ep139.試験終了の種明かし
目標:冒険者試験に合格しろ
なぜ倒れ伏している二人を襲わないのか、というのが最初の疑問だったという。
魔石や魔術を用いた機構に馴染みのあったゼレルモは、土巨人が半自動操縦型の操り人形であることはなんとなくわかっていたことだ。
それに加えて、こちらの出方によってころころと対応と戦法を変えていたことや、足元のスーヤではなくわざわざ遠くのサラや自分を狙ったことがそう思わせるきっかけだったそうで。
「自動で動く操り人形にはな、優先順位を決めていくつか命令を仕込むことができる。それを踏まえると、アイツには術者の近くにいる敵を攻撃しろ、攻撃してきた敵に反撃しろ、って具合に吹き込まれてたんじゃねェかな」
その場に座り込んだサラがバルゴの持っていた傷薬を顔の傷に塗り込むのを見ながら、スーヤはその話を聞いていた。
ロボットのプログラムのようなものか、と現代日本の知識に落とし込みながらゼレルモの話に耳を傾けていると、ビエーゼがゆっくりと頷いて答える。
「せ、正解だ。げ、厳密には、動いている敵を狙え、とか色々組んであったんだけど……た、戦い方を指示してたのは、僕だ」
それを受けて、少し得意げにゼレルモが鼻を鳴らす。しかし、それがなんでビエーゼの仕業だと気づいたのかというと、身も蓋もないただの消去法だった。
「受験者に紛れ込んでるとしても、いくら味方として主張するためとはいえもわざわざ本気の大火力で自分の人形を燃やす術者はいねえ、ってことでそこのアホな嬢ちゃんは外れた。同じ理由で、妙な剣を操るそこの異国の坊主も同じだ」
粗野な語り口は慣れっこであるスーヤと違って、ワケありとはいえ貴族の出自であるサラはその言葉に「まあ!」と心外そうに口を尖らせる。
それを意に介さず、ハイエナの男はスーヤに寄りかかるように肩を借りつつ、片手でサラから傷薬を受け取るバルゴに向き直る。意識が戻ったとはいえ、まだ視界がぐらついているようで大男の足取りは不確かだった。
「となると真っ先に伸びてた二人が候補だが、おっさんは本気で伸びてたからその線はないだろうと見た」
自分より小柄なハイエナにそう言われて、あちこちに傷薬が必要な擦り傷を作った大男はばつが悪そうに背中を丸める。
己の不甲斐なさを恥じているようだが、咄嗟に他人を庇ったあの行動を責める者はこの場にはいなかった。
「だったら、残るは吹っ飛ばされた後でまだ意識があったアンタってことになる」
そう言われれば確かに単純な話で、戦闘から離脱した人物の中に術者がいたというのは気づく人ならすぐに気づきそうなギミックだ。
しかし、自分に一度でもそんな考えがあっただろうか。スーヤが大男の体重に耐えながら内省をする一方で、それに、とゼレルモが付け足す。
「後から湧いてきた雑魚達は、一見無作為に見えてアンタを中心にした位置に出現していた。そう考えれば、足元をちょろちょろしていたあの坊主より、アンタに近かった嬢ちゃんや俺を狙ってきたのも含めて、術者を守るための命令だったって考えるのが自然だろうよ」
へー、とスーヤとサラが揃って感心した。そんなこと微塵も気づかなかった、と言わんばかりの二人の顔に、ゼレルモは勝ち誇った顔を返す。
ずっと意識を失っていたバルゴは何が何やらという顔でその高説を聞いていたが、ふと思いついたように割り込んだ。
「……すまん、まだ何が何だかわからないのだが……どうして、この中に術者がいるって思ったんだ?」
その指摘はもっともだった。
ゼレルモの言説は全てこの五人の中に土人形を操る術者がいるというのを前提としていて、もしかしたらこの練兵場のどこかにいるかもしれないという可能性を最初から排しているのが気になるところだった。
ハイエナは逆に驚いたように小さく目を見開いて言う。
「おい、逆に気づかなかったのか? お前ら」
一同が、ビエーゼ以外の三人が首を振るのを見て、ゼレルモがやれやれという様子で語り出す。
「最初にあの熊が言ってただろうが、見つけ出して退けろって。軽く探ったがこの練兵場にゃァ俺ら以外の人間がいないことは確認済みだ、となるとこの中にいるって思うのが自然だろうが。……ちょっとくらい考えなかったのか?」
いやまったく、という様子で首を振るサラの次にスーヤに目を向けたゼレルモは、目を逸らした黒髪の青年に「おいおい……」と呆れた。
「どこかに隠れているかもしれないとは思いませんでしたの?」
「ふん、原人サマにゃ難しいだろうがこの場に俺ら以外がいねぇことはニオイでわかったさ。その上で疑いを持って見てみれば誰だってわかることだ」
言外で気づかなかった二人をしっかり見下してハイエナが悪辣に言い放つ。
スーヤが土人形の足元に切り込んだ時や、ぎりぎりまで弓矢の援護がなかったのはあの爆発する矢を温存していたからだと思っていた。
しかしゼレルモは、土人形を操る術者が近くにいるという確信を持って、隠れている六人目がいないかどうかを探していたのだ。高鼻を使ったり、周囲を見回していたのはそのためか、とスーヤは戦闘中のハイエナの様子を思い出して合点がいった。
どこぞの虎にこの程度の軽口なら言われなれているので、なるほどと受け流すスーヤはともかく、意外にもこれにはサラも素直に「なるほどですわね……」なんて言って神妙に頷く。
てっきり反発されると思っていたのかハイエナは二人の反応につまらなさそうにフンと鼻を鳴らす姿が、スーヤにはなんとなく知り合いとダブって見えた。
それから、そこまで聞いたビエーゼが満足そうに頷く。先程までの頼りない村男という様子ではなく、もうすっかり試験官という面構えだった。
「う、うん……そこまでわかっているのなら、問題ないね。き、キミたちも……覚えておくといい」
ビエーゼは相変わらずゆっくりと、しかしはっきりとした口調で語る。その言葉は、この世界で生きてきたこの試験官からの教訓のように聞こえた。
「こ……今後も、キミたちが冒険者を目指して生きていくのなら……き、きっと誰かと行動を共にすることも増えてくるだろう。そ、そんな時こそ、常に周囲に気を配り……目の前の人を疑ってかかってほしい」
ぐるりと並んだ顔を見渡して、ビエーゼは続ける。
「で、でも、だからと言って、排他的になりすぎてもダメだ。あ、怪しいと思った者にこそ手を貸し、腹を割って語り合う。危険を冒してこその冒険者が、誰かを信頼する心を恐れちゃいけないよ」
相変わらず無愛想なハイエナは、欠伸でもしそうな表情でそれを聞いている。
壊れた魔筒を抱えた女は、その言葉をいまいち理解できたのか曖昧な様子で首を傾げていた。
どことなく沈んだ様子の大男は、何もせず終わってしまったことを悔いるように項垂れていて。
そして、黒髪の青年は……目を輝かせながら力強く、そして素直に頷いていた。




