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EXep1.黒い太陽-1

 長い長いホイッスルがピッチ上に響いた。マイクから叫ぶような実況が響く。


『松野江イレブン、決勝進出決定ーーーッ! 八年ぶりの出場にしてついに! 高校サッカー界の頂点に手をかけました!!』


 声が聞こえる、スタジアムを埋める大歓声だ。

 この記憶には覚えがある……全国高校サッカー選手権大会準決勝戦、後半から二点を追う展開だった試合を一得点一アシストで追いつき、ロスタイムぎりぎりにハーフサイドからディフェンスをブチ抜いて決勝点を決めた試合だ。

 だから、歓声は全部俺のものだった。


『若きキングがやってくれました! 見事強豪の央帝学園を下し、ついにその切符を手に入れたのは王が率いる松野江高校サッカー部!! 本日のMVPは間違いなく桐生和王きりう かずお、この選手でしょう!』


 そうとも、その通りだとも。俺なくしてこの勝利はあり得なかった。俺がいたからこそ、この喝采がある。

 自分の実力を誇示するのはいつだって気持ちがいい。それがこんな大舞台ともなればなおさらだ。

 ピッチ上から俺はベンチで涙を拭うマネージャーに拳を突き出す。涙でぐしゃぐしゃになった顔ではにかむ女は、今日も魅力的だ。

 俺が頂点を獲り、本当の王になったときこそ彼女の言いたい言葉がある。そして彼女も、それを待っている。

 だから俺はこんなところで負けられないのだ。自分と、自分を信じる全ての者のために。


 これは、俺が王になるまでの物語なのだ。



 桐生がサッカーを始めたのは、言うまでもない両親の影響だった。

 和の王、つまりキング・カズ。敬愛するサッカー選手に肖って名前を付けたと語る父は大のサッカーファンで、桐生が物心つく前からサッカーボールを与えていたほどだ。

 反抗期の頃にはほかに何人も優秀な選手はいるだろうにどうしてそんなロートルをと思わなくもなかったが、今ではすっかり自分の尊敬する選手の一人だ。

 その名に恥じぬためにトレーニングを重ねてきた桐生は、いつしか彼と同じ愛称で呼ばれることを誇りに思うようになった。


 高校では当然サッカー部に入った。背番号は十番、ポジションはトップ下に位置する攻撃的ミッドフィルダー、利き足は両足。

 圧倒的なボールコントロール力とパスセンス、一瞬で裏に回るクイックネス、威力のあるシュート力。

 それら全てを兼ね備えた高水準のプレイヤーとして、日本代表のユース合宿にも呼ばれたことがあるほどだ。

 部内で随一の実力を備えた桐生はキャプテンとして、三年目にして自身の所属するサッカー部を率いて全国の舞台へ立つ。


 賢王として敵の位置すら操るように周囲を使い活路を見出すクレバーさに加え、悪王のようにずる賢く足を削り肩で強引に競ってボールを奪うフィジカルで大会を勝ち上がっていく彼は日本の至宝とまで呼ばれた優秀なサッカー選手だった。

 超高校級のスタープレイヤーである彼を語るうえで欠かせないのは、全国大会の準決勝。

 同点からロスタイム残り一分の状態から一人で得点をもぎ取ったラストプレーだ。


 バイタルエリアにすら近づかせない執拗なマークに疲れ果て、パスやロングシュート、セットプレーに務めてきた桐生のフラストレーションが一気に爆発したかのようなプレーは、試合の終わりを予感して気が緩んだディフェンス陣をあっという間に抜き去り、自ら転がり込むように決勝点を奪っていったのだ。


 それまで高校生離れしたプレーをしていた一人の青年が見せた、泥臭く華のあるラストプレー。

 そのプレーを語らずには高校サッカー史を語れないとまで言われているのは、それが桐生和王という男の人生でのラストプレーのためだった。


 死因は頭部外傷。

 決勝前夜、桐生のファンと思われる一般男性に歩道橋から突き落とされ頭部を強打、通報したマネージャーと共に救急車に乗せられていったが、搬送先の病院で間もなくして息を引き取ることとなる。

 まさかの決勝前夜での逝去というセンセーショナルなニュースは一世を風靡し、彼のプレーを一目見ただけの者ですらその死を嘆いて涙をするほどだった。

 若き王は、かくしてこの世を去った……というのが現代日本に残された歴史だ。


 次世代日本フットボール界の至宝と呼ばれた男は、着慣れたスポーツブランドの化学繊維をシャカシャカと音を立てて、五十メートルを六秒フラットで走る足をもう三十分も動かしていた。

 見慣れない土地、知らない風景、そして聞き慣れない言葉。


「……クソ……なんなんだよ、これ……ッ!」


 そして、頭の中は酷い困惑でグチャグチャだった。

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