ep133.土つぶて
目標:冒険者試験に合格しろ
天然の岩石ほどの質量をした土人形の拳を果たして炎などで防げるのかというのはその場にいた誰もが抱いた当然の疑問だったが、答え合わせの機会はすぐに訪れた。
炎に包まれた土塊は、たちまちのうちに熱されて赤く熱を帯びる。焼成されて逆に硬化するのではと危ぶんだのはスーヤで、しかし炎幕を抜けた拳が外気に触れた次の瞬間、土人形の拳は手首からぼろりと自壊してしまった。
振り下ろされる途中で、サラの眼前数メートルという位置にぼとりと崩れ落ちた土の山は、黒々と炭化している。塊を構成する水分を失ったのか、あるいは今の一瞬で焼け焦げたのか、灰か砂のようにさらさらと風に舞って大地に還っていく。
その攻撃を受けて、腕の一部を失った土人形はぴたりと動きを止める。攻撃を中止した巨体に、ぼっ、と炎を満足気に吐く魔筒からの投射を止めると、サラは胸を張って勝ち誇る。
「オーッホッホッ! わたくしの勝ちですわね!」
腕の一本を奪っただけで勝利宣言とは気が早いようにも思えるが、相手の戦力が削がれたのを見てスーヤはすかさず切り込んだ。
新調したばかりの両刃剣を握り、つま先だけでベッドほどもある足首を狙って踏み込む。
今まで扱っていたものより少しだけ質量が増した新入りの重量が今は腕に心強い。
この重さならば、これまでの自分より威力のある一撃が放てるに違いなかった。
「せぃッ……!」
まるで風が吹き込むように、土人形の足元を一閃が走る。
この時代、この文明にコンクリートは存在しない。この練兵場の地面も、よく踏みしめられて固まったとはいえスコップ一つあれば穴が掘れそうな脆い土でできている。
それならばまだ刃が通るはずと睨んだスーヤのすれ違いざまの一撃は、土人形の足首、人体ならアキレス腱に当たる部位を浅く切り裂いていた。
確かな手ごたえに顔を上げる。切り込みが入った部分からボロボロとその足を形作る土が崩れていて、もう数太刀でも浴びせればそのまま切り崩すことも難しくはなさそうだった。
これならいける、と手応えを感じたスーヤは、しかし二の太刀を繰り出す前に土の巨人が背を曲げて身動ぐのを察した。
ざわ、と明らかに自分に向けられた敵意に間合いを保ったまま足を止めると、巨体はその場に屈むと忙しなく足踏みを開始する。
地面が揺れて思わず体勢を崩しそうになったスーヤは、万一に備えて更に距離を取った。
土人形は身を守るようにしゃがみ込んだまま、今度は地面を叩きながら腕を振り回し始める。これにはスーヤも隙を見て攻撃、というわけにはいかなかった。
しかし、この調子なら何とかなりそうだった。二人欠けてしまったが、焦らず態勢を整えて全員で、と画策した瞬間だった。
土人形が崩れ落ちた手首の断面を地面にぴったりと添えた。
嫌な予感がしたのは、スーヤだけではないようだった。
「おい、ありゃァなんのつもりだ……?」
土人形の横を取るように足を動かしていたゼレルモが訝しみながら呟くと、攻撃に備えて全員が警戒姿勢を取る。
しゃがんだ状態で地面に欠けた腕を押し付けた体勢に、何か攻撃を繰り出そうとしているのではと緊張に一同の足が重くなった隙を見逃さず、土人形はそれを完了させた。
断面を触れさせていた腕を引き上げると、まるで引きずり出すように腕の先が復元されて現れた。
ずろぉ、とまるで地中にあった腕のパーツを連結したように元通りになった腕を掲げて見せつけると、手のひらを握ったり開いたりして完治したことを確かめているのがなんとも人間臭かった。
「腕が……! そういうのもできるのか!?」
「おいおい、マジかよ……」
再生機能持ちか、とスーヤとゼレルモが思い思いに驚愕する中で、しかしサラはフンと勇ましく鼻を鳴らす。
「いくら再生しようとも、同じことですわ!!」
魔筒をどっしりと土人形に向けて、唸る内燃機関へ魔力を流し込みバーナーのように炎を上げる。
しかし土人形は、再生した腕の調子を確かめると、その場にしゃがみ込んで足元への攻撃を封じたまま、自分の頭に手を添える。
何をする気だ、と思ったのも束の間。その大きな掌がつむじ辺りから額にかけて、自らの頭部をぐしゃりと鷲掴みにして引きちぎった。
「なッ」
「えっ?!」
「じ、自分の頭を……?!」
ぼろぼろと土が崩れるのも気にせず、土人形は欠けた頭部をサラに向ける。握りつぶされた頭部は指の軌跡を残して抉り取られていて、それが血の通う頭部ならさぞグロテスクに映ったことだろう。
そして再び、再生した腕を振りかぶった。ただし今度は、その手の中にいっぱいの土塊を握りしめて。
「……ふん、それしきで驚くような貴族じゃぁなくってよ! 何度でも焼き尽くしてさしあげます!!」
何のつもりで、と土人形の行動の意図を量ろうとしたスーヤは、たっぷりの土塊を蓄えた手が握りを確かめるように動くのを見た。
もしかして、と思うのと同時に叫んでいた。
「ッ……! ダメだサラさん、逃げて!」
勇ましく炎を向けるサラ目掛けて、土の巨人は小さくしゃがみ込んだまま腕を振りかぶる。
スーヤが割って入るのを待つこともなく、野球のピッチャーよろしく掲げられた土の塊が遠慮なく放たれた。
握られた土塊が勢いよく飛来し、幸いだったのはその勢いと速度でほとんどが自壊し細かい礫と砂になったことだ。
ただしそれでも、大きいものはそれこそ一つ一つが硬球やテニスボールくらいのサイズがある。
そんな土礫は、サラの作った炎の幕を突き抜けてぶすぶすと焼けながら令嬢に襲い掛かった。
「っ!? そんなッ……あぁッ!!」
「サラさん!!」
炎を突破した礫が茶褐色に赤錆びて煙を上げたまま、華奢な女の体を強かに打つ。
サラは咄嗟に身を縮め、一メートルほどの魔筒に上半身を隠したがその全身を襲う礫は止まなかった。




