ep137.再燃
目標:冒険者試験に合格しろ
中途半端に巨人の足が浮いたことで視界が開けた先に一歩踏み出す。
頭上から短くなった足に押しつぶされることがないように駆け足でそこを通り抜けると、両足共に切断するべく横たわったままの白い大木まで突き進んだ。
その傍まで肉薄して、健在であるその足目掛けて再度剣を振り上げる。今度はふくらはぎくらい、膝下の大半を奪うべく狙いをつけて。
「ふんッ……!!」
一閃。
上段から弧を描いて袈裟に切り付けられた土人形の脚は、しかしスーヤの剣で切断するには太すぎたようで、ざっくりと深い切れ込みが入ったまま中途半端に繋がりを残していた。
切断面が綺麗すぎるから、もしかしたらそのままくっついて再生されてしまうかもと危ぶんだスーヤは、さらに一歩踏み込む。
自ら切り開いた土人形の脚の切れ間へ身を割り込ませると、同じ軌跡を辿るように下から切り上げた。
ひゅんっ、と土を切り飛ばして、ずずんと重たいものが地面に落ちる。両足を歪に失った土巨人は、立つに立てずにその場で両手をバタつかせて抵抗していた。
そしてその拳は、自分の膝の傍で剣を振り終えたばかりのスーヤに向けられた。どすん、と地鳴りがして、再び土煙が舞い上がる。
しかし次の瞬間には、土人形が持ち上げた腕は手首から先が失われていて、握りしめたままの土の拳がごろりと転がっていた。
振り下ろされた拳槌を紙一重で避けていたスーヤは、飛燕の如き早業で身を翻すとそのまま大木のような手首を切り落としてみせる。
びりびりと指先に痺れを感じながら、しかしスーヤは素早く周囲を見渡してから駆け出す。
横たわったままの土巨人の丸い太腿に両手をかけてぐっと登頂してそのまま体の上に乗り上げると、今し方切り落とした拳の手首に飛び移った。
時の流れの止まった空間で長い間実戦と体力トレーニングを繰り返したスーヤの運動能力はこの一か月間で更なる磨きをかけた結果、本人でも驚くことにアクションゲームの主人公に負けず劣らずのパフォーマンスを発揮する。
岩石の塊のように転がっている手首から呆然としている腕を目掛けて跳ぶと、そのままだだっと駆け上った。
急な坂になっている二の腕から肩にかけては手も使って自身を持ち上げて、スーヤはあっという間に尻餅をついたままの巨人の肩に登り詰める。
ふぅ、と小さく息を整えてから、足場が揺れない内に剣を構える。血液を長いこと止めていたように痺れ始めた指先の感覚を確かめながら握力を強めた。
「これで、ラストっ……!」
柄が折れるのではというほど力強く握りしめた剣に、体内の熱がぐんぐんと吸われていくように思える。
その熱が見えないエネルギーとなって刃先を覆うのをイメージしたまま、スーヤは一歩踏み込んで居合のように横に薙いた一撃を放った。
刃はついぞ何かに弾かれることはなく、すっぱりと振り抜かれる。土人形の白い首に、黒い線が走った。
何をしたのかと土人形が肩に乗った黒髪の青年に顔を向けようと首を巡らせたその瞬間だ。
深い切れ込みの入った首を無理にひねったことで、頭部の自重に耐え切れず回る勢いのままびきびきと表面に亀裂が入る。
起き上がって肩に乗った青年を振りほどこうと頭を揺らしたのがきっかけになって、そのままぐらりと傾いた土人形の首が白化した外殻の破片を飛ばして地に落ちていった。
今日何度目かわからぬ振動は地面に直接座り込んでいる土人形の胴体をも揺らした。スーヤも慌てて肩から飛び降りて、座ったまま中途半端に身を起こしている土人形の胸や胴体を滑るように下るとそのまま太腿から地面に降り立つ。
振り向きながらバックステップして数歩距離を取って、そのまま肩で息をしながらその場にしゃがみ込んだ。
後は任せた、と声なく呟く青年と入れ替わるように、土の巨人に向かう灰色の影があった。
