ep14.コミュニケーションエラー
目標更新:敵を殲滅しろ→森を抜けろ
初めて生き物を殺した。
俺は入院している間、全く関係ないほかの患者が亡くなったと聞いただけでも遺族のことを思って気が重くなったり、愛犬が死ぬ映画でも見ようものなら内容を思い出して夜通し泣き続けるような男だったはずだ。盲導犬の映画とかでめちゃくちゃ泣いたし、ノンフィクションのドキュメンタリーでも泣くほどだ。
それが、いくら身を守るためとはいえ生きている命をこの手で終わらせた。
自らのエゴで、食べるわけでも、利用するわけでもなくただ殺した。
だというのに、俺の心は驚くほど静かだった。
それどころか戦闘中は相手を無力化するたびに、ぷつりと糸が切れたように筋肉が脱力する瞬間を目の当たりにするたびに、ほのかな高揚感すら覚えていた。
どうしてそんな気持ちになったのかと考えて、あの鬼畜ライオンに長いこと殺され続けた鬱憤が八つ当たりした時のように少しだけ晴れたからだと思い至る。
厳密には時が止まった空間であるが、あの長い年月を死に続けたことの弊害がここに出ているようだった。
いくら相手が人に害をなす魔物といえど、自分より小さな存在をいたぶって悦に入るほど倫理観が欠如してしまっていることを漠然と知覚した俺は、しかし今は自己分析よりも優先度の高い問題があるとひとまずそれを棚上げしておくことにした。
剣にこびりついた緑色の血を払った虎は、脇に転がっていた鞘を拾い上げて剣を収める。
その様子に、俺が扱っていたものより大ぶりの剣がひとまずこちらに向けられることはなさそうで安心した。
しかしそう思ったのもつかの間。
「ええと、こんにちは……その、おじゃましてすいません」
何を言っているんだ俺は、と自己嫌悪したが逆に助けてあげましたよ危ないところでしたねと恩着せがましいことを言う気にもなれなかった。
あれだけの勢いで殲滅したこの虎なら、やっぱり俺の助力などなくても自力で切り抜けられたのではないかという思いが、今になって大きくなってきたからだ。
俺より頭一つは大きい虎がじろりと俺を上から下まで睨めつけている。
そうだよな、異世界だと真っ黒な学ランは目立つよな。それもこんな森の中で。
「えーと……はは、その、俺は怪しいものじゃなくて……」
一応小さく諸手を挙げて、敵意がないことをアピールしておく。
身じろいだ俺に虎はネコ科らしい半透明のヒゲをぴくりと動かして反応して見せるが、俺が無抵抗に引きつった笑顔で隙を晒す様を認めるとまだいくらか警戒心の残る顔つきでようやく口を開いた。
「~~、~~~~~~?」
「……えっ?」
どきっとした。
それから、自分の耳を疑った。
いやまさか、そんなはずがない。単に聞き取れなかっただけだろう、俺は反射的に聴覚に意識を集中させる。
そんな俺の反応を見た虎は、眉をひそめるともう一度黒い鼻の乗った口吻を開いた。
「~~~、~~~~~?」
それで、確信した。
嫌な予感が的中した。いや、考えれば当然のことだ。あの鬼畜ライオンと何事もなく、そして神とやらとも問題なく会話できていたから失念していた。
言語体系が違う、ということを。