ep151.下と中の差
目標:冒険者試験に合格しろ
居酒屋のような酒場としてのスペースと、区役所のような冒険者ギルドとしてのスペースが半々になった建物の内部は、秩序と無秩序が入り乱れる混沌とした空間だった。
ギャハハと酔漢が騒ぐテーブルを見守りながらカウンターを訪れる冒険者に仕事の報酬を手渡したり、新たな依頼書を発行したりと事務仕事をする職場は果たして働きやすいのかどうかというのは俺にはわからなかった。
新規冒険者としての登録受付をしてくれたギルド職員の女性にその辺りを聞いてみたい気持ちはあるにはあったが、ぐっと堪えて俺はカウンターに置かれた青銅の板に目を向けた。
「こちらが冒険者証です。名前の綴りにお間違えはないですか?」
冒険者ギルドの象徴らしい剣と翼というオーソドックスな紋章が刻まれた板の裏には、試験登録時に署名した俺の名前が刻印されていた。
やっぱりどこかアルファベットと似ているその文字は『スーヤ』とはっきりと読める。すっかり馴染んでしまったその響きを口の中で繰り返して、俺はこくりと頷いた。
「ではこちらはそのままお持ちください。依頼の受託時、および報酬の受領時にはこちらの冒険者証が必要になります。紛失時は各地の冒険者ギルドにて再発行が可能ですが、別途手数料が発生しますので大切に保管してください」
職員に言われて、俺は革紐が結ばれた冒険者証を手に取る。会員証みたいなものかと思いつつ持ち上げたそれは、ずっしりと重たい上に金属らしくひんやりとしていた。
やっと、というべきか、ついに、というべきか。
これで俺も晴れて冒険者だ。身一つで生計を立てる、日雇い労働者の仲間入りである。
職人や商人なんかと比べたら遥かに危険で、不安定で、自由なその働き方に俺は胸が弾むのを止められない。
これからはどこへだって行けるし、何をしてもいいのだ。
「説明は以上ですが……何かご質問はありますか?」
職員の女性は事務員らしく機械的に尋ねる。俺は特にない、と言おうとして、ふと気になった。
「あの、今の俺って下位冒険者……なんですよね?」
「はい。第八十五期冒険者試験合格者の皆様は、一部を除き下位冒険者として登録しております」
「ここから中位にまで上がるって、どれくらいかかりますかね……?」
問われた女性は、少し思い出すように目を泳がせて、それからカウンターの内側でばさばさと書類を引っ張り出しながら「少々お待ちください」と返した。
やがて職員は紐で綴じられた羊皮紙の束を取り出すと、年季の入ったページをぺらぺらと捲ってから手を止める。
この時代の紙類は破れやすく、インクもにじみやすいという粗雑なものが多いので長期保存する文書には羊皮紙が使われるのが一般的だ。そう考えると、この束が規定や約款など決まり事をまとめたものなのかもしれない。
「冒険者の昇格基準については、ギルドへの貢献度が一定水準以上かどうかを見ます。貢献度についてはご存じですか?」
「えぇと、依頼をこなした回数とか、ギルドや人類の発展に役立つ発見をしたら……って感じでしたっけ?」
試験を受けるためにいろいろと情報を集めているときに、別のギルド職員やオルドなどからそう聞いたことがある。
職員の女性は、おぼろげに暗唱する俺にこくりと頷いて補足する。
「厳密には、依頼ごとに設定された貢献度のほかに、当ギルドから受領された金額も貢献度の算出の基準となります」
「お金を?」
「はい。冒険者ギルドは冒険者証をお持ちの全ての冒険者と売買契約が成立しているため持ち込みの品物をなんであれ買取いたしますが、この時の取引総額の一部も貢献度に計上しております」
つまり、ギルドで物を売ると貢献度が上がるということか。しかし売った金額がそのまま反映されるというわけではないらしい。
「その反映率とかって、どれくらいなんですか?」
「基本的には、利用価値の高さによって決定いたしますが、持ち込まれた物品の査定結果によって変動いたします。例えば狩猟された獣の類ですと総額の一割弱程度が相場ですが、そこから肉の味や素材の価値などを加味していくらか上下する、といった感じですね」
つまりは貴重とされている魔道具や利用価値の高い動物や魔物ほど貢献度の上昇も大きいということだろう。
ふーん、と頷く俺に、職員の女性は手元の羊皮紙と俺の顔を見比べるように顔を動かして、話を続ける。
「中位冒険者への昇格についてですが、受験資格アリとされるまでの貢献度となりますと……約五千の貢献度。これを下位の依頼のみで賄うと、およそ千回分となります」
「せん……?!」
思わず声が出た。冒険者への依頼がどんなものかは未経験だが、一日二日で終わるようなものではないことは俺にもわかる。それを千回も繰り返さなくてはならないのか、と思うとまだまだ先は長そうだった。
「こちらの貢献度を達成した段階で、我々ギルド職員から中位冒険者試験へのお声掛けをいたします。そこで資質、および人柄に問題なしと認められた場合にのみ、中位冒険者として昇格することができますね」
「は、はぁ……」
貢献度だけでも大変そうなのに、その上さらにまた試験があるのか。俺は思わず肩を落としてしまうのは、一朝一夕で上がれるものではないなと思い知ったからだった。
これではオルドに追いつくのにどれくらいかかるんだ、と脱力する俺はふと思いついて聞いてみる。
「そ、そういえば依頼って……貢献度って、その依頼を受けた人名義で登録されるんですか? 誰かと一緒にこなしたり、とかって場合はどうなります?」
「はい、その場合依頼受託時に申し出ていただければ、報酬は一括でのお支払いとなりますが、貢献度についてはいくらか割り引いた分を登録された方それぞれに加算させていただきます」
「それが中位冒険者と一緒……でも?」
「はい、ですがその場合均等に加算されるわけではなく、下位冒険者様への貢献度はかなり減額されてしまいます。いくらもらえるのか、という点については窓口でご案内いたしておりますので、依頼受託時にお気軽にお尋ねください」
中位冒険者にくっついてパワーレベリング、というのはできないようである。なるほど、よくできたシステムだ。
俺は頷いて、頭の中で今聞いた話を整理しつつ「わかりました」とだけ答える。
昇格には貢献度を稼ぐ必要があり、また昇格時には別途試験があること。
貢献度は依頼ごとに設定されているほかに、持ち込み品を売却することでもいくらか加算されること。
そして、中位冒険者になるには膨大な数の依頼をこなさなければいけないこと。
ひとまずは、そんなところでいいだろう。
俺が満足したと見えて、職員は「では最後に」と告げる。
「冒険者様のお名前と、本人エーテルを登録いたします。順番にご案内いたしますので、おかけになってお待ちください」
本日はここまでとなります、次回更新は5/7です!




