ep150.合格発表
目標:冒険者試験に合格しろ
まるで大学受験の結果発表のように一喜一憂する受験生達が囲んでいる掲示板までたどり着いた俺は、自分の名前がそこにあったことを確認して、まず抱いたのは安心だった。
受かっていた。ようやく念願かなって冒険者として登録できたというのに心は妙に落ち着いている。不安に思いつつも、どこかで自分は受かるだろうと思っていたのかもしれない。
ざっと眺めたところで、俺と同じ会場で受験を受けたサラマンドの名前も見つけた。その他の面子の名前はパッと見ただけでは見つからなくて諦めることにする。
合格した冒険者はギルドの中で手続きを受ける必要があるようで、張り出された自分の合格を確認した冒険者がギルドへ足を向けるのを見て俺もその後を追うように足を向けたところだった。
「ごきげんようスーヤ様! こちらですわ~!」
賑やかな大音声にどきりとして、冒険者ギルドに向けていた足を思わず止めてしまったのは。
ミオーヌの町のギルドが出張所ならば、こちらはまさしくその本部というべき立派な門構えをしていた。
中には事務的な手続きを執り行う図書館の貸出カウンターめいた窓口のほかに、俺が想像するような冒険者ギルドにぴったりの酒場が併設されている。
事務仕事とは縁のなさそうな丸い卓には所狭しと料理と酒が並べられていて、仕切りがあってもそのにおいは防げないだろう。
悪辣な相棒曰く、冒険者に支給した報酬を回収するための酒場だというそこは確かに入り口から眺めても大勢の酔漢で賑わっていて、ちらちらとそれを見て肩身が狭そうにしているのは新米の冒険者達に違いなかった。
さっさと手続きを済ませて合格を報告しに行きたい思いに後ろ髪を引かれつつ、声の主を訪ねると見知った顔が並んでいた。
「あー、どうもサラさん。それに……ゼレルモさんと、バルゴさんも」
「よう。お前さんも見つかったか、運が悪かったな」
灰色のハイエナが同情的な目を向けてくる。それはお互いさまではと思ったが、口にはしないでおいた。
「……久しぶりだな」
ドレッドの茶髪を無造作に伸ばした大男が顔に似合わぬ親しみのあるトーンで頷きかけてくるので、俺も「お元気そうで」と返す。
そしてそれらの男たちを傍に控えて、血色のいい唇に満面の笑みを浮かべたサラマンドがそこにいた。
「オーッホッホッホ! スーヤ様もお変わりないようで何よりですわ!」
「こんにちは、サラさん。こないだはどうも」
「とんでもありませんわ、此度の結果はスーヤ様のお力あってのこと。お礼を言うのはこちらの方です!」
一緒に命を懸けた試験を乗り越えた仲ということもあって、月並みな挨拶を述べておくとどうやら気に入ってくれたようだった。
「もう手続きとかは終わったんですか?」
その言葉にサラはにんまりと笑って、ケープマントの下でごそごそと懐を探る。
取り出したのは、ガオリア語で名が刻まれた青銅のクレストだった。
「ウッフッフ、おかげさまで晴れてわたくしも冒険者ですの!」
「おぉ、おめでとうございます。ということはお二人も……?」
サラが受かっていたのは見たが、後ろの二人のことはどうかわからない。
ちらりと男達に目を向けると、ハイエナがマズルの端に嘲るような冷笑を浮かべてローブの下に吊るした銅章を見せてきた。
しかし、大柄なバルゴだけはゆっくりと首を振っていた。
「……残念だが、俺はダメだった」
「あっ……そ、そうでしたか。その……」
「……お前が気を落とすことではない。あの時咄嗟に庇ったことを、俺も後悔はしていないのだから」
試験中ほとんど気を失っていたとはいえ、誰かを護った結果のことなら少しくらい酌量の余地があるのではと思うが、結果は結果だ。
俺はいまいちこの心優しそうな巨漢が落第したのが納得できず、つい二の句を選んでしまうがサラは気にした様子もなく嬉しそうに続ける。
「それにほら、見ていただきたいのはそれだけじゃありませんのよ!」
報告したくてたまらないとばかりにサラはもう一つの紋章を取り出す。ゼレルモは辟易とした様子でそれを見ているのが印象的だった。
革紐で繋がれた手のひらサイズのそれは、六角形に切り出された銀色の板だった。
「……銀? これは……?」
「ォッホン、わたくし、実は試験後にビエーゼ様から魔術師ギルドへ推薦を受けましたの。わたくしの炎の扱いは銀魔術師に匹敵する、よければ魔術師ギルドに所属しないか……と言っていただきまして!」
サラが自分の扱う炎に自信と誇りを持っていることは俺にもわかる。
それが銅を飛び越えて銀の魔法と認定を受けることがどれほど喜ばしいことなのかも、なんとなく想像がついた。
ユールラクスが言っていたが、魔術師ギルドへの登録は完全なる他薦で成り立っているという。
所属しているだけで優れた魔術師であることの証明になるエリート集団、それが魔術師ギルドだと聞いたことがある。
そんな組織から勧誘を受けることが魔法使いとしてどれほどの名誉なのかも自然とわかろうというものだった。
「すごい、おめでとうございます!」
「ウッフフ、いいえ、それもこれもスーヤ様のおかげですわ! あの時わたくしの提案を呑んでいただけなければこの結果はなかったでしょう、心より御礼申し上げますわ!」
そう言われると照れるものがあるが、褒められて悪い気はしなかった。灰のツインテールを揺らしてはしゃぐサラに冷や水をぶっかけたのは、やはりゼレルモだった。
