套も返り血や泥に汚れていて歴戦の戦士らしい厳めしさを感じさせた。

 おぶっている女の子の邪魔にならぬよう腰にはいた剣はあの世界で俺が扱っていたものより大振りで、刃の幅も厚みもそれなりのサイズがあったがこれでも軽いくらいだろうと納得させる腕の太さをしていた。


 しかしそれ以外に何かを持っているような様子はない軽装で、とてもじゃないが遠出に向くような装備ではなかった。

 水か何かあるようなら申し訳ないがどうにかして一口もらいたかったが、大股で歩く虎がその類を携行している気配はなくて断念する。


 そういえばと背負われている女の子に目を向けるが、これもまた森の中を旅するような格好とは思えなかった。

 袋状に繋いだ布に頭と腕が通る穴を空けただけのような服に、藁を編んだ履物だけの服装の女の子はどう見てもただの人間の、それも鼻の高い白人の子供にしか見えなくてとてもじゃないが森を一人で冒険するような子には見えない。


 おそらくだが、ゴブリンを前に震えていたのもあってこの子は一般人の子供だろうと見解を立てる。であればこの辺りの人里からここまで来たと見て正しいはずだ。


 それがなんでこんな森に、と思ってもう少し詳しく観察してみると、片手に束ねた草や花のようなものを握りしめていることに気がつく。それだけじゃなく、同じものは上下繋がった衣服のポケットにもねじ込まれているようだった。


 状況証拠だけで推理すれば、あるいはフィクション作品でよくあるパターンとしてはこの女の子は近所の村の住人で、持っている草花を集めるために森に入り込んだのだろう。

 しかし迷ってしまった結果、魔物に襲われてしまったところをこの虎男が助けたというところだろうか。

 とはいえそれが通りがかっただけなのか、それとも村から走って助けに来たのかはわからないし、言葉がわからない限り真実のほどは明かしようがない。

 あるいはこの二人はよんどころない事情で共に暮らす親子のような関係なのかも、とも思ったが……流石に姿形から血縁関係は認められなさそうだったし、関係性をあれこれ邪推するのも不誠実だと思ってそれ以上はやめておいた。


 しかし、それにしても。


 他の異世界転生作品で言葉が通じないパターンについても読んでおくべきだったなと今更思った。

 もしくは、こっちの言葉をイチから勉強するにしても大昔の探検家は言葉が通じない別大陸の人間相手にどのようにコミュニケーションを取って言葉を学んできたのか、しっかり勉強しておけばよかった。


 とはいえ過ぎたことを後悔しても仕方がない。


 こうなった以上は身振り手振りでなんとかするほかないだろう。

 それが駄目なら……丸い林檎を描こうとしても五角形になる程度の画力だが、絵でも描いて伝えることとしよう。

ようやく異世界に来れました……。

ここまでのお話に評価、ブクマいただきありがとうございます。めちゃくちゃ励みになっております。

これからもどんどん進んでいきますので今後ともよろしくお願いいたします。


言葉については……もしかしたらそのうち、なんと言っているのかを修正するかもしれません。

それまでしばらくは、異国の言語だと思ってお楽しみください。

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