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ep129.灰の女

目標:冒険者試験に合格しろ

 頭部の両側で結った髪は、燃え尽きた炭のような色をしている。

 肩に羽織る形のケープマントですっぽりと膝までを包み込んで、いよいよここから始まるのだ、とサラマンド・グレアデンは父譲りの切れ長の瞳を眇めた。


 サラマンドの生家であるグレアデン家は、カーター公爵領内で伯爵称号を持つ歴史ある家柄だった。

 領内に存在する炭鉱の既得権益と、グレアデン家が代々扱う火の魔術で領内にベルン王国内に工業的進歩をもたらした名家、と言えば聞こえはいいがサラマンド……家族からはよくサラと呼ばれていた彼女にとっては、その実態はただ昔気質なだけの職人肌な集団というところだった。


 そんな家の三女として生を受けた自分が、世に言う貴族に類する身分であることはサラにもわかっていた。

 そして同時に、自分は貴族の娘として認められていないということも、グレアデン家の特徴らしい燃えるような赤い髪……が燃え尽きたような灰勝ちの髪を持つサラにはよくわかっていた。


 貴族が貴族であるという血筋の証明は時に命よりも重い。庶民か貴族かの違いは、所詮生まれた家の違いというだけだ。

 誰の胎に宿ったかというだけで身分の違いを強いられる庶民達にとって貴族とは憧れと、そして妬みの対象だった。


 その魔術を表したような赤い髪が特徴であるグレアデン家もまた、その例に漏れず領民達からは好悪の入り混じった感情を向けられていた。

 しかしその中で、当主であるフラムス・グレアデンは自領の民とはうまく付き合いを続けられていた方だった。

 過剰な税を強いることもなく、領民に反発されることもない。人々とよく触れ合い、他の領地を収める町長や男爵などとも密に交流する名君として評判の高い伯爵貴族だった。


 しかし、そんな中で兄弟達と異なる髪色をもって生まれたサラはたちまち領民の噂の的となる。

 グレアデン家の三女は伯爵の子ではない、夫人が産んだ不義の子だ、あの父親は実は俺の知り合いだ、などと根も葉もない噂話は暇な庶民の間で絶えず語られることとなる。


 サラの父であるフラムスはまさに貴族の器というに相応しく、妻を責めることも追及することもなく、兄弟らと同じようにサラに愛情を与えた。

 兄弟間では子供じみた喧嘩もあったが、幼少の頃から家庭仲は悪くなかった。父も母も、お前も立派な貴族だから周りの目は気にするなと言ってくれていた。


 しかしサラマンドにはある思いがあった。

 幼少のころから容姿のために心無い噂の的にされ、貴族に相応しくないと後ろ指を刺され続けた彼女は、いつしか自分にしかできないことをして自分の名を領内に、そして大陸中に知らしめてやろうと夢を抱いた。

 厳しくも優しい父が、穏やかでしっかりした母が嫌いなわけではない。

 貴族という身分に嫌気がさしたわけでもない。


 むしろその逆で、貴族の三女ともなればその将来はほとんど決定されていて、周りと同じようにどこかの貴族の子息と婚約し家を出て嫁ぐ定めにあった。

 しかしサラは、グレアデン家の正式な血筋ではないと噂をされる身だ。血を重んずる貴族達がそんなサラに大事な一人息子の跡継ぎを生ませたいかというと、どうやらそうではないらしい。

 貰い手のない貴族の女の将来は悲惨だ。修道院にでも入って神に奉公する修道女となるならまだしも、ただ子を産み血を残すためだけに顔も知らない初老の貴族と婚姻させられることだって少なくはない。


 もちろん父と母がそんなことのために自分を利用するはずがないというのもわかっている。

 ただ、実際に自分の将来に明るい展望がないことは事実で、このままグレアデン家の穀潰しとして灰色の髪を隠し続けて生きることが父や母にとって良いことだとは思えなくて。


 きっかけはある日読んだ冒険譚か、あるいは話に聞いた貴族の家出か。


 サラは、貴族としてフェニリア大陸中にグレアデン家を知らしめる使命に燃えることとなる。

 グレアデン家にサラマンドあり、と己の功績を庶民たちに讃えさせたい。家の名を少しでも良いものにしてお返しすることこそが、サラにとっての恩返しだった。


 故に、サラは冒険者になることを決めた。

 長きに渡る鍛錬を経たサラは、ベルン王都で行われる試験を受けてくると両親に持ち掛ける。

 そして、冒険者として受かったら、旅に出てグレアデン家の炎を世に知らしめてくる、と言った。


 もちろんその理想をわかってもらえるとは思ってはいない。

 女がそんな危険なことを、と言われるのは想定内だ。ましてや、火の担い手であるグレアデン家の令嬢が冒険者なんて明日をも知れぬ泥仕事なんて、と驚かれもした。

 そしてその言葉が、逆にサラを追い出すようなものだったならここまでの使命に燃えることはなかっただろう。真にサラを案じているからこその言葉が、逆に女の胸を燃やしていく。


 決めたのだ。この立派な父や母のように偉大な貴族として、グレアデン家の名を世に知らしめる冒険者になるのだと。

 そして、その時にこそサラマンドは立派に独り立ちしたと、安心してもらえるのだ。

 自分は冒険者になる、憧れのあの人が志したように、自分にだってできるはず。


 決めたからには、止められない。

 夢も希望もなかった灰の身なれど、燃え上がった炎は燃え尽きるまで消えないのだから。


 サラマンド・グレアデンはベルン王都の北方練兵場に立ったまま、気を引き締める。

 今日、自分の夢の第一歩が始まる。

 それは冒険者として歩み出す、自分にとっては小さな一歩かもしれない。


 それでも、きっとここからグレアデン家の名前を轟かせるだろう偉大な一歩には違いなかった。

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