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ep146.闇市の甲冑

目標:冒険者試験に合格しろ

「お前またなンか買うのか?」

「いやあ、ちょっと鞄みたいなのが欲しくてさ。いつまでもあの袋じゃ、ちょっとなぁ」

「便利でいいじゃねェか」

「あー、オルドはその辺気にしなさそうだもんね……」


 この時代に生きる中世の冒険者らしく、虎は大判な麻布をそのまま袋状にして口紐を付けたナップザックみたいな麻袋に荷物を入れて持ち運んでいた。

 初めて出会ったモイリの村で工面してもらってから、俺も似たようなものを使っていたがいい加減持ち運びに便利な鞄か何かが欲しい。

 着替えが入るような大きいものでなくとも、日用品やちょっとした携行に使えるものがあればいいなと思いつつ、俺達は王都の市場通りを歩いていた。


 市場も王都となれば活気がある……と思ったが、道の幅や市場の敷地が広いこと以外にミオーヌの町とあまり変わりはないように思えた。

 まあ物を売っているところにそうそう違いがあるはずもないか、と自分の認識を改めつつ、目的としている革細工商が並ぶ区画まで店先を眺めながらのんびりと歩く。

 今いるのは食料品の区画のようで、果物や葉野菜を並べた青果商のほかに切り落とされた豚の頭や丸鶏が逆さに吊られた肉屋もあって、冷蔵庫もない時代に常温で保存されている肉を買うのはなんだか抵抗があった。


 その他にも旅のお供となるだろう乾物商にも、干した芋や豆、赤黒く乾燥した干し肉を切り出して量り売りする店なども見つけた。

 今度旅に出るときは何件か見回りながら色々買わないか、とオルドに提案しようと思って振り返ったら、美しい女性の青果売りから青々としたリンゴを買ってでれーっとしているところだったので尻尾を引っ張って連れ戻した。

 踏まれた猫みたいな声を上げる虎に、鼻の下を伸ばすのは俺がいないところでやれ、と叱ると不承不承という様子でリンゴにかじりつくオルドを他所に、俺は足を進めた。


 食べ物のエリアを抜けてちらほらと金細工やら革細工が並ぶ屋台が増えてきたが、この時代の鞄や衣服というのは基本的に誰かの使った中古品であることが多い。

 量産する方法が確立されていない時代なので、一つ一つ手作りで作った物を大事にする文化なのは素晴らしいことだと思うが、鞄の底にシミがついてる上に穴が開くまで使った鞄に継ぎ接ぎして穴を塞いだものを俺が使いたいかというのはまた別の問題だった。


 中古に比べて新品はひと回りもふた回りも値段が高く、確かにあれこれとごちゃごちゃものを詰め込んで屋外で扱うものなので多少汚れててもいいというのは同意できるが、かといってもう少しきれいに見えるものがいい。

 もしかしてオルドがださい麻袋を扱っているのはそういう事情があるからかもしれないと思わせるほど、出回っている鞄は古く汚れていた。

 その分値段も安いが、それを持ち歩きたいかと言われると……と物色しつつ、リンゴをかじるオルドを連れて市場を歩く。

 いつしか市場の端の方まで来ていた俺は、路地のように狭くなった横道にも店が続いているのを見つけた。

 そちらに足を向けようとする俺を止めたのは、しゃくしゃくとリンゴを齧るオルドだった。


「おい、そっちはオススメしねェぞ」

「え、なんで?」

「路地にあるような店って時点でわかンだろ、こっちの通りと違って向こうは闇市……所謂、曰くつきの商品ばっかの怪しい店しかねェぞ」


 闇市? と首を傾げる俺にオルドはリンゴの芯なんて関係なしにばりぼりと細くなった青リンゴを口の中で噛み砕いて、咀嚼しながら続ける。


「仕入れ元不明の商品ばっかってことだ。どこぞの山賊から安く買い付けた盗品、あるいは死人からかっぱらった衣服や剣、所属も製作者も知れねェ魔道具……数えあげればキリがねェよ」

「あー……そういうことか」


 てっきり呪いのマジックアイテム、という類の曰くつきの商品を想像した俺は、その話を聞いて久しぶりにこの世界の生々しい死生観に触れた気がした。

 ただの平和な街のマーケット、にしてはあまりにも死が身近すぎるそのギャップには戸惑ってしまうが、確かに死人が着ていたものを身に着けたいとは思えない。

 そういうところのモラルはあるんだなとオルドに目を向けて、そんな店が堂々と存在することに驚きを表す。


「そういうお店も普通にあるんだね……誰かに怒られたりしねえの?」

「王都も広いからな、全部が全部管理されてるわけじゃねェんだろ。それに、出所がわからない安い商品ってだけで実際に非合法なことを証明する手立てはねェしな」

「なにそれ、ただの噂ってこと?」

「曖昧ってだけだ。実際盗品だったとして、それと知らずに仕入れて売っていただけってなれば責めるべきなのは売りつけた側だろ。そういう意味で、大っぴらには取り締まれねえンだと思うぜ」


 なるほどな、と頷く。

 例えばオルドだったら、金目のものは冒険者ギルドや、それ以外にも商会ギルドのミハエリスなんかに伝手があるのでそこで換金することができる。

 ただそうはいかない人々はその辺の商人に売り渡すしかない。縁も故も知らぬ相手から仕入れ元もわからぬ何かを買って商品とする質行為が悪だとは必ずしも言い切れない、ということだろう。


