ep124.責任を負うべき力
目標:???
魔力というのは目に見えない体に眠るエネルギーだ。熟練した魔術師でもその表出には苦労するほどで、素人が扱うには更に長い時間を要する。
故に、それを用いた魔法という現象は限られた技術として重宝され、術者の力量次第で多種多様な超自然的現象を人為的に引き起こすことができる。
しかし、もしもそれを簡略化できるものが存在するとしたら?
あの石は持ち主が自覚しているにしろしていないにしろ、秘められた魔力に反応する。
俺がそうだったように、仮に魔力とは無縁の一般市民でもこの鉱石を用いることで魔力に目覚めるきっかけとなるなら。
オルドの言葉を思い出す。
確かこう言っていたはずだ……魔法とは、そのものの習得よりもむしろ魔力の知覚することのほうが難しい、と。
あの鉱石をどう使うのかは不明だが、もしも研究が進み俺が身に着けている翻訳石のように誰でも簡単に魔力に目覚めることができるアイテムとして開発されたとしたら。
「……誰でも、魔法が使えるようになるかもしれない?」
俺が呟くと、ユールラクスは緊張した面持ちでこくりと頷いた。
最初、それの何がいけないのかが理解できなかった。
現在だって魔術師達のコミュニティが存在するだろうし、その規模が大きくなるようなものだろうと思ったからだ。
俺のいた日本にも道行く人は全員魔法使いという世界を描いたフィクション作品は存在した。
それと同じように、皆が魔法を使える社会の何が悪いのか……と考えたのをすぐに否定したのは、前もってそれを聞いていたからだ。
魔法というのはそれだけで希少な技術で、使用できるだけで職には困らないほどである、と。
そんな技術を誰でも簡単に使えるようにしたら、現在それで職を得ている人間がどのような扱いを受けるのか、あるいは少数の魔術師の奉仕によって成り立っている社会がどのように変貌するのか、というのは俺にも想像がついた。
「もちろん、魔法の叡智を万人に広めたいというのは魔術師ギルドに属するものとして否定はしません。広く知られ、世の中のために使われる技術であることは間違いありませんからねぇ」
ただ、とユールラクスは続ける。
「……それは段階を追って果たされるべきです。魔術とは責任をもって行使されるべき力であって、無作為に誰にでも与えられるような技術であってはならないんですねぇ」
剣を弾き岩を砕く大百足の外殻を、べきべきと砕く風の刃を思い出す。
あんなものを、街中の誰もが扱えるような世界で果たして安心して暮らせるかというのは、自信がなかった。
もちろんあれはオルドの奥義とも言うべき魔法だが、程度の差はあれど武器もなしに簡単に誰かを殺傷できる力を誰もが持つ社会というのは……あまり楽しいイメージが持てそうにない。
倫理観も死生観も現代日本とは希薄なこんな中世ファンタジー世界において、誰しもが魔法を扱える社会で治安がどのように変化するかというのは現代地球の銃社会を鑑みれば自ずと窺い知れようというものだった。
「ましてや、魔力とは生命力の見方を変えたものとも言えます。使いすぎれば身を滅ぼし、自らの命をなげうつようなものです。身に余る力は必ず己に帰ってくる、そのことを学ばないままに、万人に悪戯に力を与えられることは避けるべきでしょう」
ちらり、とユールラクスがオルドの腕を見た気がする。オルドのこれは魔法を実現するイメージ不足を魔力で補うことを承知した上での過剰出力で、両腕が数週間麻痺するという十分すぎる後遺症だが、この原則を知らずに魔法を扱う人々がこの程度で済むとは限らないのかもしれない。
「それに、このことが国に広まって現在魔術師として職を得ている同胞の立場が危ぶまれるのも魔術師ギルド員として、何よりもベルン国民として避けたいのです。何故なら、」
「このことが他国に漏れて、目を付けられるのは避けたい、か」
つまらなさそうにソファに浅く座り、長い足を投げ出しながら背もたれに体重を預けたオルドが先回りして言う。ユールラクスは頷いて、続ける。
「優れた魔術師一人の戦闘力は歩兵百人に値すると言いますねぇ。特に最近は金魔術師の取り扱いや存在についても各国が神経をとがらせている状態です。そんな中で、中央に位置するベルンだけが簡単に魔術師を量産できる知られたら……一番に避けるべき事態が何か、自ずとわかっていただけるかと」
事前に魔法の恐ろしさが身に染みている俺にとって、その言葉はすっとしみ込むように理解できた。
同時に、なんてものを俺たちに運ばせるのだという気になるが、ユールラクスは言い訳のように言葉を重ねる。
「あの石が魔力に反応すると言えど、魔術師が知覚して扱う魔力と一般人の中に眠る魔力と間に差はありません。故に、それに目覚めていない人間の魔力も強制的に知覚させられるのではないかと、可能性としてはそんなこともあるんじゃないかと考えていました。ですが、しかし……」
ちらり、とエルフの目が俺を見る。それから滑るように、姿勢の悪いオルドを見やる。
「オルドくん、本当にスーヤさんは魔法については……」
「素人だな。お前も見りゃわかんだろ」
虎の言い方は相変わらずだったが、実際言葉通り素人なので言わせておくことにした。
ユールラクスは自分の想定外の範疇であったことを恥じるように目を伏せて、それからいつも通りという様子で続ける。
「……わかりました、では最初の提案に戻るのですが……スーヤさん、申し訳ないのですがまた少しお手伝いいただきたいのですが……よろしいですか?」
「えっ、あ、はい……なんでしょう」
「先ほどは訓練と言いましたが……この石について、何をどのようにすれば魔力に目覚められるのか、あるいは本当にそういった性質があるのかを調べる手伝いをしていただきたいのです。大丈夫、今度は危険なお願いはしませんから」
エルフが自虐めいて言うと、隣の虎が嘲るように笑うのがわかった。
「謝礼は……そうですね、王都滞在中の宿泊地として、この屋敷の一室を貸し出しましょう。いかがでしょうか」
「えっ……いいんですか?」
「もちろんです。そもそもスーヤさんの翻訳石について調整もしたかったので、僕から申請を出しておきますよ。お金じゃないお礼で申し訳ないんですけどね」
それは願ってもない話だった。王都の中心部である王城を拠点として構えることができれば王都の中を散策するのも楽だし、何よりこんなアンティーク調の部屋に泊まれるなんてゲームの中だけだと思っていたので、少しばかり浮足立ってしまう自分がいた。
それに、ここにいるというのがわかれば、この先オルドとも連絡が取りやすいかもしれない。
とはいえ、この虎が自分から夕飯を一緒に食べに行こうとこの屋敷まで俺を誘いに来るとは思えなかったが……さておき。
本日はここまでとなります。次回更新は2/26です。




