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ep156.スタートライン

目標更新:冒険者試験に合格しろ→???



 首にかけた革紐の先で、適度な重量感で銅板が揺れている。

 その重さが心地よく感じるのは、達成感や満足感のためばかりではない。

 これで俺もゲームや漫画で見たような冒険者、というこれからの期待のためでもあった。


「戦うときに邪魔だろ」


 そしてそんな俺の胸の高鳴りに冷や水を浴びせるのはいつだってこの虎だった。

 正論を睨み返して、俺は抗議する。


「いいの! せっかくもらったんだからつけとかないともったいないだろ!」

「無くしても知らねェぞ」


 浮かれている俺を詰るでもからかうでもない至極まっとうな意見を立て続けに食らって、さしもの俺も言葉を詰まらせた。

 確かにマントの下でぶらぶらさせてるのは激しく動くときに邪魔だろうか。首飾りのようだとはしゃいでいた細く撚った革紐も、今はもう刃物に弱そうだなとしか思えなくなってしまった。

 ただ、今この場で冒険者証を外して鞄にしまうのはオルドの言いなりになるようで癪だ、

 断じてオルドの言い分に同意するわけではないが、後でこっそり鞄代わりの麻袋にねじ込んでおこう。


「うむうむ、おめでとう。いつの時代も若人が立派に巣立つときというのは心が躍るものだな」

「ありがとうございます、テオさんが色々教えてくれたからですよ」

「とんでもない、スーヤ殿の努力があればこその結果だ。立身出世は男子の夢、立派になっていつか本国の親御さんを驚かせてやれると良いな」


 一か月間俺の教育係になってくれたこの鷹には、ひょんなことから俺の身の上を話していた。それからというもののテオドアの態度は一層軟化し、こうして同情的なまでに親身になってくれるのはむず痒いことだった。

 ははは、と愛想笑いで返す俺に、オルドが言う。


「よォし、んじゃ無事に受かった記念だ。今日はひとつ……」


 また飲みにでも行くのかと思ったのは俺だけではないようで、テオドアが虎に訝しむ。

 しかしオルドは、にやりと笑うと部屋の窓を親指で示しながら言う。


「いっちょ斬り合うとするか、表出ろよ」


 太い首をひと回ししてゴキリと鳴らした巨躯の虎は、隠しようのない獰猛な笑みを浮かべていた。

 それを聞いた鷹が翼をはためかせながら抗議する。


「馬鹿を言うな、そんなことよりも先に冒険者の先達として教えることがあるだろう。今後のこともどうするつもりだ?」

「ンなもん教えるまでもねェだろ。それより、この一か月でどれほどのモノになったか。そっちのほうがよっぽど先決だな」

「野蛮人が……スーヤ殿がそんなことを望むとでも思っているのか?」

「当然だろ、俺が見初めたバカだからな。なァ? そうだろ」


 今日はめでたい日であると同時に、これから忙しくもなる。

 冒険者としてどのように仕事を請け負うのか、今後生計をどう立てていくか、二人で仕事を受けるならどう分けるべきか。

 決めるべき事柄が山ほどある。装備だって満足に整えていないし、結局いい感じの鞄だって買えてないのだ。

 あの冒険者登録の時に使った液晶タブレット端末についても、そしてそこに映し出された結果についても追求すべきことが山ほどある。

 だから、こんな明らかな挑発に乗ってやる必要なんてない。


「誰がバカだ、勝手に決めるなよ……俺だって色々やりたいことあるのにさ」

「その通りだスーヤ殿、鍛錬なら何も今日でなくとも……」

「まあ、やるけど」

「すーやどの?!」


 そう、こんな挑発に乗る必要はない。

 戦いなんて野蛮で、痛くて、苦しいだけ。そんな思いはしたくないはずなのに。

 テオドアには申し訳ないが、この虎に今の自分がどれほど通用するのかは試してみたい気持ちがあった。


「テオさん、訓練用の剣とかってあります? 木剣でも刃がついてないやつでもいいんですけど」

「あ、あるにはあるが……城の外の練兵場まで行かんと」

「貸してもらったりとかって平気ですかね」

「か、構わない……と思うが……」


 戸惑っている鷹の顔は、普段の威厳などどこへやら子供のようにおろおろとうろたえていた。

 じゃあそれを、と言う俺に虎が気怠そうに言う。


「めんどくせえな、真剣でいいだろ」

「駄目だよ、俺だってオルドのこと殺したいワケじゃないし」

「言いやがる、このガキが」


 愉快そうに笑う虎からは隠しきれない獰猛さと殺気をひしひしと感じられて、全身の毛穴がぞわぞわして落ち着かない。

 もう少しオルドにその気があれば、俺は咄嗟に背後に飛び退っていただろう。


「俺も一人前の冒険者だ、もうガキじゃないって教えてやるからな」

「ほォ、そいつはおっかねェ。せいぜい骨でも折られないように気を付けるこったな」

「オルドこそ、俺もまた反則勝ちは嫌だから気を付けてくれよな」


 そこまで言ってワハハと笑いあう俺とオルドに、苦虫を嚙み潰したような顔で鷹ががっくりと肩を落とす。

 もはや何を言っても無駄と見えて嘴からため息を漏らす鷹には申し訳ないが、湧き上がる闘争心には嘘はつけなかった。

 この世界に来なければ知ることもなかった、自分が意外と負けず嫌いだということなんて。

 あるいは、あの死に続けた日々が明確に俺を作り替えたのか。はっきりとはわからないが、この虎に自分を認めさせたいという気持ちが暴力に形を変えて疼いている。

 それを解消するためには、結局剣や拳をぶつけ合うよりほかにないのだろう。


「……これだから、冒険者というのは……」


 まったく同意だった。

 冒険者というのは、いつだって乱暴で、がさつで、横柄で……そして、かくも自由なものらしい。

 神の遣いとしての使命や、現代日本のことを遠くに置き去りにした第二の人生がここから始まる。

 何物にも縛られず、脅かされることもない俺だけの物語だ。

 それを思うとこの先もうまくやっていけそうな気がする。

 そして、今はひとまず……この虎にどうにかして自分の剣を叩き込んで悶絶させることから始めようと思う。

 それはきっと、とても胸がスッとすることだろうから。



 こうして俺の第二の人生が、神の遣いなんてそっちのけの悠々自適な冒険者生活が暴力的に幕を開けた。

 どこへするのも、何をするのにもこのデリカシーのない虎が一緒であることを除けば、それはそれで楽しい日々になるだろうという予感があった。


 このアパシガイアという世界に俺という存在を認められたような感覚。今度こそここがスタートラインだ。

 手回しの洗濯槽にも、蒸し風呂の文化にも、豆の入った硬いパンにもある程度慣れてきて、中世ファンタジー感溢れる世界観に順応してきたと我ながらに思えるほど、この三か月は長かった。

 そして現代日本で生まれた俺がそう思うのと同じように。

 この世界に送られた他の遣い達もまた、同様に時を過ごし、順応してきていることを。


 月並みに言えば……この時の俺は、まだ知る由もなかった。


本日はここまでとなります、次回更新は5/21です!


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