「ま、とは言っても一番の理由はそんな商品でも買いたい、買わざるを得ない客がいるってところだろうよ」

「ふーん……」


 人口も敷地も大きな王都は職に溢れている。しかしどの仕事に就いたとしても新品の衣服や靴をおいそれと購入できるような収入ではないことは俺にもわかっていた。

 そういった低収入の層の受け皿のためにそういった店があるのかもしれない。たとえそれがどのような経緯で並べられたものだとしても、身に着けられるなら気にしないという人は少なくないのだとか。


 華やかな都となれど、その暗部というのは往々にしてあるものだった。

 しかし、そういうアンダーグラウンドな雰囲気が俺は逆に気に入った。山賊相手に取引しているとか盗品を売っているとか、そういうモラル的にアウトな商品を本気で購入するつもりはないが、闇市というアウトローな響きは俺の心に訴えかけてくるものがあった。


 ちょっとだけ見にいこう、ということで渋い顔をするオルドを連れて立ち並ぶ建物の狭い隙間の路地に並ぶ露店を見て回る。


 庇に机があればまだマシなほうで、ひどいところは床に茣蓙を敷いてその上にやけに小ぎれいな衣服や靴、それに剣なんかを置いている。

 闇市、というよりどことなくフリーマーケット感があるなあと思いつつ、どう見ても新品同然の鞄が中古のズタボロの鞄と同じ値段で売られていて少しだけ心が揺らいでしまった。


 その中にあって、他の店と同じように麦藁を編んだ敷物に乱雑に商品を並べた店の前を通る俺は思わず足を止める。


「…………」

「すっげ……なんだこれ、鎧?」


 足元に並べられた矢の束や不自然に傷の多い鋼の胸当て、まだ真新しい背負子や革の鞄などラインナップにまとまりがない店の中で、殊更に異質なのは直立不動で佇む巨大な甲冑だった。

 一瞬、店先に人間が売られているのかと思うほど精巧な甲冑は、少し前を歩く虎と同じくらいのサイズ感がある。

 頭をすっぽり覆うヘルムに、オルドですら入りそうな分厚く幅のある甲冑、指の先を覆う籠手に腿から爪先まで防備する脚甲まで備えていて、今にも動き出しそうな威圧感があった。

 店主の猫獣人は足を止めた俺に細い目をさらに喜ばしそうに細めて猫撫で声を向ける。


「どうぞどうぞ、是非見て行ってくだせぇ。とあるツテから譲り受けた、由緒ある甲冑一式ですよ。もちろん着て動くのも、このまま飾り付けるのも絵になりますよぉ」


 可動域である関節すら隙間をじゃらりとした鎖と湾曲した板金で覆っている辺り、これが実際に着用できるものなのだろうということはすぐにわかった。

 見たところ、板金の表面や兜の側面には絵か、あるいは紋様のような装飾もあしらわれていて、とてもじゃないが量産品の甲冑には見えない意匠が随所にわたって施されていた。


「鎧か……どうせどっかの城からくすねた盗品だろ」


 俺が立ち止まっているのに気付いたオルドが、店主を一瞥しながら俺に言う。

 明らかに聞こえただろうオルドの言葉に、しかし店主はべたついた営業スマイルを崩すことはなかった。

 確かに、この節操のない商品の中で鎧一式は明らかに異質で、矢の束や背負子を必要とする客が甲冑を欲しがるとは思えない。


 それでもなお商品として置いているのは、明らかに店主が持ち込んだというより、誰かが売りに来て買い取ったものをそのまま並べている、というところだろう。

 あるいは、客の目を引き足を止めさせるためのディスプレイ的な意味合いも含まれているのかもしれないが、ともかく。


 いずれにしろ俺にとって、頭まで覆い隠すようなフル甲冑が売られているのは初めて見た。

 ベルン王城にしばらく滞在している際に兜を外した状態でがっしゃがっしゃと動いている兵士の姿をなまじ見たことがあるので、こうしてすっぽりと頭部を覆い直立したまま売り物として並んでいる状態を見ると魂を失った抜け殻のようにも思えてしまう。


「どうぞー、とあるツテから譲り受けた、由緒ある甲冑一式ですよ。是非見て行ってくだせぇ。このまま飾っても絵になりますよぉ」


 フン、とオルドが鼻を鳴らす。

 市場に出回るようなものではないことは誰の目にも明白で、それなのに堂々とどこかの由緒ある甲冑だろうに譲り受けただのと厚顔無恥な売り文句を口にする店主の態度が白々しくて気に食わなかったのだろう。


 この店主さっきから同じことしか言ってないが、そういう決まり文句なのだろうか。と俺は訝しみつつ甲冑の前から立ち去る。

 しかし、その鎧一式に妙な引っ掛かりを覚えて、最後にもう一度振り返る。


「どうぞー、是非見て行ってくだせぇ」

「…………」


 相変わらず同じようなフレーズを繰り返す猫目の店主の傍で、物言わぬ甲冑は変わらずそこに佇み続けていた。

 作り手の意匠が施された板金が美しいからか、それとも俺が初めて甲冑一式を見たからか、どうしても後ろ髪を引かれるような感覚があって、つい気になってしまう。


「…………」


 当然ながら身じろぎ一つしない甲冑を目に焼き付けて、俺はそのまま闇市の見物に戻った。


 その後、少し汚いフリーマーケットという印象を抜け切ることなく闇市を見終えた俺とオルドは、王都を軽くブラついてから食事を摂ることにした。

 しかしフィクションなんかじゃああいうところで思いがけない掘り出し物と出会ったりするんだよな。そう考えたら、また覗きに来てもいいかもしれない。

 無論、それがどういう経緯で店先に並べられているのかは、よく精査しないといけないだろうが。

本日はここまでとなります、次回更新は4/22です!

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