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ep131.ブリーフィング

目標:冒険者試験に合格しろ

 これから共に戦うに当たり、互いに軽く陣形を取り決めようという話になった際にも、サラの態度が変わることはなかった。


 イカれてるとしか思えない貴族風の女や、異国然としながらネイティブ話者の青年の登場にすっかりペースを飲まれた男たちが尻込みする中で、困惑の元凶でもあるサラがてきぱきとマイペースに事を進行させていく。

 屈強な男達に物怖じせず、全員の得意な交戦距離を順々に確認しながらサラは自分は貴族なので最前線に立つ、と言い出したのだが、それを止めたのはスーヤという青年だった。

 魔術師ならば後衛に回って援護してもらいたい、と言われたサラはしかし特に拘泥するでもなくこう答える。


「確かにわたくしが近接戦闘の類について後れを取っているのは事実ですが……よく見抜きましたわね」


 いやむしろ魔術師であることを抜きにしても、貴族風の女に近接戦闘が務まると思わないのは当然のことだが、そこに突っ込みを入れると何かツボにハマってしまいそうなので誰も何も言わずにおいた。


 しかし全員が全員サラに対して何言ってんだこいつという感想を抱いたためか、その後の申し合せや立ち位置の取り決めなどは思ったよりスムーズに決まった。

 形はどうあれ周囲をまとめるだけでなく、戦術的にも固まって動いたほうが援護しやすいのではないかと周囲に率先して働きかける姿は彼女のリーダーシップが遺憾なく発揮された結果、と言えるかもしれない。

 あるいは、ただ天然にボケただけかのどちらかだが、さておき。


「じゃあ、一番前にバルゴさんが。その後ろに俺とビエーゼさんが入りましょう」

「……おう、いいんじゃねえか」

「が、が、がんばりますぅう……」


 前衛組となる男達の中で立ち位置の確認をする黒髪の男を見て、しかしサラは妙な親近感を抱いていた。


 それは偏に、髪の色が周囲と明確に異なるというその一点のみが理由だった。

 サラも生まれながらにして家族が持つ炎の色とは違い、それが燃え尽きたような髪色を授かったために、他人の目や自分の生活が思い通りにならなくて苦労してきた身だ。

 まだ若そうなのに異国の地で冒険者試験なんかを受けざるを得ないような身分のこの男が、この地に来てどんな思いをしてきたかというのは想像に難くない。

 彼がこれまで受けてきただろう仕打ちを想像して、思わず共感してしまうサラは、自分からそれを慰めてやることはできなくともせめて偏見のない理解者として彼の味方になれればいいな、という偏見を抱いてスーヤを見ていた。


 そして、自分ががんばることでこの男の未来も何か明るいものになるならば、それこそが貴族としてあるべき姿だろうと冒険者試験に臨む気持ちを引き締める。


「……おい、嬢ちゃん聞いてんのか?」

「はッ、いえ、ごめんなさい!」


 同じく後衛である弓使いのハイエナに言われて、サラは慌てて前に向き直る。はぁッ、と大きくため息を吐いたハイエナが垂れ目をじろりとサラに向けて、もう一度続ける。


「だから、アンタは後ろでおとなしくしてろって言ってんだ。倒せば終わりなんだからよ、女が出しゃばる必要はねえだろ」

「まあ……それはつまり、わたくしが邪魔だと?」


 うざったそうな口ぶりではっきりと敵意を向けられてもなお、サラが取り乱すようなことはなかった。

 変わらず毅然とした態度で言い返すと、ハイエナはやれやれと首を振って返す。


「どう思ってもらっても構わねえよ。ただ、アンタみてェな女にゃ戦いなんて無理なことに変わりはねェだろ」


 少しだけ眉根を下げたサラが何かを言い返す前に、ゼレルモは続ける。


「ましてや、冒険者の仕事はままごとじゃねえんだ。お前さんも知っての通り、試験って言えば聞こえはいいがここから先の怪我や死亡については一切責任は取ってくれねえんだぞ」


 その言葉が意味するところを、もちろん忘れたわけではなかった。


 一か月前、冒険者ギルドに試験の登録をしに行ったサラはベルン王国の証判入りの公的契約書を冒険者ギルドと一枚交わしていた。

 それは、冒険者となることについての心構えやルールに同意しその組織に参加することについての同意と、試験を含み自身の冒険者活動はすべて自己責任の下行うという宣言と署名を求めたものだった。


 つまり、平たく言えば試験や冒険者活動中の死傷については冒険者ギルド側に一切の過失はなく、何の追及もできないことを了承させられているわけで、たかが試験と油断した者から死んで丁寧に火葬されて公共墓地送りになると脅すような説明も受けていた。

 ゼレルモの言葉はそれを受けてのことだろうが、サラは逆に不敵に笑って返す。


「それはつまり……わたくしのご心配をなさっているので?」

「は? どこをどう聞いたらそう聞こえるんだ?」

「ほほほ、そのお気遣いには感謝いたしますわ。ですが生憎わたくしはこんなところで命を落とすつもりはありませんの」


 むしろやる気が湧いてきたとばかりに力強く微笑むサラの顔に、迷いや恐れはなかった。

 その顔を前にして、駄目だこりゃとハイエナが肩を落とす。何を言っても聞かない患者に匙を投げる医者のように、サラから視線を外して愛用の短弓を片手に握るゼレルモは、離れたところから響く声に視線を向ける。


「は~い時間だよ~! 準備はいいかな~?」


 それで、全員がそちらに向き直った。

 熊男が手をぶんぶんと振って注意を集めていて、まるで待ち合わせした友人を呼ぶような態度には思わず気が抜けてしまいそうだ。


 熊男はちらりと空を一瞥して、昼過ぎのまだ高い太陽の位置を確認すると、「それじゃ~」なんて言って切り出した。


「じゃあ敵を呼び出すから~、キミたちにはその敵を……う~ん、三十分くらいかな~。それで倒してくださ~い」


 熊男はちらりとこちらを見て、それからトコトコと大きな腹を揺らして練兵場の壁際に寄ると、そのまま練兵場入り口から退出してしまった。


 練兵場の中心部はちょっとしたダンスホールほどの広さがあって、あと十人ほど人を呼んで一斉に踊ってもぶつかり合わないほどの広さがある。

 その中にぽつんと取り残されたサラ達は、周りを木柵に囲まれた練兵場のどこを見渡しても敵と呼称できるような生物を確認できずにいた。

 いつ、どこから来るのかがわからなくて中途半端に身構えたままの一同の顔が強張って、敵と聞いたからか木の棍棒を縋るように構えたビエーゼの体が情けなく震えているのがサラにはわかった。


 その肩を見て、貴族の自分ではなく庶民を矢面に立たせて申し訳ないなと思う反面、適材適所なのだからと言い訳してしまう気持ちもある。

 今後は近接戦闘についても学ぶ必要があるな、と自らの課題を意識しつつ、せめて自分の炎で早々にカタをつけてあげられればよいのだがと気を引き締めるサラは、何かが地面を揺らすのを感じた。


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