ep122.エルフの第六感
目標:錫食い鉱を王都に納品しろ
オルドが問う、俺と同じ疑問を口にして。
「……そこまでして、なんでコイツを? それも、この石のテストのためか?」
言いながら、オルドが隣にいる俺の耳を尻尾で擽る。
太いロープみたいな尻尾に生え揃った獣毛はゴワついていて、黒い石飾りが穿たれた耳朶にちくちくとこそばゆい。
尻尾でそんな器用な真似ができるのか、と思いつつ身を捩ってそれを振り解いた。
「そうですねぇ、それもあります。貴重な思念通話型の翻訳石を与えた相手とオルドくんを仲介して関係を保っておきたかった……というのはもちろんです」
「……ずいぶん持って回った言い方だな」
同じようなことは初対面の時にも言っていた。
だが含みのある言い方にオルドが眉を顰めると、ユールラクスは俺達の前に回ってぎしりとソファに腰掛ける。
そのまま湯気の落ち着いてきた紅茶をひと啜りして、言うべきか悩むように俺とオルドの顔を見比べて……ふぅ、と息を吐いた。
「それ以上に……スーヤさんのことが、気がかりだったんですよねぇ」
「……俺、を?」
「コイツが得体のしれない異国人だからってことか?」
どきりとしたのは、思い出したからだ。
いや、忘れていたわけではない、ただ考えないようにしていた。
ユールラクスが去り際になんと言っていたか。まるで、こちらのことに気付いているようなあの口ぶり。
同じ調子で、エルフが言った。
「……スーヤさんは、僕たちに何か隠し事がありますね?」
「ッ……!」
「あぁ、いえ。それを暴こうというつもりはないんです。その隠し事というのが我々ベルン国民や僕にとって都合の悪いものであるとも思いません。……そうであったら、オルドくんが真っ先に気付いているでしょうしね」
さっと青ざめて慌てる俺を宥めるようにユールラクスが言うので、俺は危ういところで取り乱さずに済んだ。
オルドはそれを知っていたのか、あるいは気づいていたのかはわからないが、変わらず眉を顰めた仏頂面のままユールラクスが何を言うのかを懐疑的に見守っている。
驚きも、狼狽えもしないいつも通り泰然自若としたその反応が、なんとなくありがたかった。
「だから無理にそれを聞き出そうというつもりはないんですが……なんとなく、予感がしたんです」
「予感……?」
「エルフ族が自然を尊び、人の世を離れて生きる理由を知っていますか?」
急に話が飛んで訝しんだのは俺だけではないようだった。オルドが眉根を寄せて怪訝そうにしているのを尻目に、銀髪を揺らしたエルフが続ける。
「それは人体に備わった五つの感覚のどれとも違う感覚、目に見えない何かを感じ取り読み取る力が備わっているからです。エルフ族は大自然からそれを聞くことで、神の意志を聞いたと思い込んで生活しているのです……本当はそれは目に見えない自然の魔力の流れだったりするんですけどね」
自嘲的に、しかし穏やかに言う目の前のエルフから話の流れが読めなくて困惑していると、その焦点が急に俺に合わせられた。
「それと同じようなものを、スーヤさんから感じたんですよね。もちろん悪い意味じゃないですよ、そうですね……それはきっと、街中で思わず触ってみたくなるようなネコチャンに出会ったときと同じような感じで」
「いやわかんねェっての」
オルドに突っ込まれて、「そうですか?」とおどけるユールラクスが嘘を言っているようには見えない。
「でも、そうですね。スーヤさんはきっと僕たちの力になってくれる、何か面白いことをしてくれる……そんな予感が、こう、ビビッと来たんですよね」
「……つまりは気まぐれってワケか」
エルフのスピリチュアルな話をぶった切って、虎はにべもなく言い放つ。しかしユールラクスは拘泥するでもなく、銀髪を揺らして肩をすくめると「まあそのようなものですね」と言う。
翻って俺は……それが、神の遣いとしてこの地に送られたことを言っているのかと危ぶんでいた。
無論、こうなった以上それを秘密にしている理由などないのだが、とてもじゃないがそれを話す勇気がなかった。
せっかくこの世界の一員になれたと思っていたのに、それを打ち明けるのはまるで自分から異物であることを認めるようなものだと思ってしまったからだ。
オルドも、ユールラクスもそんなバカげた話を聞いてどう思うだろうか。
目の前の男は異世界からやってきて、同じような異世界人と殺しあうためにやってきたなんて知ったとして、受け入れてくれるだろうか。
いや、むしろ俺はそれを打ち明けることで自分の運命が決定付けられるような気さえしていた。
だから、これまでの旅の途中で何度打ち明けようと思っても舌が重くなってうまく言えないのだ。
それを口にしてしまえば、俺は血生臭い現代人同士の殺し合いから逃れられず、夢に見た気ままな冒険者生活が遠のくようで。
ぺし、と俯いている俺の背中を叩くものがあった。
振り返ると、ソファの背もたれと俺の背中の隙間を泳いで虎の尾っぽの先端が俺の背中を打っていた。
「勿体ぶった割りにくだらねェ理由だったな。ま、このガキがただのガキじゃなく、ちょっとは面白そうなガキだってことは認めるがな」
「おや、最初はあんなに嫌がってたはずでは?」
虎はフンと鼻を鳴らしてそれを黙殺する。
秘密があると聞いて追及したい気持ちはあるだろうに、それに触れないでいてくれることが今はただありがたかった。




