ep142.想像を現実と成す
目標:冒険者試験に合格しろ
「想像を現実と成す魔法という技術において……魔法の精度や威力を高めるための方法というのは大きく二つありまあす。それは、魔法そのものがどのように発生するのかというのを描く方法と、魔法が対象にどのような影響を与えるかを細かく想像する方法ですねぇ」
例えば炉を赤々と熱し続ける火を生み出すために、何を火種としてどのように大きく、熱く作り上げるのか想像するのは魔法そのものに対する想像。
そして、生み出された炎の熱がどのように炉を熱するのか、炉の中の石炭をどのように焼き尽くすのかを描くのは魔法が与える影響に目を向けた想像だ。
その二つの間に優劣はなく、術者はこれらを織り交ぜてうまく想像を補強し、魔法を描くことで精度を高めることができるのだという。
「高出力、高威力の魔法を繰り出すときは、魔法そのものを独立して描くより対象に与える被害や影響を想像する手法が好まれたりしていますねぇ。それがどのようなものなのか想像しやすくなるように、詠唱をしたりする人もいます」
「詠唱って……あの詠唱?」
意外そうにする俺に、ユールラクスはどの詠唱のことかはわかりませんが、と前置きしながら頷いてくれた。
詠唱は術者のルーティーンのような意味合いもあり、自分がこれから放つ魔法を前以って口に出すことで、ただ頭でイメージを繋ぐだけよりも集中力を注げて雑念が入りにくいなどの利点もあるのだと言う。
ああいうのってただの演出じゃないんだな、と感心する俺に銀髪を揺らすエルフが続ける。
「それで、スーヤさんの魔法はお話を聞く限り……後者の方を、相手をどのように切り裂いて影響を与えるかを想像したものですね?」
刃そのものを鋭利にする、という想像だけでも切れ味自体はよくなるだろうが、俺が再現したかったのはあのとき百足の足を軽々刎ね飛ばしたような全能感だ。
これを自在に扱えるようにするために、魔法で風の刃を作り上げたことのあるオルドにアドバイスを聞いた俺は、剣で相手の体を裂く感触やその切った後の断面や結果を想像し補強する手法を採っていた。
頷く俺に、ユールラクスは「せっかく学んでいただいたんですけど」と少しだけ苦い顔で語る。
「それならなおさら、奥の手という扱いにしたほうが良いかもしれませんねえ。魔術というのは出しておくだけで得をするものではないですし、魔法を行使したとして必ずしも想像した結果になるわけではないのですから」
確かに何でも斬れるようにとは想像しつつ、その正体は切れ味の向上というだけなので実態に万物を断ち切れるわけではないだろうというのは俺にもわかる。
ただ、出しておくだけで得をするわけじゃないというのがどういうことかわからなかった。
アニメやゲームじゃないのだから必殺技を温存する必要もないはずだ、特に俺のこれは切れなかったとしても剣が弾かれるだけで損をするものではないのだ、とりあえず使っておいても問題ないんじゃないか。
そう考えて疑問符を浮かべる俺に説明してくれたユールラクスの話を聞いて、即座に考えを改めた。
その話の内容は、繰り出した魔法の結果次第で自分の抱くイメージが崩れた時、二度とその魔法が扱えなくなるリスクがある、というものだったからだ。
「頭の中で想像した魔術が、現実の自然現象に負けて立ち消えてしまう。あるいは、想像通りに行かなくて失敗してしまう。大体そのようなことをきっかけにして実現できそうにないと感じると、それまで普通にできていた魔法がぱったりと扱えなくなってしまうんですねえ。思い込みを現実にするからこそ、無理だと頭で理解してしまったものを再び心から思い込むのは難しくって……魔術師の間ではこれを想像の乖離なんて呼んでたりもしますねえ」
それまでできていなかったことがあるきっかけでスムーズに行えなくなる、という話にはイップスのようだなと思った。
病気が発症したばかりの幼いころは、思い通りに手足が動かなくなる理由を片っ端から調べててその単語に行き当たったことがあった。
もっとも俺の場合は精神的なものではなく完全に肉体的なものだったが、さておき。
操る炎が突風にかき消されてしまったとき、じゃあ今度は風をも飲み込んで燃え盛る炎を作ろうと思っても、頭の中を過ぎるのはまた風に消されるのでは、という失敗だ。
同じように、ただ漠然と何でも切れるようになどと中途半端な想像力で振るった剣が何度も弾かれたとして。
その光景を目の当たりにしてなお、俺は本当に相手を切断するイメージを保つことができるのかというのは怪しいところだった。
「この状況に陥らないために、我々魔術師達は様々な想像力で己の魔術の過程を描き続けて、より盤石に、あるいは強力な想像へと高めていく鍛錬を日々積み重ねていくんですねぇ」
魔法とは想像、思い込みを現実と成す力だ。それは無限の力でもあり、一度崩れてしまえば立て直しの利かない力でもある。
特に俺はまだ魔法を使い始めて日が浅い。想像したとおりにモノを斬る魔法、と言えば聞こえはいいが、そのために想像する内容がほとんど画一的なことが問題だった。
日本で見た漫画のように、剣に己の魔力を纏わせる。そして、刃を立てた対象にどのように剣が入って、その断面がどうなるのかを思い描く。
たったそれだけの過程しかない俺の魔法を前に、じゃあ他の想像をして同じ結果に至ってみようと思ってもパッと善後案が出るようなことはなくて。
それがわかっているからか、ユールラクスも窘めるように言う。
「ですのでスーヤさんも魔法を覚えたからと無暗に振るうのではなく、これからも研鑽しつつ、ここぞというときにだけ使ってもらいたいんですねぇ。せっかく僕と作り上げたのに申し訳ないんですが、すぐに使えなくなってしまうのもイヤですからねぇ」
また訓練が続くのか、と思いこそすれど、気落ちすることはなかった。
悪化するだけの病を前に行うリハビリより成果を感じられる上に、死ぬ危険も、殺される恐ろしさもないまま強くなれる魔法の鍛錬は実に俺向きのように思えたからだ。
しかし、訓練の方法については思いつかなくて顔を曇らせた俺に、ユールラクスが胸を張って言う。
「大丈夫ですよぉ、僕もそれくらいお手伝いしますから。魔術の同胞の面倒を見るのも先達としての役目ですからねぇ」
それから再び俺の魔法を描く想像について確認し、いくつか魔法についての決まり事や習わしなどを学んだ俺は、ユールラクスに言われたことを参考に魔法を扱う上でのルールを三つほど設けたのだった。




