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ep145.もしかしてこれはサブクエスト

目標:冒険者試験に合格しろ

 そんなわけで出来上がった俺の剣は刀身や鍔にも装飾のない無骨なものだったが、柄尻にだけ俺の要望で意匠を凝らしてもらった。

 まるで儀典用の宝剣みたいに手持ち部分の端に嵌め込まれた灰色の玉は、あの錫食い石を丸く切り出し表面がつるっとするまで丹念に磨き上げて球状にしたものだ。

 手で触れている人物の魔力に反応し、吸い上げて体内の魔力を顕在化するその石は魔力の加速器として今は用いられている。マルクは剣の重心を調整するための重石程度にしか思っていないだろうが、未熟な俺が咄嗟に魔法を繰り出せるのはこの石のためである。


 硬化したゴーレムを魔法で斬ったとはいえ、その刃先は魔力をまとわせて問題なかったか、あるいは固い岩肌に触れて傷ついたりしていないかを確かめてもらうためにこうしてマルクを訪ねたというわけだった。


「しかしこのような刃を拵える職人が現れるとは……まだまだ隠居なぞしておれんのう」


 肝心のドワーフはしかし自身の作品よりも他人の作品に興味津々なようで、ひとしきり唸った後も思案顔を崩すことはなかった。

 どうやらそのナイフは老練の鍛冶職人をして目を見張るほどの価値があるようで、ここ最近のマルクは俺以上に俺のナイフに触れている。

 それに文句があるわけではないが、そんなにすごいものなんだと物を知らずに購入した自分を少しだけ恥ずかしく、そして誇らしく感じる思いはあった。


「ワシ無きあとのミオーヌも健在ということじゃのう。うむうむ、負けちゃおれんわい」

「……そんなにその作り手が気になンなら会いに行ったらどうだ? 宮廷お抱えの今なら馬車くらいすぐに用立てられるだろ」

「バカもん、会ってどうする? 職人がおいそれと己の技を他人に教えるはずもなかろう」

「そりゃそうだが……作品ひとつ買ってくるくらいはいいンじゃねぇか。来るたびに毎回コイツのナイフに頬ずりする勢いでかじりつかれるよりはよっぽど健全だと思うぜ」


 いや別に俺はナイフを貸す分には構わないが、と口を挟む余地もなくオルドがそう言うと、マルクはぐっと苦い顔をする。


「そうは言ってものう……ワシ、もう剣は打たない身じゃし……」


 かつてこのドワーフの打ったひと振りを巡って名うての剣士達が争ったという逸話があることは、確か剣を引き取るときに聞いた気がする。

 そんな職人に打ってもらったことを光栄に思うといい、と自信たっぷりに口にしていたこの老爺は、しかし萎んだ様子で弱音を吐いていた。

 いい歳したジジィが何言ってんだ……という顔でオルドが肩を竦めるので、俺が口を挟むことにした。


「あんまり流行ってないみたいでしたし、また今度見かけたら色々聞いておきますよ」

「そこなんじゃよ」


 神妙な顔を向けられて、その追及には思わずたじろいでしまった。


「これほどの刃を作れる職人が何故流行っていないのか? そして何故このワシの耳にも入らんかったのか……惜しいのう、こんなものを打つ職人がいると知っていればむざむざあの工房を手放すこともなかったろうに」


 悔しそうに言うドワーフの横顔は駄々をこねるただの老人のようでもあり、刀剣鍛冶の巨匠に相応しい貫禄があるようでもあった。


「さあ……次の日行ったらいなかったし、あんまり売りに出てないのかも……?」


 不在だったことについて同意を得ようと思ってオルドに目を向けると、「ンなこと流れ者の俺達に聞くんじゃねえよ」と相も変わらず歯に衣着せぬ言い方で正論をぶつけていて、シンプルにこいつはデリカシーがないなと辛辣に思った。


「うぅむ……まあ独りで打っているならそんなこともあるじゃろうが……」

「もういいだろそれは、とにかく研ぐ必要がねえンなら返してもらうぜ」


 オルドが言うと、マルクは渋々という様子で剣とナイフを鞘に納めて、名残惜しそうに俺に差し出す。

 鞘に結ばれた紐を肩にかけて背に渡し、ナイフを腰に佩いて装備を回収した俺にドワーフが自分の髭を手で梳きながら言う。


「ふむ……ところでスーヤ、おぬし試験の結果は出たのか?」

「いえ、まだです。一週間後とかじゃないですかね」

「うむうむ、そうかそうか……」


 マルクは何か言いたげにしていて、それを口にするかどうか悩んでいるようだった。

 まさかまだナイフが見たいのかなと思った俺の期待を裏切って、ドワーフは言う。


「それならば、おぬしが冒険者として受かった暁にはちょっとしたお使いをワシから頼ませてもらおうかのう」

「ジジィ、依頼ならギルドに頼んだほうがいいンじゃねぇか」


 ギルドを間に挟まず、直接冒険者に仕事を依頼するのは組織的にはあまり好ましくはないそうで、意外とそういうところに細かいオルドがぴしゃりとドワーフに口出しする。

 言われたマルクは意外にも鷹揚にそれに笑ってなんでもないことのように返す。


「なぁに、依頼と言うほどでもないただのお使いじゃよ。それにほれ、その剣もタダで打ってやったじゃろう。この巨匠マルクの剣をのう」


 ウッと言葉を詰まらせたのはオルドだった。

 それを言われてしまうと引き下がるほかないオルドはともかく、俺は元より断る理由もなかったのだがなんとなくこのやり取りに既視感を覚えた。


「……なんかこういうこと、前もあったよな……」

「あぁ……」


 ぼそっと呟いた俺にオルドが辟易とした様子で同調する。ドワーフは虎を完全に論破したことに上機嫌そうに髭を揺らして笑って続ける。


「ま、それはそのうちで構わぬよ。暇なときにでもこの老いぼれに顔を見せにきておくれ、そのデカブツは二度と来るんじゃないぞ」

「おう、次に来るときはこいつを真っ二つに折ってきてやるからいい鋼仕入れて待っとけよ」


 オルドは自分の背に渡した大剣を顎で指しながら返す。

 老骨に鞭打って剣を打たせる気満々のオルドの台詞はともすれば老人虐待ともとられかねないものだが、マルクは愉快そうに笑うのみだった。


「それじゃあ、俺達ちょっと市場を見てくるんで。マルクさんありがとうございました」

「おうおう、行っておいで。何かいいものが見つかるといいのう」

「じゃあなジジィ、パン食って喉に詰まらせて死ぬなよ」

「大きなお世話じゃデカブツ!」


 餅ならともかくパンを喉に詰まらせることなんかあるのだろうか、と思いつつ俺達はマルクの鍛冶工房を後にした。

 まだ高い陽が俺達の肌と毛皮を焼き、燦燦と照っている。工房や職人の集まる区画は荷運びの馬車だったり買い付けの商人、それに巡回する兵士達で賑わっていて、なんとも平和な光景だった。


 冒険者として受かったら、世話になった礼も含めてマルクのお使いとやらを聞きに来てもいいかもしれない。

 その依頼とやらはきっとこのナイフの職人に関することだろうが、予想外の魔物と戦わされるようなものでないことは確かなはずだった。

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