ep144.鍛冶職人のドワーフ
目標:冒険者試験に合格しろ
「う~~~む」
まるでこれから打って鍛えるかのように金床に置かれた俺の剣を眺めて、髭もじゃのドワーフは唸っていた。
ドワーフと言ってもそこまで小人じゃなく、背丈が俺の胸ほど、オルドの腹辺りまでしかないその姿はどちらかというと小柄なおじいちゃんという印象で、髪の毛の生える位置を間違えたような長い髭が特徴的だった。
故に、鍛冶職人のドワーフなんてファンタジーそのものじゃないかという俺の感動は、むしろただのおじいちゃんを相手にしているという程度に落ち込んでいた。
「いつまで唸ってンだジジィ、ただ見てるだけじゃねェか」
「やかましい! モノを検めることを甘く見るでないこのデカブツ!」
オルドの年寄り扱いに対して、嚙みつくような勢いでドワーフが太短い腕を振り回して怒鳴る。
確かに顔のシワや白髪混じりの髭なんかは老爺のそれだが、その全身の筋肉は張りがあって若々しく活力に溢れていた。
加齢を感じさせない肉体はハンマーを振るって金属を叩く鍛冶師というに相応しいもので、そんなドワーフの小さな目がちらりと俺に向けられる。
「……コイツで、間違いなく両断したんじゃな?」
問われた俺は、こくりと頷く。
「は、はい。土を固めた巨人で……方魔石? っていうので表面を固めてたんですけど、思いっきり叩きつけたりして……大丈夫そうですか?」
もう一度まじまじと刃先を眺めたドワーフは、たっぷり間を取ってから答える。
「うむ……確かに細かい傷や振るった痕があるにはある。だが、研ぐほどのものではなかろうて」
「ほんですか? よかったぁ」
テオドアにせっかくもらった休日、真っ先に俺とオルドが訪れていたのは王都の中心から外れた職人街だった。
大掛かりな代物はミオーヌで生産しているから、ここで作られているのは貴族や商人、あるいは家庭向けのちょっとした小物類、それに儀典や祭典用の装飾がメインだとオルドは言っていた。
そして俺達が訪ねたこのドワーフも、今でこそ式典用の鎧兜や兵士に与える勲章なんかを作っている職人だったが、過去はミオーヌでも一、二を争う武具職人だったという。
その腕を買われ、お抱えの宮廷鍛冶師としてここ王都に越してきたのが数か月前とのことらしく、俺はほんの一か月前に馴染みの客であるオルドの伝手でこのドワーフを訪ねて知り合ったばかりだった。
「うぅむ、しかし話を聞く限りだと……岩を切るようなものじゃろう。おぬしの魔法とやらは聞き及んでおるが、ここまで変わらぬものか……」
「それは……その、マルクさんの剣の出来がいいからですよ」
なんとなく魔法の話題について後ろ暗い俺は、話題を変えるつもりで謙遜する。
マルクと呼ばれたドワーフは、俺の言葉を聞いて髭まみれの口元に薄く笑みを浮かべた。
「それは当然じゃろうなぁ! なにせこいつはワシが打った最後の一振りにして最高傑作。そこらの量産品とはモノが違うわい!」
研ぐことで元通りの切れ味を保たせるための刀身は幅広で、中心の地金部分に芯が通っているように厚い。振るった感触は重めの金属バットという感じだ。
そんな刀身と合わせて十字を象る剣の鍔はぱっと見は標準的なもので、その柄尻に埋め込まれた石が唯一特徴的だった。
見る人が見ればわかるのだろうが、鍛え上げられた鋼による刃物など包丁ですらそうそう見たことがない俺にとっては何がどう優れているのかは残念ながらわからない。
「ジジィ、俺の時も最後の一振りって言ってなかったか?」
「やかましい! 黙っとれデカブツ! あの時はアレで引退しようと思っとったんじゃ!」
そんなエピソードがあるのか、と思わず苦笑してしまったが、王都に来た時点でマルクにはこれ以上剣を打つ気がないことは俺も聞いていた話だった。
鉱山夫と冶金の町とともに慣れ親しんだ工房を離れて王都に招聘されてきたのは、ただ単に待遇や名誉が目当てというのもあるだろうが、何よりも加齢があってのことだろうというのはオルドの言だった。
鍛冶仕事の中で、刀剣の鍛造は重労働に値する。夏場は鍛冶場全体が茹るほど暑くなる炉の前で金属を焼き、何度も鎚を振るって叩き続けるその仕事は老齢のドワーフには荷が重いのだろう。
そして案の定、俺達が訪ねたときのマルクは取り付く島もなく、いくら旧知のオルドの頼みでももう剣は打たないとゲームのキャラクターみたいなことをずっと言い張っていたのだった。
俺の持っていたナイフを見るまでは。
「しかしのう、幾らワシが傑作を作り上げたとしてもこの刃紋にはいささか届かなんだわ。焼き入れの火が足りんか、時間が短かったか……あるいは両方か。それとも何かワシの知らぬ鋼を使っているのか……」
金床に並べて置いた俺のナイフと剣を見比べながらぶつぶつと言い始めるドワーフは今でこそ刀剣職人としての覇気があるが、最初に訪れたときはなんというか、少し枯れた印象だった。
老いたことを理由にそれまで続けてきた刀剣鍛造の第一線を退かざるを得なくなったその胸中を思えばそれも仕方のないことかもしれない。
界隈では巨匠と称えられるほど鍛え上げた技術を手放すようで、やりきれない思いがあったのだとこの一か月の間に何かの折で話していた気がする。
しかし今では子供みたいな目で俺の持ってきたナイフを見てアレコレと思索に耽っていて、その腕が鋭く鎚を振るって鋼を打つ姿が目に浮かぶようだった。
剣を打つ気はない、と突っ返された俺達は鍛冶工房の前で途方に暮れていた。
それから、その辺で量産品を買うか、あるいはやっぱり使い慣れたこのナイフで戦うしかないかとミオーヌで得体のしれない商人から買ったナイフを取り出した時だった。
血相を変えたマルクにそれを見せてくれ、と言われておとなしくナイフを差し出すと、食い入るように刀身を見つめたマルクは突如として手のひらを返したのだ。
それまで頑なだった態度を変え、剣が欲しいという俺の要望を聞くや否や鍛造に取り掛かる姿に、あるいは鍛冶仕事を拒むキャラクターに対するキーアイテムがこのナイフだった、というゲームのような事態に俺の心が躍ったのは言うまでもない。
それどころか、柄も鍔もついていない未完成の剣を仕上げてやろうと言われてとんとん拍子で剣が手に入ったのはあまりにも都合が良すぎて神とやらの干渉を疑ったものだった。
しかしどうやらこのドワーフは俺の持っていたナイフからインスピレーションを受けたようで、鍛冶仕事と引き換えにナイフを貸し出すことを条件に数週間できっちり仕上げてくれた、という文脈があった。
このナイフの作者や他の作品についてアレコレ聞かれたりもしたが、ふらっと立ち寄っただけの店で買ったので大したことは話せない俺の話に興味深そうに頷く姿が印象的だ。
俺の話をを聞きながらハンマーを振るうドワーフの顔は嬉しそうでもあり、悔しそうでもあり、俺にはわからない職人の世界だなぁなんて思うばかりである。




