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ep127.宿はお決まりですか?

目標:???

 そしてそんなオルドを引き留めたのは、意外にもユールラクスだった。


「あの~、ところでオルドくんは今晩どちらに宿泊のご予定で?」

「あ?」


 扉を押し開こうとしていた虎がぴたりと足を止めて振り返る。


「どこも何も、その辺の馴染みの宿を当たってみるつもりだが……まだなんかあんのか?」

「あ、じゃあやっぱりまだ部屋は取ってないんですね?」


 予想が的中した、という様子のエルフはソファに腰を下ろしてだいぶ冷めた紅茶をひと啜りする。

 意図が読めない虎は怪訝そうな顔でその場に立っていて、俺も何を言おうとしているのかとユールラクスに目を向ける。

 カップを置いたエルフは言いづらそうに、しかしはっきりと答える。


「あの~……多分、今はどこも満室だと思うんですよね」

「……は?」


 聞き返したのはオルドだ。何を言い出すんだ、とでも言いたげな顔の虎に、エルフは臆した様子もなく続ける。


「ご存じ、冒険者試験が近く行われるでしょう? その応募者が今年は特に多くてですねぇ……この広い王都の宿と言えど定員ギリギリ、許容量いっぱいまで入れてナントカ収まっているような状態なんですよねぇ」

「そんなに多いんですか……?」


 俺が問うと、ユールラクスは頷いて答える。


「千人ちょっとって言ってましたかね。対して、王都の宿の総数は三十軒ほど。大きいところで多くて四十、詰め込んで五十人を泊められるとしたら……それこそ、オルドくんの尻尾一本入る宿を見つけることすら難しいかもしれません」


 果たしてそれだけの数を本当にその数の宿屋で賄えるのかという疑問はあったが、ひとまず棚上げしてエルフの言葉に耳を傾けることにした。


「……ンなもん、空いてるとこが見つかるまで探せばいいだろ」

「この広い王都でそれが現実的でないのはオルドくんも承知のはずでしょう?」


 東門から西門まで連絡馬車で三十分は掛かるのに、とユールラクスが言うので、城下町に入ったときにそれっぽい馬車を見かけたような、と思い出す。

 なるほどあれは反対側の門まで連絡するものだったのか、と一人納得する俺を他所に、虎は苦虫を嚙み潰したような顔でついに完全にドアへ背を向けて尋ねる。


「……なにが言いてェんだ、まさか泊めてくれるってわけでもねェだろ」

「いえ、そのまさかですよ」


 ユールラクスはその整った顔立ちから白い歯を覗かせてにこやかに続ける。


「この館の何室かは来賓用のものだったり、賢人議会の貴族たち専用のものだったりするんですが……同様に、僕にも何室か部屋を貸し与えられてましてね」


 まあそのうちの一室は野良猫を連れ込みすぎて取り上げられちゃったんですけど、とぼそりと呟いたのを俺は聞き逃さなかった。


「よかったらスーヤさんと同様に、オルドくんが王都にいる間も自由に使っていただければと思いまして。どうでしょう?」

「何が狙いだ?」


 ユールラクスに目を向けていた俺は、今度はぐるりと首を巡らせてオルドを見る。明らかに警戒した様子の虎は、猜疑的にその琥珀を眇めていた。


「やだなあ、今度は裏なんてないですよ。スーヤさんのことは元々泊めようと思っていましたし、どうせならそこにオルドくんもどうかなってだけで」

「とかなんとか言って、研究の合間に俺の尻尾に触りに来るんじゃねェだろうな」

「あッそれいいですねぇ! 疲れたら癒されに来ようかな……」


 藪蛇だったと見えて、オルドはますます表情を苦くする。

 多分、これ以上余計なことを言わないために口数が減るんじゃないかなと思って俺はそれ見ている


「まあ、お二人さえよろしければなんですけどねぇ。どうでしょう?」

「あー……俺は、別にいいですけど……」


 ちらりとオルドを見る。しかしオルドはこのエルフを信用していないのか、あるいは言うとおりになるのが癪なのかという様子で、フンと鼻を鳴らして踵を返す。


「気が向いたらな。お前に借りは作りたくねえし、宿くらいテメェで探すさ」

「そうですか……」


 衛兵達には言っておくのでいつでも泊りに来てくださいね、とユールラクスは部屋を出る虎の背中に投げかけるが返事はなく、その足が止まることもなかった。


 ばたん、とドアが閉まって、俺とユールラクスだけが残った空間で「さて」と切り出される。


「そういうわけなので……お部屋にはあとでご案内するとして、先に今後のことについて決めちゃいましょうか」

「あっ、はい。よろしくお願いします」

「まず……そうですね、スーヤさんは冒険者試験へ出願して来るんですよね? この後向かわれますか?」


 ちらり、と窓の外を見る。そろそろ日が暮れようかというところだが、夕飯の時間にはまだ早そうだった。

 頷く俺に、ユールラクスが続ける。


「そうしましたら、明日からは先程の……僕たちの研究棟で、あの石を使った魔力の特訓をしましょうか」

「はい! よろしくお願いします!」


 特訓と聞いてなんとなくテンションの上がる自分がいたが、それも仕方のないことだろう。

 ついに念願の魔法が手に入る。これで俺も立派なフィクションの住人だ、なんて意気込んでしまうのも当然というものだった。

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