ep134.再生
目標：冒険者試験に合格しろ
炎を放つのを切り上げたサラの身を襲い、びしびしと肩や腕を打つ礫の中で一際大きな塊が飛来する。
がつん、と女の魔筒にぶつかって砕けた勢いを殺しきれず、ついには後ろに尻餅を突くように倒されてしまう。
しかし、それだけではなかった。土人形は礫を放った後に再び己の頭部を毟り取ると、まるで同じシーンを再生するように腕を振り上げていた。
もう一度放つつもりというのは目に見えて明らかだった。そしてその狙いは、まだ体勢を崩したままのサラに向けられている。
スーヤはすかさず切り込んでしゃがんだままの腰に一撃をくれてやるが、ちょっとした山のように大きな巨体に切り傷一つ入れたところで何かが変わるわけでもなかった。
しかもご丁寧に、もう片方の空いている手が脇にいるスーヤを払うようにぶんぶんと振るわれるので、相手の気を逸らすほどの一撃は咄嗟に繰り出せそうにない。
倒れ伏した二人を庇うように立つサラは巨人から一番距離が遠いはずなのに、わざわざ追い討ちするつもりかとスーヤは歯噛みした。
あるいは正面に立っているから標的になっているのかもしれない。ゲームだとこういう時、ヘイトを取ったりタゲを自分に向けるべく攻撃するものだが、生半可な攻撃じゃ通用しない上に生意気にもしっかり自衛している辺りが憎たらしかった。
ぶぅん、と自分のいた場所を払うように土人形の手が動く。スーヤはその背中側の安全地帯に入りながら距離を取って、それに気が付いた。
「っ、頭が……？！」
土人形の頭部は腕を再生したときのようにぼこぼこと首から盛り上がって新たに形を作っていて、自らをむしり取った傍から元通りになっていた。
腕が再生するのだから、頭だって再生するのは道理だが、そんな再生能力があるなら何度切り付けても無意味なのではと無力感がスーヤの腕を重くする。
クソ、どうする。
スーヤはちらりと倒れ伏したサラを一瞥する。意識はあるようで立ち上がろうとしているが、果たしてあのダメージで次の礫を防ぎきれるかというのは怪しいところだった。
間に入るか、それとも担いで回避に徹するか。
土人形の真後ろに回ってしまったスーヤからだと十数メートルという距離に彼女はいる。
走って抱えたまま横に飛べば間に合うだろうかと計算するが、この土人形を迂回して行くことを考慮すると、スーヤの本能は時間が足りなくて不可能だと告げていた。
土人形に最も肉薄しているのは自分だ、それならば今のうちに攻撃に転じて、その礫を封じるべきだろうか。
出し惜しみしている場合ではない。しゃがみ込んでいる体を駆け上がって、その腕を奥の手で切り落とせばあの攻撃は防げるだろうか。
思考に裂く時間的猶予は数秒もない。決断しなくては、と思った瞬間だった。
頭上から小さな風切り音がした。思わず背筋が凍えるようなそれは、しかしスーヤを狙ったものではなかった。
青年が反射的に音の方を見上げるのとまったくの同時に、けたたましい爆破音が響いた。
「うッ、わ」
一気に吹き抜けるすさまじい爆風と、ざらついた砂煙に思わず飛び退るスーヤは、しかし土人形の腕がオレンジの閃光に飲み込まれるのをしっかりと見ていた。
もうもうと立ち込めた煙から、ばさばさと飛び散った土塊があちこちに飛散する。
見れば土人形の肘から先は完全に消失していて、その残骸だろう土がぼたぼたと肩や膝をついた下半身に落ちては風に舞い上げられていた。
紛れもない爆発。一体どこからそんな爆薬を取り出したのだろうと、スーヤは土人形の背中側からその犯人だろうハイエナに目を向けた。
「あーあ、これ高っけェんだけどなぁ……」
土人形はよろめきながら、その腕を再び地面に接地させる。しかしその腕が再生するよりも前に、気怠げに呟いたハイエナが声の調子とは打って変わって素早く腕を閃かせる。
