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ep128.新たな目標へ

目標:???

 ただ、その前に気になったのは……魔法の特訓がどれくらいまでに終わるのか、ということだ。

 何故なら冒険者試験までの間に、剣を見繕ったり装備を見直したりと色々とやりたいことがあったからだ。

 更に欲を言うと、王都を一度じっくり見て回りたい気持ちもある。ただ、そこまでは言わずに要点だけを口にした。


「あの……俺、剣も買わないといけないんですけど、魔法の特訓って冒険者試験までに終わりますかね?」


 問われたユールラクスは少しだけ難しそうな顔で考え込む。それから声を潜めて、ここだけの話、というトーンで教えてくれた。


「それは……どうでしょうねぇ。ただ、少しだけ明かしてしまうと今年の冒険者試験はひと月に渡って行われるそうです。あまりにも数が多いってので今も準備に追われているそうですし、すぐには始まらないはずですねぇ」

「あ、そんなにかかるんだ……」

「えぇ。ですので訓練する合間に街を見回って装備を整えてもらう分には問題ないかと思いますよぉ。ミオーヌほどではないですが工房街も市場もありますからきっと気に入ったものが見つかることでしょう」


 なるほど、それなら剣を買ったり街を見て回ったりする時間も取れそうだ。ユールラクスの口振りから察するに、俺が王都内を見て回りたいと思ってるのも何となくバレてそうだった。


「そして、それまでに魔力の特訓を終えて魔法を身に着けてというのは……スーヤさんのがんばり次第ですねぇ」


 冒険者試験とやらに覚えたての魔法を引っ提げて参戦できるかどうかは、それまでに間に合わせられるかどうかは俺にかかっているということか。

 それくらいなら、やってやるさ。せっかくの異世界転生、憧れの魔法ってやつを俺だって使ってみたいのだから。

 意気込むように頷く俺に、「僕もあの石のことを知りたいので全力でサポートしますよ」とユールラクスが続ける。


「そう考えたらやることは山積みですねぇ、翻訳石の点検や使い心地についてお話も聞きたいですし……あっ、そうだ」


 紅茶のカップを持ち上げながら、エルフが思い出したように言う。


「冒険者試験を受けるなら……少しお勉強もしないとですね」

「勉強……?」

「えぇ、こちらの大陸の……ガオリア語の読み書きくらいはできるようになっておきましょうか」


 それは願ってもない申し出だった。

 しかし同時に、これまで冒険者ギルドや宿屋なんかで目にしたまったく馴染みのない字体をした言語を一から勉強するのは大変そうだと尻込みする気持ちもあったが、この石のおかげで会話ができる以上まったく喋れないわからない状態よりも苦労しないのではないかという打算が俺を後押しする。


「冒険者になったら依頼文とか読めるようになった方がいいでしょうし、報酬をごまかされずに済みますからね。空いた時間は文字のお勉強にしましょう。教えられそうな人材を探しておきますね」

「はい、是非お願いします!」


 うんうんとユールラクスは満足そうに頷いて、「じゃあお部屋に案内しましょうか」と席を立つ。


「あっ……あの、ユールラクスさん」

「はい。どうしました?」


 それを思わず引き留めたのは、ユールラクスが変わらずにこやかだったからだ。


 気遣いにもおそらく嘘はないのだろう。

 もしかしたら今までの態度は全くの噓で、何か仄暗いことを考えているのではと危ぶむ気持ちもあったが、あのオルドがちょっとは信用している相手にそこまでの裏表があるとは思い難い。

