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ep136.デジャビュ

目標:冒険者試験に合格しろ

 剣を携えたまま、慎重に間合いを測るスーヤに白化した土人形はいち早く手を打ってきた。


 全身を鎧のように固めた今ならばまともな反撃を食らうことがないとわかっているからこその、大ぶりな腕の一撃。

 振り下ろされる拳鎚を受け止めようとすれば一瞬で潰れて死に至るだろうというのはよくわかった。


 そんな殺意に満ちた質量が自分に向けられていると感じるスーヤは、全身の感覚がざわざわと落ち着かなく騒ぎ出すのを堪えたまま、横に飛んで避ける。

 どすん、と地面を揺らす一撃が空振りをすると、土人形はまるで駄々をこねるようにスーヤを狙って次々に地面を叩いていく。


 前もこんな感じで避け続ける戦いがあったなと既視感を覚えながら、スーヤは軽やかな足運びで横に、時に間合いの外に逃げてその全てを躱し切る。

 業を煮やした土人形は、避けられぬくらい素早い一撃を繰り出そうとしているのか、立ち上がったまま片足を浮かせた。

 まるでフリーキックに臨むサッカー選手のように足を振りかぶって片足立ちになると、その殺意がぞくぞくとスーヤの肌を粟立たせる。


 殺される。

 こんな質量に思いきり蹴飛ばされれば、その場で弾けた水風船のようにバラバラになってしまうだろう。

 防御姿勢など圧倒的な暴力の前には意味を成さない。受け止めたとしても、その圧力に全身の骨が耐えられるとは思えなかった。


 判断を違えれば、死ぬのは自分だ。それは恐ろしいことで、生きるか死ぬかという瀬戸際の命の駆け引きなんてうんざりしていたはずだ。

 盤上にベットした自分の命が死のリスクに晒さていることを実感すると、緊張に手足が強張るが、不思議と不快感はなかった。

 むしろ、相手を出し抜いて逆に討ち取ってやろうという闘争心がめらめらと滾るのを感じる。鼓動が熱く、剣を握る手が燃えるように熱を発しているのに頭はどこか一線引いて冷えたまま冴えていた。


 土巨人が十分に片足を浮かせるのを見て、スーヤは剣を掲げて合図を送る。


「今! 撃って!」


 ひゅん、と風切り音がスーヤの耳を撫でたのは言い終わるのと殆ど同時だった。


 横に抜けて待機していたゼレルモが、鏃が赤熱した矢を放ったのだ。

 土人形にしてみたら、ハイエナの最高火力である爆裂矢を無傷で受け止めたのだから今更そんなものを撃ち込まれてもなんの脅威でもないのだろう。


 虎の子の最後の一矢は、しかし狙いを逸れて防御姿勢すら取らない土人形の足元に着弾する。硬化していない、剝き出しの土の地面にざくりと突き立った。

 瞬間、閃光と共に爆風が膨れ上がって、地面が抉れて弾け飛ぶ。


 巨人は自分の足場どころか軸足自体にも衝撃を受けて、もうもうと立ち込める土煙の中を派手にすっ転んだ。

 辺り一帯が揺らぐような振動を響かせて尻もちを突くと、足元をすくわれた人間臭い動きでゆっくりと起き上がろうとする。


 そして。

 土煙の中、差し出すように伸びた土人形の足の傍らに剣を構えて佇む黒い影があった。


 頭にあったのは、いつだったか尋ねた時の記憶。

 それはこの一か月、訓練を経て自分が扱う魔法の種類の方向性が固まってきた頃の話だ。


 魔法をイメージするという工程がいまいちピンと来なくて、どのようにして大百足を切断するような刃をイメージしたのか、と問うたことがあった。

 問われた男は……オルドリウスは、いつも通りのニコリともしない仏頂面で答える。


『俺がよく想像すンのは……相手の断面だな』

『断面?』

『ああ、断面っつぅか、切った後の結果だな』


 動物のマズルで器用に言葉を操って、虎は語る。

 外殻がどれだけ硬くても関係ない。それをすっぱり両断した後の切断面はどうなっているのか。断面には、その中身には何が詰まっているのか。

 堅牢な外殻を叩き切って砕いたのなら断面は食いちぎったように汚いが、刃物ですっぱりと切断したのなら美しく断ち切っているはず。

 自分の振るう魔法が相手に影響を及ぼした結果を鮮明に想像することが、それを現実に引き起こすための魔法を強固にする。


『その結果さえうまく想像できンなら、刃は……斬るっつぅ行為は、その過程を繋ぐだけの行為でしかねェ』


 そう語るオルドの言葉は、その時はピンと来なかったが今ならわかるような気がする。


 人に向かって殺意を向けていたこの足をぶった切る。

 そのために考えるのは、切った後の結果、この土人形が足首から先を刎ね飛ばされた姿だった。


 振り上げた剣の柄をしっかりと握る。柄尻に暗い色の石が嵌め込まれた剣と自分の腕が一つになったような感覚を思い出す。

 命の奪い合いで高揚したことは事実だ。そのせいで体の中で燻る熱が、手足に移りじんわりと剣に伝わっていく姿をイメージする。


 心臓から手、手から剣のヒルトへ、そして刃先へと満ちていく。

 端的に言ってしまえばそれは思い込みでしかない。目に見えない怪しい力がそれでも盲目的に存在すると信じる行為は馬鹿げていると言える。

 だが、それでも。


 魔法は確かに実在した。

 そしてそれは、ついに俺のものになった。


「はッ……ああぁッ!!」


 スーヤが振り上げた剣を一気に振り下ろす。この瞬間、先程のように剣が硬く弾かれるイメージはなかった。


 すっ、とまるで豆腐でも切るかのように刃が侵入して、思い切り振りぬいた刃がその足首を断ち切っていく。

 立ち上がろうとして中途半端に足を持ち上げた土人形は、自分の足首から先がずずんとその場に重々しく転がったことに驚いているようだった。

 切り離された土人形の足首の断面は、慎重につなぎ合わせればそのままくっつきそうなほど美しい。その様子に、遠くで見守っていたゼレルモが驚きに目を瞠る。


 見れば、どうやら白い鉱石が覆っているのは表面だけで、内部は変わらず土塊が詰まっているようだった。

 外殻のように表面を覆うその断面を見て、スーヤの脳裏に再び記憶が蘇る。

 そういえば、あの時の百足も同じく硬いのは外側だけだったな、と思うと、剣を握る手に更に力がこもる。

 一度斬ったことがある、と脳が正しく認識する。それだけで、頭の中のイメージが揺らぐことはなさそうだった。

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