慣れた手つきで腰の矢筒から再び一本の矢を取り出し、ぎりりと自らの短弓につがえた。
その鏃は、赤熱化した鉱物をそのまま加工したように赤く、鈍く光っている。
弦を引き絞りながら照準を合わせるように切っ先を揺らしていたハイエナが、弦を手放す。放たれた矢は再び風切り音を上げて、直線的な軌道を描きながら土人形の頭部を目指す。
今度は何が起きたかよくわかった。
再生されていた頭部へ矢が衝突するその瞬間、爆発が起きてその頭部を首ごと吹き飛ばしていた。
巨大な何かに齧り取られたように、人体の鎖骨に当たる部分から丸ごと首と頭部を奪っていった一矢にスーヤは呆気にとられる。なんて威力だ、と思っていると、土人形が力なくその場にずずんと項垂れるところだった。
「おい。今のうちだ、あの嬢ちゃんを頼む」
「りょ、了解！」
側面を取ったハイエナに言われて、スーヤは土人形の脇を走り抜ける。
膝をついているサラに手を貸しながら、損傷の具合を確かめた。
「大丈夫ですか？」
「くぅ……ぜ、全身が痛いですわ……」
台詞の割には弱気は感じられなくて、どうやら無事なようだった。
炎を扱う術者だからか、その衣服は燃える礫に打たれたというのに焼け焦げているようなことはなく、重傷は負っていなさそうである。しかし顔には礫が切り裂いた細かい傷が走っていて、なんとなく残ってほしくはないなと思った。
それ以外にも、全身が土にまみれてしまった以外は五体満足で、目立った怪我はなさそうである。
起き上がるためにスーヤの手を借りながら、焼けた煤に頬を汚したサラがちらりと横に投げ出された魔筒を見る。
その側に膝をついて、内燃機関を動かすためのワイヤーやそれを巻き上げるためのハンドルに触れるサラは「やっぱり……」と呟いた。
「どうしました？」
「いえ、この子が……先ほどの礫で内部をおかしくしてしまったみたいで……」
礫に打たれた腕が痺れるのか、あるいはそれが機能しないことを理解しているのか、サラはそれ以上自分の武器を持ち上げようとはしなかった。
スーヤは曖昧に返事をしながら、不思議な形をしたその武器を今一度よく観察する。
用務員さんがよくこんな感じの機械で落ち葉を吹き飛ばしたりするのを見たことがある。ブロワーというのだろうか、それのハンディタイプというか……さらにそこへチェーンソーの要素も付け足したような武器はどんなゲームでも見かけなかった装備で、なんとなくスーヤの興味をそそった。
「どうしましょう、これではわたくしはただの貴族になってしまいますわ……！」
貴族ってそういうものだっけ？ と思いつつ直接ツッコミを入れる勇気のないスーヤは、こちらに向かってくる足音に気づいた。
「おい、奴さん……死んだみてぇだぞ」
視線を外さないまま後ずさるように傍まで下がってきたゼレルモが言うので、スーヤとサラは揃って土人形を見る。
まさか、と思ったが、膝をついたままうなだれているその巨体は腕と頭を失ったまま確かにピクリともせず、それぞれの部位が再生する様子もなかった。
サラとスーヤはゼレルモと集合し、三人固まって緊張したまま警戒する。
「倒した……ってことでいいんだよな？ こいつは」
「どうでしょう……近づいたら急に動き出したりしませんかね」
「頭部が弱点だった、ということでして……？」
思い思いの見解を語る三人だったが、しかしそれまで沈黙していた土人形が何の前触れもなくぴくりと動き出して、思わず身構える。
「っ、やっぱりまだか……！」
存在しない顔を上げて、身を起こした土人形はまずはその腕を再生しにかかる。しかしその機先を制して、ゼレルモは再び赤熱の矢を放っていた。
今度はその胴体ごと弾き飛ばして、修復不可能な損傷を与える。胸を狙った一矢を放ったゼレルモなら、きっとそうすることだろうとスーヤは思った。
