ep126.別れ
目標:???
これでオルドとも本当にお別れである、という明確な旅の終わりを感じた俺は、これまで連れ合ったことについて何か言った方が良いのかと頭をひねる。
今までありがとう……いや、そこまで畏まらなくてもいい気はする。
またどこかで、と言ってしまうのもなんとなくドライすぎるようで。
オルドも同じような空気を感じ取ったのか、気まずい沈黙が流れる。
ほんの数秒だけお互いに何も言わない時間が流れて、しかしこういうことにも慣れてそうなオルドがソファの背もたれにぎしりと体重を預けてぽつりと呟いた。
「……ま、短い間だったがそこそこ楽しめたぜ。今までお疲れさん」
これまでいくつもの旅と冒険を繰り返してきたオルドは、一時連れ合った仲間との別れも経験しているのだろう。一緒に冒険する相手がいなくても、旅先で親しくなった友人らと別れることだって多かったはずだ。
だが俺は、ゲームや漫画なんかで過度に誇張されたドラマチックな別れしか知らない。
だから、さらりと告げられた虎の台詞にはそんなものでいいのかと逆に肩の荷が下りた気分で言葉を返す。
「こ……こちらこそ。おかげで色々詳しくなれたよ、ありがとな」
「……ふ、まったくだ。ガキみてェにアレコレ聞いてきやがって」
鬱陶しそうに返した虎の声音は、セリフに反して暖かいものだった。
異世界人である俺は、異なる大陸から来たと身分を偽り、このフェニリア大陸での文化や生活についてオルドを通してしか知ることができない。ゆえにアレは何だこれはどういうことだと度々質問をして、聞きすぎて怒られたこともあったが、大体は雑談交じりに教えてくれたものだった。
今頃になって、その親切がありがたく、同時に申し訳なかったな、なんて思ってしまう。
「ま、それも含めて……退屈はしなかったぜ」
その口振りは相変わらずオルドらしかったが、こんな言葉ももう聞くことはないのだと思うと妙に名残惜しく感じた。
だからだろうか、胸の内から溢れた衝動が口を突いて出たのは。
「あのさ、冒険者試験受かったら……また色々旅に行かないか?」
オルドがどちらかというと一人旅を好むのは知っている。
ひねくれものでデリカシーのないこの虎は、誰かに気を遣いながら旅をするくらいなら何者も気にしない一人旅のほうが気が楽、という性分であることもわかっている。
それでも、俺はせっかくこの世界でできた縁を手放すには惜しいと思った。
この世界で生きる術を、そして様々な知識を与えてくれたことを踏まえて命の恩人と思ってしまうのはどこかむず痒い。
ただ、冒険者として先を行くこの虎頭の獣人を年の離れた兄のように感じてしまうのは事実で、我ながら妙な話だとは思うが、合理性を抜きにしてもこの虎との旅は悪いものではなかった。
そう思えたからこその一言だった。
それを聞いた虎は目を丸くして、嘲るように虎目を眇めると愉快そうに返す。
「はン、身の程も知らねえガキのお守りをする趣味はねェぞ」
いつかどこかで聞いたことのあるような台詞を放つ虎は、それが俺の実力を指して言ってるのだということはすぐにわかった。
「すぐ追い抜かしてやるさ、今度会うときはもっと強くなってるからな!」
「じゃあ俺はその倍強くなってるさ」
「なッ……じゃ、じゃあその更に倍!」
子供のような言い争いをするオルドの顔は、いつも通り余裕があった。
逞しく、どんなときにも冷静で、簡単にはペースを崩さない余裕のある冒険者。
俺がそういう冒険者しか知らないからというのもあるが、その姿勢にはっきりと憧れを抱く自分がいると認めざるを得なかった。
子供がプロ野球選手やセリエAのプロサッカー選手に憧れるような自然な感情のそれは、しかし口にするとこの虎に負けたような気がするので自分の胸の内に留めるのみにしておくことにした。
「お待たせしました~、お話し中すいませんね」
がちゃり、と背後のドアが開いてユールラクスが再度入ってくる。
その手には紹介状らしき封筒を持っていて、それを見咎めたオルドがすっくと立ちあがる。
「じゃあこちらがエルレイ氏への紹介状です。治療費は魔法技術部付けにしておいたのでしっかり治してきてもらってくださいね」
「へッ、話が早ェじゃねェか」
ユールラクスはだらんとして動かないオルドの手元まで封筒を持っていくと、その指先がぎこちなく動いてそれを挟んだ。
腕が満足に動かない光景をこうして今一度第三者として見るのはどこか痛々しく、早くそれが元通りになるといいなと思いつつ俺は口を挟む。
「荷物とか一人で大丈夫なのか? やっぱ俺も行ったほうがいいんじゃ……」
「いらねェよ。お前はお前のことがあるだろ、人に世話焼いてる場合か?」
ぴしゃりとオルドが返す。
これまで散々人に介助されていたくせに強い口調で拒絶する虎に言い返してやりたい気持ちはあったが、突っぱねるような言葉は実際その通りなので何も言葉が出てこない。
その言葉に取り付く島もない俺が言葉を詰まらせると、虎は自分の言い方がキツくなってしまったことを弁明するように続ける。
「……あー、剣探しとメシくらいなら付き合ってやる。だがこっからはお互い別行動だ」
この瞬間からパーティーは解消で、オルドの言う通り、他人のことを気にする必要はないのだ。
もちろん友人であることに変わりはないだろうが、世話を焼かれる関係ではない。
自分のことは自分でやる、虎の態度がそういう意味であることは俺にもわかった。
肩を落とす俺を立ったままのオルドが一瞥して、別れの挨拶を口にする。
「ま、無事受かったら……この大陸を見て回る手伝いくらいはしてやるさ。精々がんばることだな」
意地の悪そうな言い方は、しかし逆に俺に発破をかけるようなものだった。
結局最後まで俺の素性については触れない虎の態度には、素直に激励もできないのかと笑ってしまう気持ちもあって、俺は口を開く。
「へへ……言ったな? 約束だからな、楽しみにしとけよ」
最後まで売り言葉に買い言葉という俺の台詞に、虎はいつも通り鼻を鳴らして返す。
そのまま踵を返すと、「じゃあな」とあっさり部屋の出口へ向かったのだった。




