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ep125.どこまでもいつも通りに

目標:???

 一つだけ、気がかりなことがあって聞いてみた。


「えぇと、手伝うのは問題ないんですけど……」

「おや、どうしました?」

「実は、冒険者試験を受けようと思ってまして……その辺は大丈夫ですかね?」

「スーヤさんも冒険者になるんですか?」


 ユールラクスがオルドを見る。その目は旅の途中に何があったんだと言わんばかりに見開かれていたが、対する虎は不敵に笑って俺の背中をぺしぺしと尻尾で打つ。


「こいつも俺とおンなじ類のバカだからな」


 同類のように扱われると反射的に否定したくなるが、何も間違ってはいないので黙って受け入れておくことにする。

 オルドがどことなく誇らしげにそう言うと、「そうでしたか」とユールラクスが頷く。その顔が喜んでいるように見えるのがちょっとむず痒かった。


「もちろん大丈夫ですよぉ。それに今年の冒険者試験はいつになく応募が多いようですからねぇ、試験までの日程でできる限り魔法の鍛錬をすることにしましょうか」

「え、そんな多いんですか……?」

「えぇ、今の時点で五年ぶりの応募者数だって言ってましたね……おっとと、これ以上は内緒です」


 慌てた様子でコミカルに口を塞ぐユールラクスに、むしろ俺は冒険者試験という困難を前に少しばかりの高揚を覚えた。

 だってそれって、なんだかすごく主人公っぽく感じたからだ。


 今の口振りから、もしかしたらこのエルフは今年の冒険者試験に何らかの関わりがあるのかもしれない。後でこっそり聞いてみたら何か教えてくれるかもしれないな、と心に留めながら、頷いてわかりましたと返す。

 エルフは穏やかに笑って、今度はオルドに向き直った。


「オルドくんは……まずは治療ですかね?」

「そうだ。お前からエルレイのやつに紹介状かなんか用意してくれねェか」


 ユールラクスは自分の腰ほども太い虎の両腕がぐったりとしているのを一瞥して、虎の横柄な物言いにも文句を言わずに頷く。今回のことの顛末を考えれば、その腕の責任を感じているのかもと考えるのは自然なことだった。

 オルドが口にした知らない名前に、それが医者の名前なのかなと思いながら俺はエルフが口を開くのを見ていた。


「わかりました。そうしましたら……明日会えるかわかりませんし、今のうちに紹介状を用意しましょう。少し外しますね」


 そう言って、ユールラクスは部屋を出て行った。

 後に残された俺は、隣の虎が肩の荷が降りたとばかりに背もたれに体重を預けてひと息吐くのを横目に見ながら尋ねてみる。


「エルレイ……さんって、医者の人?」

「……ま、厳密には違うがな。あの野郎と同じ、ただのエーテル術師だ」


 その言い方に引っかかって、俺は重ねて尋ねてみた。


「あれ、エーテル……魔法って、ユールラクスさんも得意なんじゃないのか?」

「そうだな。今は立派に独り立ちしているが、エルレイはアイツの弟子だ」

「じゃあ何も紹介してもらわなくても、ユールラクスさんに治してもらえばいいんじゃねえの?」


 言いながら、虎が信じられないものを見るような顔つきで俺を見ていたので少したじろいだ。

 はぁっ、と溜息を吐いて、オルドはやれやれといった様子で語り始める。


「……お前は知らんだろうが、体内の乱れたエーテルを整えるための治療ってのは一筋縄じゃいかねェのさ」

「そうなの?」

「おう。それこそ、患部に触れる術師と長時間密着しなきゃダメでな」


 こんなふうにな、とオルドがその巨体をぐっと傾けて俺に寄せてくる。

 自分の倍ほどもあろうという質量に押されて、俺はソファの端に追いやられる。ゴワついて汗臭い毛皮に押しつぶされるのはあまりいい気分ではなかった。


「せ、狭いっ。わかったからっ」

「ま、これは冗談だが……長時間腕どころか全身を預けなきゃならんのは事実だ」


 滑るように虎が距離を取るので、圧迫感から解放された俺はほっと胸を撫で下ろす。

 依然として治療現場の想像がつかない俺に、オルドは「つまり」と続ける。


「つまり……?」

「俺が、あの野郎に、体を触らせるなんて悍ましいことを頼むなんざ、あり得ねェって話だ」


 それがユールラクスの猫科動物愛好家っぷりを鑑みての発言であることはすぐにわかった。それを思うと、少なからず同情してしまうのは先程暴走している様を目の当たりにしたからだろうか。

 なるほど、と頷きつつ隣の虎に続けて問う。


「じゃあ、そのエルレイって人がいいってよりかは……単にユールラクスさんが嫌ってことか?」

「そういうことだな」


 それだけ聞くとくだらない理由のように聞こえるが、本人にとっては死活問題なのだろう。まあ確かに、ユールラクスさんの前でこの大型ネコ科が俎板の鯉状態になるのは俺にとってもあまりいいイメージが湧かない。

 治療はちゃんとしてくれるだろうが、それ以上に何かこう、精神的なものが削れそうではある。


 同情はするが、しかし肩透かしであることに違いはない。俺が脱力するのを見て、オルドは付け足すように続ける。


「ま、それだけじゃなくてエルレイに頼む理由ってのもちゃんとあるぜ。聞きたいか?」

「え、何だよ理由って」


 勿体ぶる虎に聞き返すと……にやりと牙を見せて意地の悪い笑みが俺に向けられた。


「驚くなよ、これがな……なかなかイイ女なンだわ」

「……は?」

「いや、普通エーテル術って言ったら収めるころには初老を迎えているって言われてるほど難しいんだぜ? それなのになかなかどうして、若々しいイイ女でなァ……しかも妙に俺に優しいと来た。ありゃァちょいでヤれるんじゃねえかと思ってンだが……」


 聞いて損した。

 下世話な話を続けるオルドに、あーそうですかと俺が辟易とした態度を強調して素っ気ない相槌を返す。

 しかしこの虎は、まるで俺がそういう反応をするとわかっていたように肩を竦めるのだった。


「やれやれ……お前もいつかこういう話に慣れる日が来るのかねェ」

「ほっとけよ……余計なお世話だっての」

「ま、いいじゃねェか。差し当たって童貞を卒業した時くらいは、祝いに駆けつけてやるさ」


 からからと笑いながら言うが、そのような色事を経験するかどうかは俺の目的ではないのでそんな約束は遠慮しておきたかった。

 遠慮しておきたかったが……この虎と再び会ったときに、そんな話題で変わらず馬鹿な話ができるなら、それはそれでいいかとも思ってしまった。

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