ep153.お決まりのアレ
目標:冒険者試験に合格しろ
「だ、だから、推薦者として、ちょっと気になっちゃってね」
「やっぱりサラさんって、ビエーゼさんがそこまでするほどすごい魔法使いなんですか?」
「うぅん……そ、それもあるけど……こ、個人的に、さ、サラくんのお家の……グレアデン家の当主様には思い入れがあってね」
「えっ」
俺が驚くのを他所に、ビエーゼは「ほ、本人には内緒だよ」と言いながら懐かしむようなトーンで続ける。
「と、言っても……サラくんは、僕のことなんて知らないだろうけどね……その娘さんが、って思うと……少しだけ、肩入れしたくなっちゃってね」
そうだったんですね、と返事をする俺は、今までそんな素振りなかったのに、とその話を訝しむ。
「そ、その娘相手に思いきりゴーレムをぶつけたくせに……って、お、思ってる?」
「えっ!? い、いや、そんなことは……」
図星だった。慌てて取り繕う俺に、ビエーゼは疲れたように笑いながら続ける。
「はは……そ、そう思われても当然だよね……で、でも、試験は試験、贔屓するわけにもいかなかったから、さ……あの礫で、怯んで逃げてくれればそれが一番だ、って思ったんだ。でも……むしろ立ち向かってくるどころか、触媒を替えた状態であそこまでの炎を作るなんて……ね。さすが、あの人の娘さんだよ……」
どうやらサラの育ての親であるというグレアデン家の当主の姿を思い浮かべているようで、ビエーゼがしみじみと言う。
「……そ、それで、せめてこっそり応援したいな、って思って……今日の、午前くらいかな……ぼ、冒険者なんて危ない仕事を続けるなら、一緒に冒険する仲間を作ったほうがいいよ、って……教えてあげたんだ。ほら、彼女……その、結構……世の中のことには、疎いみたいだったから」
「あぁ……貴族って感じですもんね」
はっきりと肯首はしなかったが、ビエーゼが曖昧に笑ったのは同意と見ていいだろう。
実力者だろうが世間知らずなお嬢様という印象はどうしても拭えなくて、そんな彼女が冒険者として一人でやっていけるようなイメージは俺も持てないし、簡単に騙されてしまいそうな印象すらある。
それを嗜めて手綱を握ってくれる誰かと今後の旅を共にできるなら、それが彼女の助けになるだろうというのは疑いようもなかった。
この二人にそういう関係があったのか、と俺は驚きつつ、そういえばこの時代の貴族ってどういうものなのだろうかと疑問が沸いた。
貴族といえば何かこう、クルクルにロールした髪を持ちつつ、所作が優雅で、語尾にですわをつけて喋るイメージしかない俺は、サラの生家がどういう貴族なのかも知らないことに気が付いた。
この場で聞けば教えてもらえるだろうか、と思ったところで、「着いたよ」と地下道の突き当りの前でビエーゼが立ち止まる。
行き止まりかと思ったその壁にビエーゼが手を触れると、力を入れるよりも前に重たそうな地響きを立てて自動で石壁がぱっくりと割れて開く。
すごい、ファンタジーっぽいぞ。と俺が感動する間もなく、ビエーゼが開いた部屋の中に俺を呼ぶ。
「ここは……」
「も、もともとは、このギルドの創設者の廟だったらしいんだ。で、でも、いつしか、こうして新しい冒険者が……そのエーテルを、登録する場所として使われ出してね……い、今もそのままなんだ」
廟ということは、お墓みたいなものだろうか?
ちょっとした教室のような広さがある厳かな空間を見渡した限り、この空間には壁に並んで淡い赤色の光を発する燭台のほかには部屋の中央に鎮座している台座程度しか目につくものはない。
まさかあれが棺じゃなかろうな、と危ぶんだ俺がその台座の上に置かれたものを見て、眉を顰めた。
「さ、さあ。奥へどうぞ。そして、その上の石碑に手を当ててくれ」
言われるがまま歩を進めた俺は、台座の上に横たわるタブレット端末のような石板に触れる。
いや、というより。
スマートフォンをA4サイズに拡大したようなこのすべすべとした感触は……タッチパネル式の液晶タブレットそのものではないだろうか?
