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ep152.登録作業は地下へ

目標:冒険者試験に合格しろ

 その場ではとりあえず頷いたものの、本人エーテルとはなんなのだろうか。指紋登録みたいなものか?

 建物内の冒険者ギルド側のスペースをぶらついて呼び出されるのを待っていた俺がそんなことを疑問に思うのは当然のことだった。

 エーテルといえばこの世界では体や運動機能を司る目に見えないエネルギーとして扱われているし俺もそのように解釈しているが、それによって個人が判別できるかどうかというのは初耳だ。

 いったい何を登録するというのか、と壁沿いの掲示板に張り出されている依頼書を眺めながら考えていた俺の興味関心は、次第にその掲示板に向けられる。

 安く千切れやすい紙を貼り出した掲示物を眺める俺は、それが二種類あることに気が付いた。


 ギルドが依頼人から請け負い、仕事内容と報酬をまとめた求人票のような紙がべたべたと張り出された掲示板はオーソドックスな募集板で、ミオーヌの町でも見たことがある。

 それとは違って、仕事の依頼ではなく冒険者達が共に仕事を請ける仲間や何らかの物品の交換相手を募る張り紙がされた板も並んでいる。こちらはどうやら冒険者間での情報交換に使われているらしい。

 書き殴られた文字は判然とせず読みづらいが、弓の扱いに長けた者を募集したり、南の国までの地理に詳しい者を募集していて、面白いものだと『料理のうまい冒険者求む』なんていうものもあった。


 見れば、俺と同じような青銅の冒険者証を首からぶら下げた旅慣れてなさそうな男がそれを眺めて難しい顔をしている。

 新人は一人で依頼を請けるよりここで協力者を探して誰かの依頼に相乗りしたほうが安全、ということだろう。

 それで感覚を掴んだら、今度は自分一人で仕事を請け負っていく。

 それを繰り返して一人前になる、そう考えるとなおさらゲームみたいだなぁともうすっかり手に懐かしいテレビゲームを思い出した。

 最初は地道なクエストから始まり、段々とレベルアップして最後には古龍や災害のような獣を相手に世界の命運を懸けた戦いに挑む。

 この世界での俺の生活も、いつかはそんなものになってしまうのだろうか。

 安定した、静かな生活を望んでいたはずの俺は自分が剣を片手に大立ち回りを披露する姿を想像して……ほんのちょっとだけわくわくしてしまう気持ちを否定できなかった。


 そうこうしているうちにカウンターから俺を呼ぶ声がして、行ってみると建物の奥に進んでほしい、と案内を受ける。

 石造りの大掛かりな建造物はざっくり半分に区切られて片方が酒場に、もう片方がギルドの事務スペースになっているので、キッチンにでも通されるのかと思いつつ俺は示されたほうに足を向けた。


 ホールの奥、いかにも関係者専用出入口という雰囲気の扉の前に警備員然として立っているギルド職員に冒険者証を見せると、重たそうな石の扉を押し開けて更に奥へ俺を招く。

 扉の奥の廊下へ出ると、ばたん、とドアを閉められて、酒場やギルド内の喧騒が嘘のようにしんと静まり返った。


 何をさせられると言うのか。おっかなびっくり奥へ進むと、廊下は途中から下り階段に換わっていた。壁にかけられた鉄の燭台には赤色に発光する石が掲げられていて、足元がわかる程度に周囲を照らし出している。

