ep123.錫喰い鉱石の真相
目標更新:錫食い鉱を王都に納品しろ→???
納品の連絡を受けて、以降のやり取りはユールラクスが商会ギルドと受け持つという。
その折に、錫食い鉱について尋ねた虎に対してユールラクスは紅茶を片手に答えた。ちなみに光を跳ね返すくらい磨いた石材を材料にしたローテーブルにはオルドの分の紅茶も置かれていて、腕が動かない虎がじーっとそれを見つめていたので飲ませた方がいいのかと少しだけ悩んだ。
「アレはですね、もしかしたら魔術業界が大騒ぎになるような可能性を秘めた石なんですよ」
疑問符を浮かべる俺とオルドに、ユールラクスは続ける。
「分類上は魔力を秘めた鉱物、つまるところ天然の魔石に当たるのですが……そこに秘められた魔力というのが厄介でしてねぇ。あの石は、持ち主の魔力に反応するんです」
通常、魔力というのは目に見えない体に眠るエネルギーだ。
川を流れる水が雨粒の一滴一滴でできていると理解するように、それを認識し存在を知覚してから魔法として表出させるには途方もない時間を要する。
それは偏に理解する方法が、体内の魔力への働きかけ方が定まっていないからだとユールラクスは言う。
自分の中にあるかどうかわからないと感じるのは、その取り出し方がわかりやすく確立されていないからで、それでもどうにかして魔力を信じ知覚するべく暗中模索して……ようやく魔力に目覚めたのが今の魔術師達だ。
「あの石は錫を食うように、人の魔力を食うんです。吸い上げる、というイメージのほうが正しいかもしれませんねぇ」
「吸い上げる……?」
「そう。魔術師が体の中の魔力の扱いに苦労するのは……こんな風に、カップに注がれた水と同じ落ち着いた状態だから」
ユールラクスは持ち上げた陶器のカップに細い指を近づけて、その湖面に触れる。指についた紅茶が滴って、表面に波紋が走る。
「でも、それを……こうして動かしてしまえば、揺らぐ水面に走る波紋が体の中で跳ね返ってあちこち動き回る。この動きの波を読み取ることは、凪いだ状態よりは知覚しやすいはずですねぇ。そして」
「その汚ェ指の役目が、あの鉱石ってわけか?」
濡れた人差し指を咥えて紅茶を舐め取るエルフに虎が言うと、ユールラクスは怒るでもなく頷いた。
「もっとも、それがどのように働きかければどれくらいの効率で反応するのか、吸われた魔力はどうなるのか……あるいは本当にそんな作用があるのか、というのはこれから研究するところなんですがね」
そう言って、半信半疑と言った様子で肩を竦める。現物を今初めて目の当たりにしたユールラクスは、誰かの報告でしかそれを見聞きしていないのだろう。
しかし、魔術業界に革新をもたらす鉱物であると言う割にはその表情は曇っていて、研究者として未知の可能性に行き当たるのは必ずしも楽しいことではないのかもしれない、と思った。
ユールラクスの話は、魔術師を前提としたものだった。それはすでに、魔力に目覚めたものが、より簡単に魔力を扱えるようになる、という類の話だということは理解できた。
しかし、今の話が真実だとすれば。
この時代の魔法使いのことについては何一つとしてわからないが、ただ一つその現象に覚えがあった。
「あの……ユールラクスさん。俺……もしかしたらそれ、経験しました」
「えっ……ほ、本当ですか?!」
オルドと顔を見合わせて、俺は当時のことを話す。
絶体絶命と思われたときに、錫喰い石と思われる鉱物に触れていた手が熱くなって、とてもじゃないが歯が立たなかった硬さの百足の脚を軽々と切り落としたこと。
ついでに、大百足がどれだけ恐ろしく、どれだけ狂暴だったかも誇張して話しておいた。
話を聞き終えたユールラクスは、素晴らしいと研究者らしく大喜び……するかと思ったが、やはり曇ったままの難しい顔で押し黙っていた。
「……って感じだったんですが、その後も魔力ってのはまだ掴めていなくて……オルドに言われた通り瞑想とかは続けてるんですが」
「半分は寝てるもんな、お前」
「そんなには寝てねえっての!」
軽く言い合いしている俺と虎を他所に、エルフは「そうですか」と重々しく返す。おや、と思って俺とオルドが目を向けると、こう切り出した。
「……ひとつ、提案があるのですが……今回いろいろとご迷惑をおかけしたお詫びに、その訓練を僕に引き継がせていただきませんか? もちろんスーヤさんさえよければ、ですが」
「えッ……い、いいんですか?」
魔法取得イベントきた! と俺が色めき立つが、しかしユールラクスは神妙な様子で「もちろんです」と言って続ける。
「ただ……それを以て、一つこの場で約束をしていただきたいのですが……よろしいですか?」
オルドと俺は顔を見合わせて、それから頷くと……ユールラクスが話し始める。
その語り口は、楽しい話を始める、というワケではなさそうだった。
「……スーヤさんの話を踏まえた上で、念のため我々はこの鉱石については魔力が宿っているだけの天然の魔石、ということにしておきたいのですがいかがでしょう?」
疑問符を浮かべる俺に反して、オルドは既に答えにたどり着いているような口振りを返す。
「それは構わんが……逆に、既に知られている可能性もあンじゃねえのか」
「いえ、ご存じの通りこの石は精製する上でのくず鉱石としか認知されていませんし、報告では錫の冶金に混入して鉱滓と化した錫喰い石にはこの性質が失われるとありましてねぇ。ぱっと見は鉄鉱と見分けがつきませんし、ミオーヌ以外で掘れて冶金に用いられたとしても……その性質に気づく者は少ないのではないかと見込んでいるんですねぇ」
「その前に、テメェらで管理するってか」
納得はしていないがその理屈については同意する、とでも言うようにオルドは不満げに鼻を鳴らす。
一方で話に置いてかれている俺がたまらず口を挟む。
「えっ、性質って……魔力に反応するってだけだろ? そんな慎重になる必要あるのか?」
「バカ、問題なのはその石どうこうじゃねェ」
オルドに言われて、その罵倒にはムッとしたもののピンと来るような答えは出てこなかった。
確かに何か引っかかるものがあるが……それを言葉にできずにいると、ユールラクスがゆっくりと頷いて言葉を引き継いだ。
「はい。むしろ問題なのはこの石を利用する人間……それも魔力に目覚めていない、民衆のことです」
「民衆……あっ」
そこまで言われて、ようやく俺も気が付いたのだった。




