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ep121.尻尾をもふりながら種明かし

目標:錫食い鉱を王都に納品しろ

 研究棟は手狭だからと通されたのは、同じく城の敷地内に設けられた屋敷だった。

 小学校の校舎ほどに大きなそれは、側面の城壁と並行に建てられていて、一介の使用人や衛兵よりも位が上とされる役職にある官吏が住むのだとユールラクスは言う。


「でも、二十四時間付きっぱなしの尚書は王様達と一緒に城内へ、議会員は自分の家だったり領内に戻ったりするからほとんど使う人がいないんですよねぇ。よっぽど遠方から召し抱えられた宮廷でもない限りは王都内に自分の家を持ちますし……」


 それでなくとも肖像画を残す宮廷画家には専用のアトリエを、儀典用の装飾具や儀礼用の武具を作る鍛冶師には特注の鍛冶場といった具合に城内、あるいは王都内に自分の拠点を与えられるものだから、二階建てのこの屋敷のほとんどが空室で、辛うじて客室としての機能はしているというのが現状らしい。

 それまで庶民感溢れる宿や寝床しか経験してこなかった俺は、この時代では最先端なのだろうデザインを施された室内の家具をきょろきょろ見回しながら、ユールラクスの話を聞いていた。


 傍に天蓋付きのベッドが置かれた屋敷の一室に通された俺達は、やけにふかふかするソファーに座って茶を供されていた。

 アンティーク調の陶器のティーカップに鮮やかな茶色の液体が注がれて、ほかほかと湯気を立てているがこの時代に紅茶があるのかと驚いてしまう。

 紅茶って結構後期のイギリスとかで生まれたんじゃなかったか? とうろ覚えの社会、世界史の知識を引っ張り出す俺の動揺も露知らず、俺と隣り合って座るオルドの背後に立ったユールラクスはソファの背もたれの間から虎の尻尾を引っ張り出して両手で弄んでいて、虎は鬱陶しそうに返す。


「そうかい、ところで俺ァ今すぐにでもここを立ち去りたいくらいなンだがその話は長いのか?」

「いやぁ、ここ最近ず~っと缶詰だったのでネコチャン成分が不足してましてねぇ。助かりましたよ」


 ロープのような太さをしたふさふさの虎の尻尾を揉みながらユールラクスは恍惚と答える。目に見えてオルドがストレスを感じているので、何故か俺までハラハラしてしまう。

 このままだとオルドがブチギレるまで猫扱いしてそうだったので、俺が話を進めることにした。座ったまま振り向いて、肩越しにユールラクスを見る。


「えぇと、それで目当ての鉱石は商会ギルドに預けてあるんですが納品に関する取り決めを打ち合せしたいって商会ギルドの……『大陸の』……」

「へそ」

「そう、『大陸のへそ』の人が言ってました。そっちはユールラクスさんに任せる感じで大丈夫ですか?」


 ユールラクスはいっそ虎の尻尾を嗅ぐ勢いでもふもふ、ふさふさと強張った毛並みを撫で回しながら答える。

 その尻尾は不満と嫌悪、そして怒りとネガディブな感情を詰め合わせたようにボワッと膨らんでいて、遠慮のない手つきに青筋を浮かべる虎のことを見なくてもどんな表情をしているのか想像がついた。


「えぇ、えぇ。承知しました。この度はお二人ともお疲れ様です、ミオーヌの町はどうでしたか?」

「どうもこうも……申し開きはねェのか、それともとぼけるつもりか?」


 虎が剣呑さを隠そうともせずに言う。

 俺とて、そこまで厳しく責めるつもりはないが此度の依頼についてユールラクスに追及する余地があるのは事実だった。


 今回の錫食い鉱とそれに関する大百足の件。

 このエルフはそれについて知っていたのかどうか、あるいは知っていたとしてどうしてそれを俺たちに黙っていたのか。

 問われたエルフは、虎の尻尾を揉む手をぴたりと止めて困ったように微笑む。


「申し開きなんて。そんなものありませんよ。僕は何があっても持ってきてくださいって言って、キミらはそれを承諾した。それだけでしょう?」

「じゃあやっぱり最初から知ってたのか」

「えぇ、まあ。それが原因で採掘が遅れていたというのもね」

「だったらなんで黙ってた? こいつはそれで死ぬところだったンだぞ」


 ぶんっ、とユールラクスの細い指から逃れるように尻尾を振るって、オルドが厳しく誹る。

 矢継ぎ早に問うオルドと飄々と答えるユールラクスに口を挟むつもりにはなれなかった。その語調こそ荒々しいが、言いたいことは大体俺も同じだったからだ。


 もっとも、俺が死にかけたのは半分自己責任みたいなところがあるのだが……さておき。

 ユールラクスはそう言われて、少し驚いたように目を丸くした後に俺を見て、穏やかそうに目を細めた。


「でも、死なずに済んだ。オルドくんのおかげで。そうでしょう?」

「テメェ……」

「誤解しないでいただきたいんですが、何もお二人を危険な目に合わせようというつもりではありませんでした。もちろん内緒にしていたことは僕が悪かったです、そこは謝りますが……実際、手に余る問題であったのは事実で、オルドくんなら討伐できるだろうという見込みもありました」


 それは依頼内容を黙っていたことの理由にならない。虎が何かを言いかけるのを、エルフが制す。


「ただ、あの場で……危険な依頼である、と全てを話して依頼したとして。オルドくんは……スーヤさんの同行を認めましたか?」

「……あぁ?」

「町に行って鉱石を運ぶだけの仕事、そう思ったからスーヤさんを連れていくことに同意した。違いますか?」


 言っている意味はわかるが、その意図がわからない。見ればオルドも同じような感情をその表情に滲ませていて、困惑したまま沈黙を返す。

 その言葉を額面通りに受け取るならば、つまりは俺のためということだろうか? ユールラクスが美しい瞳に穏やかな色を湛えたまま俺を一瞥する。


「あの場でスーヤさんを放り出すのは避けるべきかと思いましてねぇ、かと言って出会ったばかりの青年と一緒に命を懸けてくれと全てを打ち明ければ揉めるのは必至……なら、内緒にしておこうって思いましてねぇ!」


 その説明は理に適っていた。今でこそ互いに互いの実力をある程度認め、そこそこ信頼しているが出会ったばかりのころは得体の知れない相手同士だったのだ。

 そんな状態で、あれほど危険な相手と戦って来いと言われて請け負うほどこの虎が献身的な性格とは思えない。ならばやはり秘密にしておくのが道理なのだろう。


 ある一点を除けば。

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