ep13.なんとかなった戦闘終了
目標更新:森を抜けろ→敵を殲滅しろ
頭の中でこねくり回した思考を投げ捨てる。体に染みついた教えが、俺の足を動かす。
死んで覚えた教訓が、相手の隙を見逃すなと鳴り響く。
小鬼どもの剝き出しの殺意に呼応するように、俺の頭の中が真っ赤な殺意でいっぱいになって。
どくどくと血が騒いで、無意味に手足に力がこもった。
鎖で縛られたように重たかった足で地面を蹴飛ばして、ざっと茂みから飛び出した俺は一歩、また一歩と低く跳ぶように加速して駆ける。
土を蹴るゴム底の靴は、早くも俺の足に馴染んでいるように感じられた。
「やめろぉぉおおッ!」
人が雄叫びをあげるのは、尻込んでしまう己を奮い立たせるためだと知った。
声と殺気に驚いたのか人間臭くびくりと肩を跳ねさせたゴブリンは、中途半端に引き絞っていた弦を手放してしまう。
つがえていた矢があらぬ方向へ飛んでいって、声に振り返ったゴブリンの異様に黒目の小さい瞳が俺を捉える。
それでも肉薄する俺は何か行動を起こされる前に、だんっ、と踏み切った。
気分はまるきり、日曜朝十時の特撮番組だった。
「どらァッ!」
ごしゃ、と足先から発泡スチロールでも踏み抜いたような衝撃が伝わってくる。
俺の足裏は無防備なゴブリンの顔面を捉えると、走った慣性の勢いのまま押しつけるようにその後頭部をすぐ傍の木の幹に叩きつけ、容易く押し潰した。
緑色の血がゴブリンの鼻や眼孔だったところから飛び散って、モンスターらしい血の色だなとだけ感想を抱く。
俺というイレギュラーの乱入に気がついた虎は咄嗟に俺に殺気を向けるが、闖入者が新手のモンスターとは程遠い人間であることに一瞬だけ目を丸くして、弓を持ったまま倒れるゴブリンをこの男が倒したのだとわかるとすぐに警戒を緩めたようだった。
虎の背後を取ろうと包囲していたゴブリンが、現れた俺と虎を見比べたのちに俺に向かって駆けてくる。
ゲゲゲ、と奇妙な笑いを浮かべている緑の小人は、どうやら武器を持たない俺のほうが危険度が低いと判断したらしい。
だからこそ、叩くならその油断だった。蹴り足を下ろした俺は正面から向かってくるゴブリンを落ち着いて観察する。
手には石器を括り付けた斧、服は布切れ一枚、顔にはにやけた表情。
原始的な欲求しか感じない、本能に生きる下卑た顔だった。
ところでこのゴブリンどもは自分達より体格で勝る相手にどのように勝つ算段だったのか。
是非とも聞いてみたいところだが、残念なことに、鋭い牙を獣のように剥き出して威嚇してくる様からは対話する術を持っているようには見えなかった。
相手に構える余裕を与えず、向かってくるゴブリン目がけてこちらも駆け出す。
素手の相手が打って出てくるとは思わなかったらしい小鬼は、虚を突かれた様子で咄嗟に武器を構えて手足を縮めて防御姿勢を取った。
俺はその胴体を、不格好に膨れた腹を思い切り蹴飛ばした。
「ギィッ!!」
軋むような悲鳴を上げて、小さな体が吹っ飛ぶ。
このワンシーンだけ切り取ったらまるきり児童虐待の現行犯だな、と思った。
ごろごろと転がる体。数メートルほど離れてうつ伏せに倒れるゴブリンが地面に手を突いてハッと顔を上げる。
わかっている。
相手を完全に殺すまで気を抜くな、だろ。
蹴っ飛ばすと同時に走って追いついた俺は、寝っ転がって俺を見上げている頭目掛けてサッカー選手よろしく足を振りぬいた。
「飛んッでけぇ!!」
「ぷギッ……!」
小さい頭は存外頑丈な筋肉に助けられて吹っ飛んでいくようなことはなかったが、俺の足先に伝わってきた頭蓋と頸椎を砕く感触はゴールネットを揺らすのと同じような高揚を俺にもたらした。
しかし戦闘の興奮に酔いしれる暇はない、すぐさま周囲に目を光らせる。
虎の方から離れて俺に向かってきたのは他に三匹いたが、残った二匹は素手と見くびっていた相手に同胞が容赦なく蹴りつぶされて警戒度を引き上げたらしく、及び腰になっているようだった。
機先は制した。これ以上無暗に突っ込むのは危険だろう。
しっかりとした武術を学んだわけではないが、相手の攻撃が当たりづらくなるよう半身で構えて重心を左右に揺らして肉弾戦の構えを取った。
しかしそうこうしているうちに。
「グルァァァァアアッ!!」
びりびりと大地を揺るがすような雄叫びがすぐそこで聞こえて、ちらりと視線を送れば薄くなった包囲網を片っ端から虎男が叩き潰しているところだった。
女の子を背後に庇ったまま、相手の包囲が手薄になったと見て攻勢に出た虎は俺が見立てた通り鬼神のごとき強さを発揮し、舞うように外套をはためかせて次々と敵を屠っていく。
ついに最後の一匹になった。
虎と相対するゴブリンは後ずさりして、そのまま背中を向けて犬のように駆けて森へ走り去っていった。俺と向かい合って二匹も、それを見て互いに顔を見合わせるとすぐ横の茂みに飛び込み四つ足で森の中を逃げて行った。
周囲から危険が去ったことを確認して、俺はようやく構えを解いて握りしめていた拳を緩める。
戦闘終了、というところだった。