「あ、あの……これは……?」
幸い、指先が触れても画面が光るようなことはなかった俺は肩越しに背後のビエーゼに問いかける。
ビエーゼはどこから取り出したのか、台座の上にインク壺を置くとペン先を付けて手元の紙面を広げた。
「こ、これから、スーヤくんの魂の情報をここに登録するんだけど……だ、大丈夫。そこに、自然と浮かび上がってくる特性を僕が記帳する、それだけだよ」
「浮かび上がってくる……って」
このつるっとした液晶らしい画面の上に表示させるということか。つまりそれは、もうそういう電子機器なのではないか?
急な時代錯誤感に戸惑う俺を、ビエーゼはどうやら見慣れぬ石碑を訝しんでいると受け取ったのか、穏やかな声で続ける。
「か、体に流れるエーテルから、魂の情報を読み取って……す、スーヤくんの肉体の特性、それから、会得している技術や魔法の素質なんかを、ここに現すだけだから、安心してほしいな……。それを記録して、こ、こっちが依頼を任せるときや、冒険者証の再発行時の本人確認に使う、ってだけだから……大丈夫、危ないものじゃ……ないよ」
もはやタッチスクリーンにしか見えないつるっとした表面に指先で触れる俺は、それってつまりは、とビエーゼの話に眉根を寄せる。
ビエーゼはそのまま、タブレットの面に片方の手のひらを当てるように指示するので、それに倣ってべったりと手を合わせた。
手形でも取るのかと思ってしまう俺に、ビエーゼが言う。
「そ、そしたら、僕の言う言葉を、繰り返してほしい。く、口にするだけで大丈夫。魔力操作とかは、いらないから」
何を言わされるんだろうと頷く俺に、ビエーゼが続ける。
「じゃ、じゃあ、こう言ってくれ。……『ステータスオープン』って」
「……す、すてーたすおーぷん?」
驚いたのは、それがフィクションでよく見たお決まりの定型句で、まるきり英語の響きそのままだったからだ。
俺が戸惑いながら、聞き間違いであることを祈りつつ口の中でもごもごとそれを繰り返すと……どう見ても液晶パネルの端末の石板が、人工的な白い光とともに点灯する。
そのままメーカーのロゴでも出そうな発光に俺は思わず手を放しそうになった。
なんだこれは、これじゃあまるきり現代地球に存在するタブレット端末や、精密機器の類じゃないか。どうしてこんなものがこの時代にあるんだ。
この場にあるはずのない質感には違和感しか覚えない。「も、もういいよ」とビエーゼが言ってからおそるおそる手を離し、その画面を見つめ続けた。
バックライトを伴った液晶には、数行ほどの文字が表示される。俺が驚いたのは、読み書きを習い始めたばかりのガオリア語があらかじめ誰かの手によって定められたレイアウトに沿って一つの図を作り出したからではない。
どう見ても異国の言語にしか見えないそれが、何故か頭でははっきりと日本語として理解できたからだ。
「……こ、これ、は……?」
思いがけず声が震えてしまう。ビエーゼは画面と手元の紙面を見比べてメモを取りながら、宥めるように答える。
「も、もう放しても大丈夫……。これは、冒険者ギルドに伝わる、古代の魔道具……というより、遺物のようなもので、ね」
遺物? これが? どう見ても現代の第一線で活躍してそうな液晶タブレットが?
それだけならまだしも、読めないし声に出して発音できそうもない文字列をどうして日本語として理解できるんだ、どういうギミックなのだと戸惑っている顔の俺に、ビエーゼは手元のペンを忙しなく動かしながら答える。
「こ、これはね、触れた者のエーテルの質や、情報を読み取り……こうして、表示してくれるんだ」
ビエーゼは少しだけ興奮した様子で語る。まるでこの仕事が面白くてたまらないといった様子で。
「おっ、修めた技術とか、その人がどういう人なのかを……自動で出力してくれるんだけど、お、面白いのが、この出力の仕方でね」
英語のアルファベットを裏返したようなフォントに目を向ける。左側に単語が数行に渡り記述されていて、その右側には五角形の星マークが浮かび上がっていた。