「……で、そろそろ解放しちゃくれねぇかな」
「まあ、駄目ですわ! そうそう、そこで本題なのですが……実はここで皆様をお待ちしていたのはひとつ提案がございまして」
提案? と疑問符を浮かべる俺に、サラがにっこりと続ける。
「スーヤ様もわたくし達とパーティを組みませんこと?」
「ぱー、てぃ?」
日本語で繰り返したそれを、サラは「そう、パーティですわ!」と同じく日本語に聞こえる声で繰り返した。
「パーティって、あの?」
「他に何がございまして? ゼレルモ様とバルゴ様には既にお声をかけさせていただいてまして、ゼレルモ様とは組むことになっておりますの。バルゴ様はまだお返事を保留としておりますが……スーヤ様さえよければご一緒にいかがでしょう?」
サラのその申し出は、つまりは共同で依頼をこなす仲間にならないかという勧誘に他ならない。意外だったのは、このハイエナが承諾したことだった。
そう思って目を向けると、忌々しそうに噛みつくところだった。
「おい、俺ァ組むとは言ってねえっての」
「あら、それでもわたくしと組んだ方がメリットがあるのはご説明の通りでしてよ?」
「だとしてもお前さんみたいなトンチキ女と組む理由がねえっつってんだ」
「とん……? それはどういう意味ですの?」
何が何だかわからないうちに口論を始める二人に、俺が何も言えず見守っていると後ろからこそりとバルゴが俺に耳打ちする。
「……簡単に言うと、サラ嬢ならゼレルモの矢を作れる、ってことらしい」
「矢……? ……あぁ、あれか」
赤熱した鏃を携えた矢を番えるハイエナの姿を思い出す。
あの爆発する矢をサラが作れるというのか、と驚いたがあの程度の魔石なら火の魔法使いであるサラに作れるのもおかしなことではないのかもしれない。
妙に石にも詳しかったし、さもありなんという様子で納得する俺は、そのままバルゴに尋ねてみた。
「バルゴさんも一緒に行くんですか?」
「……俺は……悩んでいる」
おや、と思ったのはそこで初めてこの大男が落ち込んだ様子を見せたからだ。
何でもないように振舞っていたがやはりそれなりに気落ちしていたのだろうかと思った俺は、続いた言葉を聞いて何も言えなくなってしまった。
「……家に、病気の兄弟がいてな。アイツを置いて、一人で冒険の旅に出ていいものかと思うとな……」
誰かを咄嗟に庇って、自らの合格と引き換えに他人を助けるほど心優しいこの男が受からない試験を理不尽に感じてしまうのは仕方のないことだろうか。
それも命を張って救った相手が試験官だというのだから笑えない。冒険者になりさえすれば割のいい仕事を受けて兄弟を楽にさせられただろうというのは想像に難くなくて、俺は励ませばいいのか慰めればいいのかとわからなくなってしまった。
少し気まずくなった空気を、横耳で聞いていたサラが割り込んで吹っ飛ばす。
「そこで、わたくしが医者を連れてバルゴ様のご実家を訪ねることにしたのですわ! 聞いたところ住所は我がグレアデン領と近しいようですし、わたくし達の最初の旅にぴったりではありませんか!」
必死の訴えも無視されて、不満そうにしているゼレルモが更に眉間の皺を濃くする。
医者をわざわざ? と俺が驚くと、バルゴも同じような感想を抱いたのか戸惑った様子で口を開いた。
「……何度も聞くが、本当にいいのか? 俺は別に冒険者見習いとして旅を続けるかどうかも迷ってるんだぞ」
「あら、貴族に二言はありませんのよ! それにこれは、バルゴ様を仲間に引き入れるための必要経費、恩を着せて返してもらおうというれっきとした投資活動ですの。わたくしもゼレルモ様も、そこに異存はありませんわ」
「だから俺は着いていくとは……」
「……そうか、それなら……すまないが、頼らせてもらおう」
「おい、聞けよ」
納得した様子のバルゴに、サラは交渉が済んだとばかりに今度は俺に向き合う。
「それで……スーヤ様もよければ、この旅にご一緒しませんこと? ただの小娘でしかないわたくしが目的を果たすには少しでも協力者が必要ですの、いかがでしょう……?」
勝ち気なサラが初めてしおらしい顔を見せる。交渉の手段として、情につけこもうというのなら巧いやり方だなと思った。
しかし生憎俺の答えは最初から決まっている。
首を振る俺に、サラは「そうですか……」と素直に、しかし残念そうに引き下がった。
「せっかくのお誘いですが、すでに相棒が決まってまして……すいません、ご期待に沿えず」
「いいえ、とんでもございませんわ! 先刻言った通り、今回の成果はスーヤ様のお力あってのことですもの、残念に思いこそすれ恨むようなことはございませんのよ」
にっこりと微笑むサラの言葉に、申し訳なさが少しばかり薄れるようだった。話題を変えるつもりで、俺は口を開く。
「でも、それこそ冒険生活や野宿に詳しい誰かと一緒に行動するのは正しいと思いますよ。その辺り、ゼレルモさんは適任かと」
「そうでしょうとも、わたくしもそう思いましてよ」
いかにも狩人然とした恰好もそうだが、なんとなく口ぶりがどこぞの虎に似ていることもあって俺はこのハイエナに知り合って間もないというのにそれなりの信頼を寄せていた。
戦闘時の視野の広さや、年上らしい雰囲気ということもあるのだろうがそれはサラも同じだったようで、自信満々に頷く。
そんな変わった頭髪の原人二人を前に、ゼレルモは。
「……だから、組むなんて言ってねえっての……」
嘆くように、はぁっと溜息を吐くのだった。