 階段の奥へ誘うように等間隔に置かれた燭台を眺める俺は、これも魔石の一種なのだろうかと思いつつ、階段を下って行った。


 そう深くない地下まで下りてきた頃に、曲がり角を一つ通り過ぎる。

 そこを曲がって少し開けた空間に出ると、赤く照らされた堂内に久しい顔が見えた。


「……! や、やあ……次は、キミだったか」

「あれっ……ビエーゼさん?」


 足音に気づいたらしい彼は、手元の紙面から顔を上げて俺と目が合うと、少しだけ困ったように微笑んだ。

 普通の布服にブーツ姿の男は、まとまりのない髪を揺らして俺に一礼する。


「よ、ようこそ。ベルン王国公認冒険者ギルド『獅子の翼』の登録の間へ。そして、この度は合格おめでとう」

「ど、どうも。こちらこそその節はお世話になりました……でいいんですかね?」


 獅子の翼というギルド名は冒険者試験を受けた時から知っていたが、俺がその名を好んで使うことはなかった。

 そして今、改めてその名を聞くと何となくむず痒く感じてしまうのは間違いなく俺個人の獅子アレルギーのためだろうが、ともかく。


 目の前の男は、ビエーゼは相変わらずいっぱしの冒険者、というよりはデスクワークの似合いそうな文官という印象でそこに立っていた。

 試験官として俺達に殺意溢れるゴーレムをけしかけていた張本人だが、当然その時のことを恨むわけもない俺はぺこりと頭を下げる。

 こういうときなんて挨拶すればいいのか曖昧だった俺が不安そうに尋ねると、ビエーゼは穏やかに笑った。


「ふふっ……さあ、こ、こっちに来てくれ」


 ビエーゼはそう言って奥に向かって歩き出すので、俺もその後を続いた。

 広いギルドに掘られた地下道はトンネルのようでもある。あれだけ広く人でごった返していたホール部分のどこをどう歩いているのかというのは漠然としかわからないが、公会堂じみた広さの冒険者ギルドの敷地を思えばかなり歩かされそうな印象を抱いた。


「……と、ところで……サラくんとは、もう会ったかな?」


 不意に尋ねられて、どうしてそんなことを聞くのかと思いつつも答える。


「えっ……っと、はい。ギルドの前に陣取ってたので、来るときにちょっと話しました」

「そ、そうか……か、彼女とはなんて?」

「えぇと、仲間にならないかって誘われましたね。残念ながら先約があったんでお断りしたんですが……」


 前を歩くビエーゼはそうか、とどことなく嬉しそうに相槌を打つ。


「だ、誰か……彼女の、仲間になってくれそうな人は、いたかい?」

「はい。本人は嫌がってましたけど、一緒に試験を受けたゼレルモさんと……それにバルゴさんも捕まってましたね。落ちはしたけど、一緒にパーティを組むかどうかで悩んでたみたいですね」

「そ、そうだったんだね……そうか、それならなおさら……バルゴくんには、申し訳ないな……」


 おや、と俺が思ったのはこの男が試験官のくせに不合格になった受験者を慮るようなことを口にしたからだ。

 そう思うなら合格にしてやればいいのに、と口をついて出そうになるのを堪えていると、ビエーゼが懺悔するように続ける。


「ま、まさか僕を庇ってくれるなんてね……あの心の優しさは、自ら危険を冒す者として立派なものだ、って言ったんだけど……最終決定は覆せなかったんだよ」


 不合格にしておいていまさら何を、という思いと、確かにずっと気を失っていたもんな、という思いが同時にあって、俺は黙ってそれを聞いていた。


「でも、そうか……サラくんと一緒にいるのか。それなら、あの心優しさはぴったりかもしれないね……」

「……あの、ビエーゼさんはサラさんと何かあったんですか?」


 なんだか普通以上に気にかけているような、と思った俺が聞いてみると、ビエーゼはちらりと肩越しにこちらを見て柔らかく頷いた。


「あ、あぁ。彼女を……銀魔法の使い手としてギルドに推薦したのは、僕だからね……」

「あー……そういえば本人も言ってましたね」

「そ、そうなんだよね……じ、実はお金を稼ぐだけなら、魔術師として研究職に就いたほうが、収入がいいよって言ったんだけど……本人は冒険者になるって、聞かなくって」


 何となくその光景は想像がつく。何故なら、俺だって同じようなことを言うかもしれないからだ。

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