sp130.受験者たち
目標:冒険者試験に合格しろ
第二次試験が行われるという練兵場は、ベルン王都の北部にあった。
周囲をぐるりと木の壁に囲まれた円形の広場の隅には、訓練用の木人や筋力訓練用の重石などがあちこちに転がっていて、いかにもという物々しさに溢れている。
その中心の広場に集められた五人の男女の間で緊張が高まるのは、一次試験と違って明らかに知能以外の何かを測るのだろうという魂胆が明白だったからだ。
まるで闘技場の舞台のように開けた練兵場の真ん中に立つサラは、ちらりと後ろの男どもを見やる。
サラにとって家族以外の異性と関わるのは社交会以外では初めてのことだったが、彼らは領内で見かける農民達よりも小汚く、衣服のあちこちが土や泥で汚れているばかりかお世辞にも筆記の一次試験を突破できるような人間には見えなかった。
近頃の貨幣の価値や魔法の属性や分類などの一般常識について問う試験を果たしてこの男たちがどのように回答したのかは是非気になるところだったが、こうしてここに招聘されている以上はしっかりとした人物であることは間違いないだろう。サラは偏った見方をした己を戒めて、今一度気持ちを引き締める。
しかし二次試験は何をやらされるのだろう。戦闘を伴う何かをであることは間違いなさそうだが、まさかこれからこの連中と戦えというのではなかろうかと危ぶんでしまう。
戦いとなれば負ける気はしないが、武器を帯びた男どもと殴り合って良いイメージは持てない。
今のうちに相手のことをよく見ておこうとちらちら後ろを窺うサラの前で、熊のような……いや、文字通り恰幅の良い熊獣人の男が抱えていた砂時計を足元にごとりと置いた。
「よ~し、では試験を説明するぞ~」
熊の男は重たそうな大斧を背負ったまま、見た目にそぐわぬゆっくりとした声を響かせる。五人がそれぞれ顔をそちらに向けて、誰かのローブだったり装備だったりがガチャリと音を立てた。
「これからお前たちには即席の部隊となってもらうぞ~。こちらで用意した敵を協力して見つけ出して、時間内に倒してくれ~、簡単だろ~?」
なるほど、共闘しろということらしい。殺し合え、なんて言われることがなくてホッとした。
そうとなれば、貴族である自分がこの男達を引っ張って無事に打ち倒すのだ、と貴族らしい真っ赤なケープマントの下でサラの拳がやる気に漲る。
「じゃあまず二分やるから、お互い自己紹介だけしていいぞ~。はい、ど~ぞ」
ぺちん、と熊が両手を打つ。それがあんまりにものんびりした声なので、サラは一瞬もう始まってることに気づかなった。
慌てて振り返った紅一点のサラに、受験者の男達がじろりと目を向ける。
輪になって立つ受験者の中で、わずかに出遅れたサラが仕切り直しとばかりに咳払いして、音頭を取るべく口を開くのを制するように抜け出した声があった。
「んじゃ、まず俺からいいか? ……ゼレルモだ。得物は主にこいつだな。よろしくどうぞ」
貫頭衣をすっぽり被った小柄な男はそう言って肩にかけた弓を指先で示す。サラが驚いたのは、それがハイエナ頭の獣人だったからだ。
犬とも狐ともつかぬ獣人の種族はこれまで見たことがなく、どうしてそんな長い口吻ですらすらと言葉が出るのかと不思議に思ってしまう。
しかし初対面の人を好奇の目で見ることが失礼に値すると身に染みて理解しているサラは、ぐっと唇を真一文字に引き結んで素知らぬふりを続けた。
「……バルゴだ。力仕事なら任せろ」
続いて、集まった受験者の中で一番大柄なヒトの男が低い声で呟く。
両腕が肩から出るような擦り切れた服装の男は全身が泥やら土やらで汚れていて、唯一の得物であるメイスを肩に担いだ姿はサラの故郷の炭鉱夫を思い出させた。
「び、び、ビエーゼです。ぶ、武器は、こんなものしか……せ、精いっぱい、がんばりますっ」
いかにも普通の農民らしい麻服に身を包んだ男がそう言って、木を削りだしたような長めの棍棒を周りに見せる。
どことなく頼りない印象を受けてしまうのは、その自信のなさのせいだけではないように思える。明らかに戦いや魔物退治などとは無縁そうな青年は、どちらかというと文官寄りという印象で、これから共に戦う仲間としてはつい頼りなげに感じてしまう。