 であればそれは本心からの親切なのだろう。

 俺がそれに戸惑ってしまうのは、出自を偽っていると知っていてなおどうしてそこまでしてくれるのか、という気持ちからだった。


「き……聞かないんですか? 俺の、本当のこと。どうして生まれや育ちについて嘘をついているのか、って」


 あの場では追及するつもりはない、と言っていたが、それはオルドがいる手前そう言っただけで、本当は気になっているのかもしれない。

 あるいは、本当に気にしていないとしても、どうしてそんな相手に未だに厚意をもって接することができるのかが不思議だった。


 しかしエルフは立ったまま銀髪を揺らして座っている俺を見て、糾弾するわけでも追及するわけでもなくただ微笑む。


「言ったでしょう? 暴くつもりはありませんよ、喋りたくなったらで大丈夫です」

「でも……俺みたいな嘘吐きに、なんでそんなに……」

「スーヤさん、その嘘の内容が何かはわかりませんが……隠し事をすることが悪いことだとは、僕は思っていませんよ。誰しもひとつやふたつくらい秘密があるものです」


 月並みなセリフが、俺にはやけに響いた。ユールラクスはそのまま俺に問いかける。


「だってスーヤさんのそれは、僕たちを裏切ったりどうこうしたりするものじゃないんでしょう?」

「そ、それは……もちろんです、そんなこと絶対にしないです」

「そうでしょう? 僕はお話で聞いただけですけど、一緒に旅をしたオルドくんもそういうことがわかってるから聞かないんですよ。だから、話したくなったらでいいんです、ね?」


 その言葉は単に無害な存在だと認められた、というだけなのかもしれない。

 ただ、俺はどうしようもなくそのことを誇らしく感じた。


 他人に認められるだけでなく、自分のことを信じて理解してもらえることがこんなに嬉しいことだとは知らなかった。

 ユールラクスは微笑みながら言う。


「それに、そんなことを知らなくてもスーヤさんが面白そうな人だというのは僕もビビッと来てますからねぇ! むしろこっちこそ今後ともよろしくお願いしたいものです!」


 それはどうかはわからないけど、俺は何となく熱くなった目頭を誤魔化して愛想笑いを返す。


「はは……がんばります、こちらこそよろしくお願いします」


 それで、ユールラクスは満足げに頷いた。


 なんだか急に忙しくなってきたような気がする。


 今日はこのまま冒険者ギルドに行って、試験にエントリーするところからだ。

 それから時間があれば剣も探しに行って、帰ってきたら早速読み書きの勉強が待っているだろう。

 そういえば夕飯はどうするのかと考えると、オルドとチーズフォンデュを食べる約束はどうなったのだろうかと思い出した。

 この後どっかで連絡が取れればいいのだが、今頃宿探しに奔走している虎を都合よく捕まえられるだろうか。いざとなれば、街中で適当に買って済ませることにしよう。


 そして、明日からはさっそく魔力の特訓が始まる。

 オルドも言っていたがユールラクスは指折りの使い手だというし、そんな人が師となってくれることの心強さといったらない。


 果たして一か月でどれだけ身につくかというのはわからないし、それだけの期間で魔法を取得できる自信もないが、こればかりはやってみなくちゃわからないだろう。

 どんな魔法を扱うかはまだイメージがないが、やってみたいことはある。


 魔法に、冒険者に、ファンタジー感溢れる都での日々。

 俺の異世界生活がやっと面白くなってきたような、そんな興奮で胸が躍るのを抑えきれない。


 冒険者試験なんて余裕で突破してやる。

 それで、次にあの虎野郎に会う時は目にものを見せてやるんだ。


 その時ようやく、俺はあの虎と対等な仲間として冒険に出発できる。今に見てろ、とやる気に燃える俺は、この日から冒険者試験に向けて猛特訓を開始したのだった。




 ちなみに、その晩になって。


 すごすごと城内の屋敷に戻ってきた大型ネコ科の姿があったことは……彼の名誉のためにも内緒にしておこうと思う。


目標更新:???→冒険者試験に合格しろ


□■


本日はここまでとなります。次回更新は3/4です。

三月から週一更新に戻ります、またいっぱい書き溜めていこうと思います。

引き続きよろしくお願いします。

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