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ep149.相棒

目標:冒険者試験に合格しろ

 あれはいつだったか、すごすごと屋敷に帰ってきたオルドと隣のベッドで寝ながら、あまりにも態度が変わらないのが気がかりで聞いてみたことがあった。

 ユールラクスはああ言っていたが、オルドは俺の隠し事が気にならないのか、と。

 それに対してオルドは、最初の頃と全く変わらぬトーンで『話したくて仕方がねェってんなら聞いてやるぞ』とだけ答えたのだった。

 その言い方があまりにも不遜だったので、俺もつい笑ってしまったことを覚えている。じゃあいいや、と引き下がる俺に、オルドが自分から言及することはなかった。


「いやその、オルドが気にしないでいてくれてるのはわかるけどさ。普通怪しいだろ、出自も偽ってるこんな、外国人なんか」


 そう、オルドなら……俺の知る中位冒険者としての虎は、そんな欺瞞を許さないはずだ。

 他人が自分を騙していたことを見抜いたとき、この虎なら怒り、非難するはずだと思ってしまうのは、俺がそうされても仕方ないという負い目から来るのかはわからない。

 それでも黙って見逃すようなイメージはなくて、オルドのその態度は俺の中の像と食い違って思えるのだ。


 俺の素性について気にする様子がないその理由を語りたがらないのは、一体どういう了見なのだろう。

 食い下がる俺を前に、ぐびりとエールを飲んだオルドが溜め息を吐く。これから重いことを話すみたいな間の置き方だった。


「……あの野郎も言ってただろ、お前が俺を騙す気がねェのはわかってるって。元はと言えばお前さんの身元を勝手に勘違いした俺の責任だろ、実害も知識もねェガキにこれ以上何をしろってンだ。糾弾されて喜ぶ性癖でもあンのかお前は」

「いや、そういうわけじゃないけど……でも嘘ついてたんだぞ? もうちょっとこう、なんか言ってもいいのにって思って……」


 自分でも何を言っているんだろうと思う。オルドが白けた目で「やっぱ変態じゃねェか」と言ってくるのだがこの時ばかりは強く否定できそうになかった。

 しかしオルドは、さっきまで並々注がれていたぬるい麦酒をもう一度給仕に注文すると、また溜め息交じりに、心から辟易とした様子でこう言った。


「あのなァ……言っとくが、秘密のねェ人間がこの世にいないとでも思ってンのか?」


 問われて、面食らった。それとこれとは話が別なような気がするが、強い言葉で否定できる気もしなくて。

 言葉を詰まらせた俺に、オルドが畳みかける。


「お前に言えないことがあるように、当然俺にもある。だがな、友や仲間だからってその全てを明かす必要があるなんて俺ァ全ッ然思わねェ」


 語り始めの表情とは裏腹に、その顔はまるで自分の夢について語っているときのような熱意に溢れていた。

 後ろめたさを女々しく気にしていることについて何か文句を言われるのでは、と身構えていた俺はその言葉が意味するところを理解して、呆気にとられてしまう。

 そんな厳つい顔から、幼子によく言って聞かせるような穏やかな調子が飛び出すとは思えなかったのだ。そのギャップに戸惑っている俺に、オルドは締めくくる。


「何か隠し事があるのも承知の上で命を預けられる、それがホントの相棒ってモンじゃねェのか」


 何も言い返せないのは、付け入る余地のない正論だったからというわけではない。

 この虎が、友だの仲間だの、そして相棒だのと語ることの珍しさに驚いてしまったからだ。

 給仕の男が、ごとりと小さい木樽に取っ手をつけたようなジョッキを二つ机の上に置いて去っていく。


 もしかして酔ってる? と口にしかけて危ういところで留まったのは、とある仮説が頭の中で閃いたからだ。

 もしかして理由を語りたがらなかったのは、心から厭そうな顔でこの話をし始めたのは何も俺に呆れていたからではなく……ただ単純に、恥ずかしかっただけ?


 ごと、とジョッキが俺の前に置かれる。フン、とつまらなさそうに鼻を鳴らしたオルドが、エールを注がれたジョッキを俺の前に掲げる。


「その……オルド」

「うるせェ。今日はとことん飲んでもらうからな」


 何を口走ったのかは自分が一番よくわかっているはずのオルドは、照れ隠しに強い口調で俺の言葉を棄却する。

 持ち上げられたジョッキを見て、俺は少しだけ面映ゆく感じながら同じように杯を掲げた。


「……言っとくが俺と組むからには、もうガキ扱いしねェぞ」

「そんなん……望むところだっての」


 今までも子ども扱いしてほしいと言ったことは一回もないのだが……今この時ばかりは、その言葉が嬉しかった。

 この虎をして、一人前の冒険者として認められたようで。ようやくスタートラインに立てたのだと実感が湧いて、妙に誇らしかった。


「と言っても……まだ受かってるかわかんないけどね」

「ま、大丈夫だろ。なんせこの俺が認めたバカだからな、お前は」


 どことなく嬉しそうに、そして朗らかに語る虎は明らかに素面とは思えなくて、やっぱり酔ってる? と思った俺が何かを言う前に、控えめに掲げたジョッキにがつんと衝撃を覚えた。


「冒険者見習いの門出に、乾杯」

「おっ、とと……じゃあ俺は、自由な両腕に……乾杯」


 液体がこぼれないよう気を遣いながらぶつけ合ったジョッキを、軽く呷った。

 中に注がれていたのはオルドの飲む麦酒とは異なる酒で、少しだけひんやりとした赤スグリの果実酒は俺の喉を潤したのだった。


 ちなみにその晩、調子に乗ったオルドにしこたま酒を飲まされ、歓楽街にある酒場を二軒三軒はしごされた俺はその日どうやって帰ったのかというのは記憶に定かではなく。

 酔った勢いで馴染みの娼婦がいるという王都裏通りの娼館に俺を連れ込み男になってこいと大笑いするオルドを全力で蹴り飛ばしたのを断片的に覚えているが、それ以降どこで何をしたかというのはスコンと頭から抜け落ちていた。


「うぁ~~~……」

「気持ち悪ィ…………」

「うわ~、お酒臭い。二日酔いのお薬置いておきますねぇ」

「まったく、これだから冒険者というのは……!」


 ただ、その翌日はオルドと揃って昼過ぎまで二日酔いでダウンすることとなり、その姿を見たユールラクスとテオドアに呆れられることとなったのだが……こればかりは俺は悪くない、よな?

本日はここまでとなります、次回更新は4/30です!

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