しかし、それをひっくるめて導くことこそが貴族の務めだ。ここで言えば、敵を打倒した先に続く合格という道へ引っ張っていってこそ、自分の冒険者人生は始まる。
勇んで一歩前に出たサラは持っていた中で一番地味なワンピースの裾をケープの下から覗かせて恭しく一礼した。
「グレアデン家が三女、サラマンドでございます。サラ、とお呼びくださいませ。この身はただ炎を操るのみですが、此度は皆様方と肩を並べられて光栄ですわ」
まるでそこが社交界のホールであるかのような態度のサラに、大男のバルゴは呆気にとられ、ゼレルモのハイエナ顔は疑念に歪んだ。同じような灰色で覆われた体毛のうち、黒い色素をわざと集めたような黒いマズルから牙が覗く。
「魔術師ってことか? それに……グレアデン家ってことはアンタ貴族だろ、なんだってこんな試験受けてんだ」
不満そうなハイエナの台詞は、どことなく責めるような調子だった。サラはそれを気にした様子はなく、こっくりと頷いてから平然と答える。
「不思議に思うのも無理からぬことでしょう。ですがもちろん、わたくしがここにいるのは……他ならぬ我がグレアデン家の炎を知らしめるためでしてよ」
「はァ……?」
日雇い労働者として、あるいは流れの狩人としてその日暮らしをするよりかは割の良い依頼を請け負って楽に日銭を稼ぎたいゼレルモにしてみたら、冒険者になれるかどうかというのは明日の生活が懸かった死活問題だった。
肺を患った弟を養っている鉱山夫だったバルゴとてそれは同じようなもので、そんな彼らからしてみたらサラの言葉は当然受け入れがたいものだった。
炎を操る魔術師なら王族の炊事場や儀典用の鎧を作る工房にでも入って炉の管理係になった方がよほど高給をもらえるだろう、それでなくとも貴族だというならばなおさらこんな仕事を選ばずともいいはずだ。
なぜ好き好んで冒険者などに、と冷やかしを見るような目を向けられるサラは、しかし満足そうに頷いて続ける。
「えぇ、皆様の仰りたいことは承知しておりますわ。ですがわたくしの扱う原初の炎をしっかりとその目に焼き付ければ考えも改まることでしょう、グレアデン家にこの炎が、そしてサラマンドあり、とね!」
そのまま高笑いを始めそうな女の態度に、今度はゼレルモも呆気にとられてしまう。
自分の存在意義を実力で語ると強かに宣言したサラの姿は男達にとって、稼いだ日銭で抱いた娼婦や、高圧的で税にうるさい貴族のどのイメージとも違う、まったく見たことのない存在だった。
貴族として名を売ることと冒険者になることがどうしたって結びつかないのは当然の反応で、しかしサラはそんな困惑など素知らぬ顔で満足そうに胸を張る。
女が何を言っているんだと笑う気持ちにもならなかったのは、そのあまりにも堂に入った態度のためだろう。
虚勢を張る女というだけならまだ理解できようが、そこに自ら冒険者などに身をやつす貴族という要素が絡み込んだために、その場の誰もが何を言っているんだと、あるいは何か別の意図があるのではないかと疑ってしまうのだ。
ただ一人を除いて。
ふっ、と息が漏れる音に全員が目を向けると、その音の主は慌てるでも謝るでもなくクツクツと笑っていた。
それから注目を集めてしまったことをこれ幸いと、「ごめんごめん」と話し始める。
「あまりにもそれっぽいのが出てきたから、つい……俺で最後だよな」
頭からローブを被っていた陰気そうな男は、その風体に見合わずあっさりと頭を覆うフードを下ろしてちらりとサラを一瞥する。
その言葉の真意は誰にもわからなかった。ただ、その場にいる誰もがその相貌に気を取られていた。
中途半端に伸びてそのままになったような黒髪、そして夜の闇のような黒い瞳。少し低い鼻と、黒々とした眉。
明らかに、この国の者ではない外見をした青年の口から、すらすらと公用のガオリア語が流れ出る。
「スーヤって言います、得物は剣一本です。今日はよろしく」
そして、黒い耳飾りが光を飲み込んで鈍く輝いていた。
本日はここまでとなります。次回更新は3/11です。
新章っぽくない新章開幕です、またのんびりやっていこうと思います!




