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ep148.完治

目標:冒険者試験に合格しろ

 一か月の間、エルレイというエーテル術師に看てもらったオルドの腕は、今では完璧に元通りの機能を取り戻していた。

 俺がその治療現場に居合わせることはなかったが、その道のエキスパートでもあるユールラクスによれば腕を過剰に流れた魔力が腕のエーテルを乱し正常に信号が伝わらなくなっていたとのことで、エーテル術でそれを整えることで元通り動くようになるのだという。

 俺がユールラクスの元で研究という名の修行に明け暮れている間、治療を受けていたオルドの腕は一週間ほどで自分の意思で肘を曲げられる程度には回復した。

 しかし完全に助けを必要としない、元通りの生活を取り戻すまではそこから更に日数を要していて、オルドが一人で食事を摂れるようになったのはここ一週間前から、という具合だった。


 早朝は日課のトレーニング、日中はユールラクスと件の鉱石の研究と魔力の修行、夕方はテオドアやオルドに剣を見てもらい、夜はガオリア語の書き取り勉強。

 王城別館でそんな生活を送っていた俺は、部屋こそ豪華だったものの、客人として終始もてなされ続けたというわけではなかった。

 食事は使用人向けのパンとスープ、それに漬け物の野菜といった質素なものが朝晩届けられる程度で、よくオルドと二人で抜け出して焼きたての肉類を買いに行ったりしたものだった。

 掃除や洗濯についても、手回しの洗濯用樽や掃除道具を貸してもらい、自分たちで適宜行っていた。

 唯一王城らしい贅沢といえば、常に湯をかけ流しにした賓客向けの公衆浴場が使い放題だったことくらいで、銭湯のように大きな湯舟をほとんど貸し切り状態で使えるのはありがたかった。


 そのような生活を送っていたので、掃除洗濯は元より風呂の世話や食事の介助までが俺の仕事で、修行ばかりで帰って寝るだけの日々……というわけにはいかなかった。

 これまで行動を共にしていたオルドと顔を合わせるのは風呂や食事のタイミングぐらいで、しかしその時に色々と近況や魔力操作のコツなんかを聞いたりしていた俺はそれに文句を言うつもりもなかった。

 ミオーヌから続いた介護生活は大体一か月程度だが、その間すっかり虎の世話に慣れてしまった俺はオルドが完全に回復した今でもまだその時の癖が抜けきれていないようだった。


 もっとも、オルドも世話されていた身であることを理解しているのか、そこまで強くこちらを非難するつもりはないようだった。俺は急に周囲の目が気になってしまうのを無視して、話題を切り替える。


「いや、でも腕治ってよかったな! 治ってから外にメシ行くのも久しぶりじゃないか?」


 先ほどの自分の所作の理由を誰にともなく説明するような俺の声に、芋をチーズの海で泳がせていた虎は顔を動かさず目だけを向ける。


「そうだな。蓄えはまだあるが、お互い念のため節約してたからなァ」


 オルドは元より、大百足退治の貯金がいくらか残っていた俺は、しかし今後のことを考えるとその全てを王都での滞在費とするわけにはいかなかった。

 宿代は浮いたが、問題は食費だった。支給される使用人向けの食事はぼそぼその固いパンに蒸かした野菜、それに野菜ばかりのスープといった具合で、実に質素なものだ。

 加えて量も平均的で、一日動き回った俺や巨漢の虎が満足できるとは言い難い。しかし、欲望のままに外食を続けていれば今後の冒険が立ち行かなくなるのは必至で、更にオルドの腕が不随であることもあって自然とお互いに食事を制限していたのだった。


 しかし今日は、俺の冒険者試験がようやくひと段落した日だ。それに、オルドの両腕が完治したことも考えれば、その快気祝いにちょっとくらい豪遊しても罰は当たらないだろう……というのが俺たちの共通認識だった。


「あそこのご飯もさ、まずくはないんだけど……一日体を動かした後ってなると、量がなぁ」

「同感だ」


 それに、代り映えなく支給される食事というとどうしても俺は病院食を思い出してしまって、なんとなくいいイメージが持てなかった。

 当然そんなことは誰かに言えるはずもないのだが、ともかく。


「まあそれもこれも、ユールラクスさんさまさまだな! オルドも泊まる宿があってよかったろ?」

「別に俺ァ野宿でもよかったンだがな」


 フン、と悔しそうに鼻を鳴らす虎だが、実際助かったのは事実のはずだ。

 後で知ったことだが、この王都で路上生活を長いこと繰り返しているのが見つかると衛兵に街から追い出されるのだとか。

 それに、冒険者試験のためだけに王都の市壁外で野営する冒険者見習いも少なくなかったそうだ。強がったことを言うオルドは、あの日勇んで俺の前から去っておきながらもふかふかのベッドと温かい風呂の誘惑には勝てなかったのだろう、その日の晩にはばつの悪そうな顔で戻ってきていた。

 それをからかってやりたい気持ちはあるが、実際こうしてチーズフォンデュを突きあえるのはその早い再会のおかげという節もあるので、この場は見逃してやることにした。

 俺はソーセージによく似た肉の腸詰にフォークを刺して、たっぷりのチーズと共に頬張った。皮の中で熱されて蕩けた肉汁がじゅわりと溢れ出して、濃厚なチーズと混ざり合う。

 挽肉類は一様にスパイスを丁寧に使っているのか先ほどの肉団子と似た味わいが感じられて、これもまた美味であった。

 う~ん、と口福に唸る俺をオルドが小さく笑うのがわかって、今度こそ言い訳のために口を開いた。


「いや、こんなたっぷりのチーズ久しぶりに食べるからつい……ハマりそうだ」

「そうかよ、こっちに来るまでは食ってなかったのか?」

「あー……小さい頃は食べてた、けど」


 さらりと尋ねられたオルドの言葉に、言い淀む。

 何でもないことのように聞いてきたそれに、思わず聞き返してしまった。


「……オルドはさ、ほんとに気になんねえの?」


 口の中にジャガイモを頬張っていた虎が、片眉を上げる。その丸い耳がぴくっと動いて、黒い毛並みに覆われた裏側がチラついていた。

 ごくん、と太い喉が上下して、虎が答える。


「何がだ」

「えぇと、その……俺の隠し事の話とか」


 俺が苦しそうにそう告げると、虎はうんざりしたように答える。


「またその話か?」


 オルドが言うように、この話題は初めてじゃなかった。

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