「……なるほど、方魔石を外側だけに纏っていたのですね。それなら打撃を加える時にも自壊せず、人形らしい動きの柔軟さも見込める……といったところでしょう」
十分近づいたサラが、「ですが」と続ける。
壊れてしまったという着火機構を備えた魔筒を脇に転がしたままのサラが持っているのは、スーヤから受け取った黒い火起こし棒だった。
「内部が土のままだというならむしろ好都合ですわ。これ以上再生なさらないよう、念入りに溶かして差し上げましょう」
表面が少し削れて鈍い銀色を覗かせている金属棒と、セットで繋がっている摩擦用のナイフをそれぞれ両手に持ったまま立ち止まる。
そこまで込み入った道具ではないし、使い方もある程度教えたので問題はないはず。
問題があるとすれば、割りばしサイズの長さしかない金属棒で立てた火花で本当にこの巨大な人形を焼却できるのか、という点だったが。
風に乗ったサラの呟きが、よろりと立ち上がったスーヤの耳に届く。
「原初の炎、眩惑の光、火竜の息吹。鉄をも溶かす炉の熱を、肉をも焦がす灼熱を。其は業火、我は火の源。食らい、肥大し、我が求むる赫灼の炎をここに成せ。……焼き尽くして差し上げなさい、ドロッドロにね!!」
言いながら、説明した通りに握った小ぶりのナイフで火打ち棒をマッチのようにバチバチと削る。
すごい、まさか本物の魔法の詠唱か、と感動するスーヤはフルマラソンを終えた後のように重たい手足を抱えたままそれを見ていた。
イメージを現実と成す魔法において、詠唱行為は自分のイメージを補完する立派な技術の一つであるとユールラクスから聞いたことがあった。
この技術には、声に出すことで想像を成す間に雑念が入らないことや、詠唱による魔法の成功率が高いほどルーティンとしての価値も上がるというメリットがある。
規模の大きな魔法や想像の及ばない魔法を扱うときの補助として扱うと聞いていた俺は、アニメやゲームのあれは演出なんかじゃなかったんだなぁと少しだけ感動したのを覚えている。
そして今、実際にその実物を目の当たりにして……思わず、半歩後ずさった。
サラの手元で弾ける火花は、超自然的に空気を飲んで肥大化し、膨れ上がって炎の波を形作る。
バチッと飛んだ火花が、まるで目に見えない燃料に引火したようだった。その場で空気を燃焼して燃え盛り、力なく垂れ下がる幕のように広がって目の前の無機物の塊を覆いつくす。
日中だというのに炎の明かりがさらに周囲を照らし出して、熱まで伝わってくるようだった。
「オーッホッホッホ! ドロドロのジャムになってしまいなさい!!」
高らかに笑うサラの眼前で、首と四肢を落とされた土人形が炎に包まれる。
もがくように手足をばたつかせるが、炎から抜け出す間もなくその指先から表面を覆う白い外殻が早々に溶けていく。
炎の熱は想像以上に高いらしく、液状になった鉱物がマグマのように地面をぶすぶすと焦がしていた。
それだけでなく、その体を構成する土もみるみるうちに炭化してはぐずぐずに崩れていくのは砂の城が自壊するのを見ているようで、この炎がある限り再起はできないだろうとその場の全員に思わせるのに十分な火力である。
わかっていたつもりだが、何もない状態でこれだけの炎を、と思うと俺は強すぎる魔法が脅威と見なされるのも仕方ないように思えた。
炎に巻かれた首のない土人形の胴体が、身じろぎながら前に倒れるように崩れていくのが見える。
これで終わったか、と思ったスーヤは周囲の地面がもこもこと隆起し始めたの見て目を見開いた。
「ッ、まだ出てくるのか……!」
今度は一般的な人類のサイズを象った土人形が、二体、三体と地面から生え出ていた。
まるで植物が育つ様子を高速再生しているような速度でそこに現れた土人形は、炎に夢中になっているサラの背中目掛けて覚束ない足取りで迫る。
「オホホホ……ッほ?」
サラがようやくそれに気づいたときには、すでにその手は背後まで迫っていた。




